The Radio Girl 2
目が覚めると、ジリリと鳴る目覚ましに手を伸ばして時計を止める。それから、様式のベッドから降りて制服に着替えて一階のリビングへと降りた。黒い猫が出迎えて、黒髪の少女はそれをひょいと抱えてキッチンのテーブルの席に着いた。
「おはようクロエ。お母さんは?」
「さぁ?朝食の支度を整えたらあっちの世界に行っちゃったけど」
「お父さんも?」
「家族旅行ならともかく、普通の人間があっちの世界に行き来するのは基本的には認められてないわ」
黒い雌猫が、淡々と喋る。可笑しそうに黒猫は笑った。
「あんたがあっちに行った時の顔はかなり面白かったわね」
「あんなめちゃくちゃな世界だとは思わなかったわ。なんかもうちょっとこう古い魔法使いのイメージ期待してたし」
「気持ちは分かるわー。でも、この世界の技術の水準を遥かに超えているからこそ魔法の異世界たる所以よ。科学はれっきとした魔法ってね。大体あんたテレビとか携帯とか分かって使ってる訳でもないっしょ。それに、普通の人間とその間に生まれたハーフをあっちの世界に連れていくなんて滅多に無い事よ」
「確か、教会の人間に昔追い出されたんだっけ?」
「ちっがーう。魔女狩りが盛んになった12世紀頃教会の信仰の妨げと感じた教会の人間達は魔術を扱う人間を邪教として見境いなく殺し始めた。それに呆れて魔術師達は異世界へと渡ったの。大規模な戦争が起これば間違いなく双方に相当な被害を受けたろうしね」
「そうだったんだ」
「世界に満ち溢れる魔力を使いこなす事こそ魔術の基礎。あんたまだ五大元素の全部出せないでしょ。使いこなせるように口酸っぱくマスターから言われてんのよ」
「それは申し訳ない」
テーブルにある朝食を食べ始める。ウィンナー、目玉焼きパンとオレンジジュース。それらを食べ終えて、学校に向かう支度を整えた。洗面所で長髪を梳かして、顔をチェックして家を出る。高校まで自転車で30分。元気な挨拶の声が聞こえて、正門から学校へ入った。背が高く、顔立ちも悪くはないと思うが少し釣り目な所がたまに傷だと佐倉摩子自身は思っていた。入学から日も浅く、桜の匂いが香る中で授業は進んでいく。睡魔に襲われそうになったが、何とか耐えた。昼食時になって、パンを買いに行こうとすると同じ教室の女の子から声を掛けられる。
「佐倉摩子さんだよね?私、二宮 洵。良かったら、一緒にご飯食べない?まだどこのグループに入ってないみたいだから」
「ありがとう。私パンだから売店に行かなきゃいけないんだけど」
「じゃあ早く行っておいでよ。待っててあげるから」
「ありがとう!!すぐ行ってくるね」
駆け足でパンを購入してきて、何とか15分程で戻って来れたがお昼時間15分のロスは少し痛い。
(明日から、コンビニで買っとこうかな)
周囲とは遅めの昼食となったが、女が4人も揃えば女子トークに花が咲く。そろそろお昼時間も終わりに近づいた頃、廊下から一人の女の子がこちらに向かってくる。癖のある赤毛の女の子。見覚えが無いので別のクラスの子である事はすぐに分かった。
「こんにちわ!洵ちゃんの友達です。ちょっと聞きたいんだけど部活の申請ってどこに行ったらいいのかな」
「何の部活入るの?」
「いやー作ろうと思って。探したけど無かったから」
「先生に相談したらいいんじゃない?部活の創設なんて流石に私もわかんないわ」
「だよねー。あれ、なんだろ」
そういうと、摩子の方に近寄って来てまじまじとこちらを見ている。
「何か、精霊が動きおかしいね。常に待機しているような」
「・・・・・・・・・?」
「それに、ポケットの中が光ってる様に見えるんだけど、気のせい?」
『気のせい』
と、残りの3人から総突っ込みが入る。気にせず彼女は摩子に尋ねた。
「ねーねー。ポケットの中確認していい?」
