New Face Monster 12
葵と綾乃が塔の真下まで来ると、その巨大な建築物に息を飲んだ。ここに来るまでに、何人か巻き込まれた人に出会った。水とおにぎりを渡して安静にする様に伝えた。中には元気な者も居たが、自分の置かれた状況に参っている様だった。男女数名でチームを作り、現状打開に向けてやっていこうと思ったが空腹や渇きに耐えかねて万策尽きた状態だったという。
「僕には、特別な力があってここに来られたんだって思ったんだ。だけど、違ったよ。こんな所に来てさえ僕には何の力も無いんだ。今は早く戻って深夜アニメが見たい」
太めの男性がそう言った。続けて、グレーの寝間着の様な物を着ている女性が、おにぎりにかぶりついて答える。
「リアルに失望して、就職難で引き篭もりになっちゃって、ネットで知り合った人に同人本借りて読んだのが不味かったんだろうけど嵌っちゃってね。それからオタクにのめり込んで、親の脛かじってさ。3年が経過して、たまに外に出歩いた時に、私はすでに重い鎖をつけて歩いている事に気づいたの。外せないし、重くなって歩く事も出来ない。人からその重たい鎖を付けて歩いている事を嘲笑されたりさ。親にも申し訳なくって、リアルを捨てて本当に2次元に行けたらって思ったの。だから、最初にここに来れた時は本当に嬉しかったんだ」
涙を零して、彼女はおにぎりに噛り付く。もう一人の女性が、続けて言った。
「私も似たようなもんでさ、解放されたんだってそう思ったよ。変な妖精について行くまではね。何人か同じ人が居て、私は胡散臭く感じて、あの塔の中には入らなかったんだ。そうしたら、ミイラになって玄関に放り出された後、光の粒子になって消えてしまったわ。怖くなって、ずっと森に潜んでいたけど、水も食料も無い状態で後は私も死を待つだけなんだって思ってた」
綾乃には、4人のうち、2人の人間の足に巨大な重りを付けているのが見えていた。これは、彼等が感じている枷だ。二次元が好きになったはいいが、同時に疎ましく思っているその思いと大きさ。
「そっかー、道理で最近行き交う人の中で足に鎖と重りを付けて歩いている人が居るなと思ってたけど、そういう事なんだね」
「どういう事なんだよ」
率直に、葵が突っ込んだが、気にせず続けた。
「いや、重たい鎖を付けている人ってそのままそれが大きくなってる人と重さが軽くなっていく人、それからある日、ぱっと消えちゃう人がいて結構見ていて面白いんだけど、そういう事なのかなって」
「よし、お前もう喋るな。それより、このペットボトルの空とおにぎり、どっから出したんだ?」
綾乃は、目を泳がせた後、こう答えた。
「―――――内緒」
あれから、4人と別れてこの塔を目指して二人で歩いた。時間にして1時間も掛からなかったのは幸いだったが中に入れば、ミイラになって出てきたという情報を聞かなければ慎重にはならかなかっただろう。
「これ登るの面倒だね。罠も一杯ありそうだし」
「ただ、どっちみち入るしか選択肢無さそうだけどな」
「んーじゃあ、一回、頂上まで見に行こうか」
「―――――――――はぁ?」
葵は突然暴風が吹き荒れたかの如きスピードに超重圧を肌で感じる。襟首を掴まれながら
綾乃が楽しそうに走っているだけだがマッハを越える音速に息が出来ない。そのまま塔の壁を垂直に駆けて頂上を目指す。葵はぶんぶん振り回されながら、下を見下ろして地上がどんどん小さくなっていくのが見えた。
「おい、降ろせ!!」
はたはたと風で衣類が靡く。多少綾乃の登るスピードが落ち着いた。
「降ろしていいの?」
「お前一人だけで行けばいいだろうが」
「連れないなぁ」
聞く耳持たずして、二人は塔の頂上にまであっという間に到達した。何故か、過呼吸気味に息をしているのは葵だが。
