The Radio Girl 4
綾乃と摩子が部活を結成してから数日が経過したものの思うように人は集まらない。興味を持ってくれる人も何人かはいるものの、活動内容がはっきりしないのも一因になっていた。部室の確保もままならない上、このままいけば部活の創設は白紙に戻る。とはいえ、摩子はその方がいいとさえ思っているが。綾乃は真剣に悩んではいるが、部員獲得の手立てが思うようにいかない。放課後の誰も居ない教室で二人は今後について話し合っていた。黒板に摩子が今後どうするべきか?という議題をチョークで書いて綾乃に言及した。
「綾乃さんとしてはどう活動したいの?何か目的はある?」
「うーん。今までは探しても居なかったから、こんな力があるのは私この世で一人だけかと思い込んでたし」
(多分、貴方と同じ価値観を持つ人なんて居ないと思うけど)
そう胸内で突っ込んで尋ねる。
「じゃあ別に、何か黒魔術始めるとか妖怪とかUFO追っかけるとかじゃないのね。でも付き合ってたら遭遇率上がりそうで怖いわ」
「多分UFOは待っても来ないけど、本当に色々出るからね」
そういって、綾乃は口元に笑みを浮かべた。
「話を元に戻しましょう。3人目をどうするか、携帯を見た時の様に誰かそれらしい人は居ないの?」
「何人か心当たりは居るんだけど、一人は尻尾を掴ませてくんないし、もう一人は話かけようと思ったら絶対に会わないんだよね」
綾乃が黒板に名前を書いていく。橘 葵、暁 花音
「橘君の家は神社やってるって聞いた事あるけど、この2人の中でいうなら私の直感では暁花音さんね」
摩子は、一度雨の日にすれ違ったのを覚えている。白い髪の毛が綺麗な美少女。小柄で可愛いその容姿ではあったが無表情が少し残念に思える。彼女が自分の前を歩いてようやく、目に映る違和感に気づいた。その華奢で軽そうな細い体には想像もつかない雨の日のグラウンドの足跡がやけにはっきりしていたのは目を引いた。同じようにぬかるんでいるかと試してみたがあれほど深い足跡はつきようも無かった。その時は、何か鞄に物凄く重たい物でも所持しているのではないかと考えもしなかったが綾乃が名前を書くことでこの事が違和感として今は感じる。家族旅行で魔術師の居る世界に行った経験も要因だった。
「だよね」
「貴方も何か根拠があって?」
「うん、何か生きてる感じしない。人間でも、幽霊でも、精霊でも、妖怪でもない感じ」
そうきっぱりと答えた。
「そう感じたのなら、貴方の違和感と私の直感は正しいのかもしれない。ただ、私の時みたいに力づくは禁止ね。あんた怖いわ本気で」
「ごめん。だけど他に考えようもなかったと言いますか」
二人の話し合いはそこで打ち切りとなった。後日、花音に話を伺うという方向で決まり、休み時間に教室に向かうと案の定、花音は居なかった。他の人に話しを聞くと先程までそこに居たとの事でおかしな話に摩子と綾乃も揃って首を傾げた。昼休み、放課後になってようやく廊下で花音の後姿を捉えた。二人は勢い良く走って、次の曲がり角で捉えたと思ったが忽然と消えてしまった。廊下に人気はなく、窓は開いているが外にも居ない。
「ね?いっつもそうなんだよ。追いかけようとしたら消えちゃうの」
「私の時みたく魔法使ってるんじゃ?」
「それだと私、変な壁みたいなのが見えるから」
「そうなんだ、逆に見えちゃうんだ」
呆れて、そう答えた。二人が廊下を去った後で、廊下の壁からすっと花音が姿を現す。彼女の周囲にキラキラ光る粒子が下に落ちていく。これは、光の屈折を利用した短時間の光学迷彩を可能にする。
「本日も回避対象の尾行の妨害に成功。サーモグラフィチェック、異常無し。このまま二人の方向とは逆から出ますので、車の位置も同様にお願いします」
そう告げて、彼女は踵を返して学校を出た。
花音が待つ校舎の裏で、一台の白い1BOXが停車している。それに乗り込むと、一人の女性が花音を出迎えた。紫色の長髪で赤いスーツを着た長身の女性。花音は奥にある機械の椅子に座って首筋と椅子の後ろをぴたりと合わせた。そして女性が椅子にある電極の端子を彼女の首筋に差し込む。
「まだ何か違和感はあるかしら?」
「いえ、ですが私がこの学校に通う意義がわかりません。対象の護衛、攻撃、監視、そういった目的があるものだとばかり思っていました」