「いいけど」
携帯を取り出すと、それを面白そうに眺めている。
「これだ!!これが光ってる。変な文様も見える!すごいよ洵ちゃ―――」
洵がかなり怒っている。これだけ突拍子もない事を口走れば周囲の目を引いて当然だ。
「ごめん、返すね。でも、近いうちにこれが何なのか聞かせてね」
「いや、何の変哲もない携帯なんだけど」
「また来るよ」
そう言って、彼女は教室を出て行った。洵はため息を吐いて謝罪する。
「ごめんね。あの子いっつもあんな感じで電波発言連発してるから」
「春の陽気に当てられた訳じゃないのね」
うんうん、と他の3人も頷いた。
「ただ、不思議な電波で片付けるには彼女は実績が有りすぎるんだよね」
「実績?」
紙パックのコーヒーを飲みながら、洵は語り始める。
「例えば―――彼女の力で殺人犯を捕まえた事があるとか」
その場の全員が絶句する。
「超能力者なの?サイコメトリーとか?」
「そうかも。何か不可思議な物が見えやすいんだって。物にも思いが宿るとか言ったり、精霊や幽霊とか妖怪とか変なもんばっかし」
「キリスト教とか聖職者とかの関係者?」
「教会とか摩子さんも変な事聞くのね。彼女の家は昔から仏教だったと思うわ」
「そう、良かった。それより、他には無いの?実績」
「じゃあ私から未だ語り継がれる伝説をば一つ」
洵の隣のお下げの女の子がこほんと咳払いして話始める。
「中学校の時の修学旅行危機一髪事件!」
『あーあれかぁ』
残りの二人がハモる。
「修学旅行の最後の一日はバスでの移動が多くてね。雨も降ってたけどスケジュールは滞りなく雨天決行。途中で休憩所に着いてトイレ休憩とか行ってた時にさ。何か綾乃さんが運転手さんに滅茶苦茶言ってて。この先に見えるカーブの所で土砂が崩れるから出発は遅らせて!って。綾乃さん必死に言ってたけど誰も取り合わなくってさ。何言ってんの?って誰もが思ったんだけどたまたま一人連呼で居なくって待つ羽目になってさ。さぁ出発!!ってなって目の前で土と水が勢い良く落ちてきて2台の車がカーブで落ちて崖転がっていったんだよね」
「背筋凍ったわあん時ゃ」
「後で、どうして分かったの?って聞いたんだけどさ。それも意味不明で」
洵は呆れた様子で言った。
「えー?そういえば何で分かったの」
「聞きたい聞きたい!」
「土地神様と土の精霊がずっとそう警告してたんだって」
洵は冗談でもなく、ただ静かにそう告げた。昼食の終わるチャイムが鳴り響いて彼女の話を聞いた摩子も少し寒気が走っていた。
放課後になって、摩子は一人電車の高架下にある河川敷に来ていた。魔術の訓練をするには広い敷地と目立たない立地が必要になる。魔術を行使するのに必要な物は、ポケットの中にある携帯一つだけ。大昔の様に杖や魔術書といった媒体は不必要。小型端末のアプリを起動させるだけで魔術の行使を行う準備は整う。目の前に文様が浮かび、頭に火を扱うイメージを起こす。声や呪文も要らない。全ては感覚のみで行われ、力を顕現させる。発動の鍵になるのは魔術師の血族という遺伝情報のみ。魔法という力を行使してきた者の感覚器官を備えているという事が何よりも重要なのだ。自分の周囲に火の玉が現れて、浮遊させる。ゆらゆらと揺れる火の玉を眺めながら、ふと彼女の言葉を思い出した。
「それに、ポケットの中が光ってる様に見えるんだけど、気のせい?」