「何か、人が居るよ」
玉座に座る、白いスーツと青いネクタイの青年は自慢の白い帽子を脱いで、二人に挨拶した。
「これはこれは、人間を罠に嵌める様々なギミックをこの様な方法で切り抜けるとは大変興味が深い。ですが、貴方達は非常に気の毒でもある」
「何が言いたい?」
「この私、自らによって公開処刑という一番悲惨で絶望的な状況に陥ったという事実ですよ」
葵は、刀を鞘から抜いて構えた。妖刀が微弱に紅く輝きを放つ。間合いを詰めて、葵は横薙ぎの一閃を食らわせた。破邪の一撃を持ってすれば、如何な二次元人であろうと滅する事が出来る。
「俺はこう見えても退魔師でね、そんな奴がこの世界に来ることは想定してなかったか」
「おや、これはこれは」
自分の体が真っ二つに斬られ、地面に落ちる。二次元人は指をぱちん、と鳴らして瞬時に元へと戻った。
「再生能力か」
「タイムリバース。時間を操る最強の能力。別に再生したって訳じゃないんですよ。ちょっと、自分の時間を巻き戻したんです」
その時、緑の光が二次元人を包み込んだ。全く気にしてなかった、もう一人の少女が声高らかにしてビシっと指をさしてを二次元人に向けてこう告げた。
「じゃあ、そのタイムリバース⋯⋯無かったって事で!!」
そう言った瞬間、金髪の青年がまたしても胴体が分かれて妖刀によって斬られたままの姿に戻った。斬られた部分が光の粒子になり、体が消え始めている。焦った二次元人がまた指を鳴らした。瞬時にまた元に戻る。
「何故こんな事が?貴方、一体何者です」
「それが分かったら、苦労しないんだけどね」
「赤子まで戻れ小娘!!」
手をかざして綾乃にタイムリバースを食らわせるが、何も起こらない。
「一体どんなカラクリが⋯⋯」
「何もないよ?」
指を鳴らして、ガーゴイル、インプ、スライム狼、ハーピー等大勢の魔物を出現させる。葵がそれらを率先して、斬った端から消滅させ、紅の光の刃の斬撃を繰り出して数を減らしていく。
「あいつ任せて大丈夫か?」
「多分、大丈夫」
「貴方から先に殺した方が良さそうですね」
二次元人がそういうと、一瞬で消えて、綾乃の周りを縦横無尽に連打した。素早く、的確に、重たい一撃を繰り出したはずだがパンチもキックも全て見えない壁に阻まれて不可侵の領域とでもいう様に触れる事すら出来ない。
「うるさ~い」
当の綾乃本人は、繰り出される一撃による衝撃の音が煩くて耳を塞いでいるだけだ。
「何故こんな事が!?」
「何故って⋯⋯目の前に居る精霊さんが私を守護してくれてるから?」
綾乃が目の前を指を指すと、そこには何も存在していない。
「ありがとう、後は自分で何とかするよ」
存在しない物に語り掛けるその様に
わなわなと震えて、大声を張り上げた。
「馬鹿にしやがって!!」
息を荒くして、二次元人は空中に浮かんだ。巨大なエネルギーの塊を出現させ、幾つも綾乃に放り投げたが片手で弾いた。綾乃が跳躍すると、そのまま頭突きを食らわせて吹き飛ばす。回転しながら吹き飛んだが、空中でぴたりと止まる。
「はぁ⋯はぁ⋯⋯俺の領域の中に絶対不可侵の領域を構成するだと?ふざけやがって!!」
青空だったが、急に周囲が暗くなる。
「おいおい、マジかあれ」
空中に描かれた召喚魔法陣による巨大なドラゴンが出現し、口から光線の様な光のエネルギーが充填されていく。絶体絶命の危機のはずだが、葵はただ呆れてそう呟いた。放たれた一撃は多数の魔物と塔を消滅させ、周辺にクレーターが出来上がる程の一撃となった。この光景に、二次元人も満足気な笑みを浮かべる。煙の埃が晴れて、緑の光に包まれて平然としている二人を確認するまでは。二次元人は両の手を広げて、この世界に現存する全ての人間を瞬時に転移させた。空中に浮かんで、悲鳴を上げる者。そんな気力すら無い程に痩せ細ってしまった者ざっと見て5,60人は居るだろう。