「この世界に早く慣れて貰うのが一つだけど、多分普通にこの世界を満喫して欲しいのよあの人は。娘の様に思ってるだろうし」
「昔の記憶を戻す事が最重要事項と考えていいのでしょうか」
「違うわ、無理に古いメモリーを引っかき回してまたショートしてしまったら意味がないもの。暫くはこの世界を知って、昔との違和感を無くして貰う事。なにせ貴方は数百年も以前にあちらの世界で魔法と科学の粋を集めて作られた自動式人形なのだから」
「メモリーが無い以上は違和感も何もありませんが」
「そうよね、まぁ貴方が直った直後のあの人のテンション半端無かったから色々勢いでやってしまった感じは否めないわ。陰陽庁の通達に気づかない程の浮かれっぷりだったからね。誰にも気づかれてない?」
「多分。ですが最近妙にある対象が尾行してきています。何かに気づいた可能性はあるかと」
「それは困ったわね。車を出して頂戴」
女性がそう告げると、白い1BOXが動き出す。向かった先はここから1時間程掛かる広大な私有地。その中にある一つの洋館で車は停車した。広い敷地の中に人の手が行き届いた庭園があり、噴水が音を出して流れている。階段を上って玄関を開くと、大きなシャンデリアがまず目に着く。その下に、赤い洋服を着た女の子が立っている。日本人ではないのか金髪で肌も白く容姿も違う。紅の瞳が妖しく輝く。
「お帰り、待っていたよ花音、透香。あっちの世界の技師と連絡を取り合ってあんたの姉妹が数日後に到着するんだ。楽しみにしておくれ。これからはもっと賑やかになるよ」
「エリザおば様、陰陽庁からの通達に返事をされましたか?」
そういうと、彼女の表情が険しくなる。
「ハッあんな連中にどうこうされやしないよ。長い歴史の中でこの国を支えてきた功績と日本経済の一角を担っている事実は大きいさ。あ、透香お見合い写真持って来たよ」
「それではエリザおば様、私はこの辺で」
「ハッハッハ、逃がしゃしないよ。観念するんだね」
使用人がドアを閉めてしまって、逃げられない。エリザが手品の様に見合い写真の束を見せると、透香はがっくりとうなだれた。
12世紀半ば頃、魔力を扱う魔法使い達は魔女狩りから逃れる為に次元の異なる世界に渡った。そこで魔法と科学を更に発展していったが異世界に逃げたのは人間だけでは無かったのである。妖魔妖怪、魑魅魍魎、そういった存在も逃げ場所として選びこぞって魔法の異世界へ移住した。その一つが吸血鬼とよばれる種族。もっとも、そのままこの世界へ残った者達も存在するので全てではないが
「ちょいとある理由であの世界を飛び出してね、この日本までやってきて早ン百年。旦那とこさえた一族の末っ子がそこに居る透香って訳だ」
そういって、食事の席で説明する。長方形の長い食卓に3人で食事を嗜む。
「なるほど、良く似ていらっしゃいます」
「いや、お世辞はいいから。全然似てないし」
「ちょっ!そんなん言われたら泣いちゃいますよ?」
「なーにが泣いちゃいますよだ。20にもなって」
「エリザおば様は昔の観念に囚われ過ぎです。昔は13とかで結婚してたかもしれませんが今の世は大体20後半でも大丈夫なんです!」
「そういって行き遅れになったら目も当てられないよあたしゃ」
「私のお母さん結婚したの66ですよね?」
「上手く騙したもんだよあいつも。結婚式が笑いとお通夜ムードっていう得難い体験をさせて貰ったよ。
お陰であんたが生まれてすぐ離婚になったけど。と、話が逸れたね。私がここに来る時に一緒にあの世界からこっちに来たのがあんたなんだよ花音。色々理由があって故障してずっと動かなかったけど一ヶ月前に目が覚めたのには驚いたもんさ」
「すみません、思い出せそうにありません。色々探してはいるのですが」
「探す必要はないさ。ろくでもない体験だったしもう一人一緒に出てきた奴の事を思うと今でも悲しくなる。旦那に出会えたのは良かったけど」
「侍なんでしたっけ?」
「そうそう、旦那の『暁』(アカツキ)って名前がずっと続いてんのよあん時からね」
談笑に花が咲いて、吸血鬼と従者の夜は更けていった。夜はメンテナンス室で椅子に腰掛けて、電気を充電しつつ目を閉じてスタンバイモードへと移行する。その間、夢を見る事はない。いつもその日に起きた事を見たり、以前の記憶を探す努力を試みる。いつか彼女と旅した記録を再生できる日を願って花音は静かに目を閉じた。