彼女の目は確かだ。魔術を行使するには今の所携帯が必要不可欠。携帯無しで呪文や魔術書を用いる昔ながらの魔術師も現存しているが少なくとも携帯アプリという補助輪無しでは摩子は魔術の行使は不可能。勿論携帯そのものも通常のメーカーでは無い『あちら側』で作って貰った特注品でもある。よくどこのメーカーを使っているかで話題になる事があるが、海外のメーカーを使用していると嘘をつき続けてきた。何故なら、魔女の血族だと知られれば、教会の人間によって異端審問に掛けられる。歴史を紐解けば、大昔から魔術師と教会は対立してきた。科学と信仰という分野は違うが『魔力』という力の源を扱う学術として古くから双方共に発展してきたのだが、【信仰心】という神を信じる人間の精神エネルギーを媒介に魔力を扱う教会と世界にありふれた【自然】のエネルギーを媒介に魔力を扱う魔術師は彼等からすれば異端との事らしい。12世紀以前からこの世界を飛び出し異次元の狭間に別の異世界を見つけてそこに住み始めたのが始まりらしいが今やハリウッドもたまげる世界に発展している。砂利を踏む足音が聞こえて、視線をそちらに向けると思わず吃驚して目を大きく見開く。周囲に気づかれないように自分が見えなくなる結界を張っているのに、彼女は何事もなかったかのようにここに居る。上の橋で電車が通る振動が鳴り響いて、少しして静けさが戻る。赤い癖のある跳ねた髪を持つ少女がそこに立っていた。
「こんにちわ、佐倉摩子さんだっけ。さっきの答えを聞きに来たよ」
そういって、結界に触れて力を入れると結界に亀裂が走った。
音が聞こえて結界が消滅して通常の空間に戻る。心臓の鼓動が大きくなっていくのが分かる。もし、彼女が教会の人間ならば、自分は今から異端審問に掛けられる。審問と聞こえはいいが、要は手段の厭わぬ尋問の末の滅殺。故に出会ってしまったら―――――――先手必勝。大きな炎のうねりが形を形成して蛇になる。摩子の使える中でもかなり高位の魔法で、蛇の数は実力次第で増やせる。
「おー・・・すっごーい」
手品でも見る様に、そんな感想を述べた。真っ直ぐに食らいつこうとする炎の蛇を、回避するでもなく相殺するでもなく、彼女は待ち受けたが、彼女に迫る瞬間に、突然突風が蛇の軌道を変えた。そのまま橋の下にぶつかり大爆発を起こす。何が起こったのか理解出来ぬまま、瓦礫と埃の中を駆け抜けて距離を取り次いで、携帯のアプリの中の雷の絵を片手でタップ。すぐさま、雷の槍が何本も出現して空中で静止する。埃が晴れて、彼女の姿が見えた途端、彼女を串刺しにするつもりで槍を放つ。ところが、目の前の土が盛り上がり、巨大な壁を作ってそれを防いだ。
(なら―――壁を壊すしかない)
空中に炎を圧縮した球体を幾つも作り出し浮遊させる。一つでも当たれば瞬時に爆発を起こす炸裂弾。彼女に向かって攻撃を仕掛けたが、同じように当たる間際に突風によって軌道を変えられ、全て川で爆発して大きな水飛沫を上げる。同時に、摩子の足場がぬかるみ、足首まで深く地面に埋まる。抜け出そうと思ったが、何かに掴まれているかのように足が抜けない。気づけば、彼女は目の前に居て、怖くなって尻餅をついた。これから尋問されるのかと、恐怖に身が竦む。膝を曲げて九の字になり、彼女は笑顔でこう告げた。
「やっと一人見つけたよ。不思議な力を持つ私以外の誰か!」
「はぁ?」
目が点になって、ハイテンションで騒ぐ彼女についていけない。がっつりと首の襟を掴まれて、ぶんぶんと振り回される。
「もー!妖怪とか幽霊とか見える人に話しかけた事はあるけどやっぱ人間で会うのはこれが初めてだから超嬉しくって!中学じゃ何言っても変人扱いされちゃうし。あ、やっぱり精霊とか見えるんだよね?何かそんな力使ってるし・・・むぐっ」
とりあえず捲くし立てる彼女の口を手で押さえて、重要な事を尋ねる。
「ちょーっと確認いいかしら?貴方教会と何か関わりは?」
「教会って何?」
(うわ、私勘違いでクラスメイト返り討ちにするとこだったわ)
実際には、逆にされてしまったが。気恥ずかしさと申し訳なさが込み上げるものの先ほどのホラー映画張りの登場には怒りも込み上げてくる。
(大体、結界壊して会いに来るとかありえなくない?)