「俺の絶対的な固有の領域に、お前の様な奴は要らない。その変な力を止めろ。さもなくば、人間共を一人残らず殺してやる」
そう言われたが、綾乃は寧ろ緑の光をその場の全員に発現させた。自慢の赤い髪の毛も、緑色へと変色し緑の光を自身から放つ。ゆっくりと、人質は全員安堵の表情で緑の光に包まれながら浮遊している。苦しみながら空中に浮いているのは、緑の光に包まれた二次元人だけだ。身動き一つとれず、もがいている。
「ぐぎぎ⋯なんっだ⋯⋯貴様は一体何なんだ!?」
「その領域って、この空間そのものの事だよね?貴方はこの狭い空間の中でしか力を発揮出来ない。だったら、この空間そのものを壊せば私たち出られるんじゃないの?」
「お前、何を言って――――」
綾乃は、思い切り跳躍して、宙を舞いそれから落下のスピードを相乗させて地面に拳を突き立てた。地表から物凄い発光と衝撃、そして地面が隆起する。地面が裂け、地響きが鳴り起こり、それはその空間の地球全てに響き渡った。
摩子はその日、用事あると言っていつもの昼休みの面子との昼食を断り、花音と一緒に屋上へと来ていた。そろそろ、戻ってくるだろうとは予想していたが、こんな形で戻って来るとは予想外だった。綾乃の携帯が光輝いて綾乃と葵が抱き合って戻ってきた。
「おかえりなさい。WEB漫画見ながら、どうなるか心配してたのよ」
「お疲れ様でした。お二人とも、学食の売店で購入してきたパンとコーヒーですがどうぞ」
そういって、二人にパックのコーヒーを手渡した。
「あー⋯やっと戻ってこれたか」
「へっへっへ。流石にこれだけ一緒に変な体験したんだから、もう言い逃れは出来ないからね」
「何が言いたい」
「自分で確か、退魔師って言ってたよね?」
「言ったっけ?」
花音が、ダウンロードしたWEB漫画のコピーにちゃんと描かれてある。ちなみに、本家のサイトは今は見れなくなっている。オカルト関係のスレッドでは、サーバーが落ちた。警察に見つかって特定された等、また噂が広まりつつある。
「言ってますね、退魔師って」
「分かったよ、しっかし、花音さん?と摩子さんにはちょっと説明して貰わないとなぁ。人をあんな世界に放り込む事に加担してくれたワケだし。一応陰陽庁にこの一件を説明しなきゃいけないしねえ」
目を細めて、二人を見据えた。かなり怒っているらしい。摩子は冷や汗をかいて、自分は知らなかった旨を彼に説明したのだった。
妖怪屋敷の奥の間で、タブレット片手に大笑いする九尾の狐が居た。綾乃が二次元空間を消滅させて、二次元人諸共吹き飛ばしてしまったのだ。これが笑わずにはいられようか、と腹を抱えていると急に携帯から電話が鳴り響いた。出ると、知らないようで見知った人物からの連絡が入る。陰陽庁の最重要人物、安倍晴明からの声が響く。
【彼女をけしかけたんは、やっぱり君か】
「コソコソと電話等せずに正体現したらどうじゃ?」
ひらひらと舞う蝶々が、急に和服を着たボサボサ頭の青年に変化する。
「あんま、知り合いやからってこういう事に彼女を使うんはご法度や」
「知っておる、が彼女が求めた情報を与えただけじゃ」
「彼女をこのままにしておく為にも、陰陽庁と防衛省と国家がどれだけ汗水流してるか、ちょっとは分かってくれへんか」
「分かった、分かったからその凄みのある顔をやめい」
安倍晴明を名乗る男が、彼女のタブレットを手に取るとデスクトップに最後のWEB漫画の画が保存されおり、それを開いた。一番左下に 「THE END」と書かれ大きく、見開きで地球が真っ二つに割れている絵がそこに描かれていた。