言いたい事も、色々な感情も巻き起こったがとりあえず自分を解放するように尋ねると、答えを求める代わりにあっさり了承してくれた。
「さっきの答えね。私は、魔女の末裔よ。だから少しだけ魔法が使えるの。他言無用よ?」
「大丈夫だって。言っても誰も信じてくれないのはいつもの事だから」
「私の質問もいいかしら?」
「いいよ!」
「貴方も何者なの?魔法使いって訳じゃなさそうだし」
「うーん、考えてみれば自分でも良く分かってない。世界の有名人みたいな感じ?」
「どういう意味?」
「さっきのは自分でやった訳じゃなくって、ここに見えるでしょ?可愛い精霊さんが。風の精霊さんが、危なかったから私を助けてくれたの」
「あの土も?」
「あの土は、摩子さんの下に居る彼が何とかしてくれたよ」
下を覗くと、誰も居ない。
(彼って誰・・・)
電車の音が聞こえて、思わずはっとなる。
「不味いわ、このままじゃ事故になっちゃう!」
自分のした事の大きさに、今更気づいて焦燥感に駆られる。
「そうだね、補助お願い出来る?うん。分かった」
独り言を呟いて、彼女は走って摩子が壊した橋の前までくると彼女の髪の毛が緑色に変色して、彼女自身も緑色のオーラを放つ。まるで時間が巻き戻るかのように建築物が直っていく。その様を見て、摩子は改めて彼女に恐怖を覚えた。何事も無かったかのように、電車が橋を通り過ぎてから改めて彼女は自分を自己紹介した。
「挨拶して無かったよね、初めまして。私、上野綾乃って言います。オカルト研究部を作ろうと思うので、一緒にやりませんか!てかやりましょう!是非!お願い!」
「えーっと・・・・・・・」
断ったらどうなるんだろう、と考えが過ぎったが首を縦に振って摩子はその場をやり過ごす事にした。
とりあえず部員になる事は承諾してその日は考えを整理したいと言って別れ慌てて家路へと駆け込んだ。息を切らして玄関のドアを開け、それから雪崩れ込むかの様にリビングのソファーへと倒れた。尋常ではない様子に母の使い魔である黒猫のクロエが心配そうに尋ねてきた。
「どうしたの?何かあった?」
ぜい、ぜいと息を切らして汗をかく私はとりあえず落ち着いて深呼吸し、とりあえずクロエに一言告げた。
「学校の子に、魔女って事がばれたんだけど、どうしよう?」
「あらま。そりゃ大変。すぐに主人に伝えなきゃ」
落ち着いた様子で、クロエは空中に鏡を出現させる。丸い鏡に暫くして、映像が映し出された。
「何、緊急の用事でも出来たの?」
「緊急も緊急かと。摩子が魔女だと他人に知られたようです」
「あらら、それは不味いわ。引っ越しも考えないと。教会に何かしらの動きは?」
「今、探査魔法で私の分身を放ちます」
クロエはその場で子猫を10匹作り出し、外へと放った。
「すぐに戻るから、ちょっと待ってて頂戴」
そういって、30分程して母が魔女の世界から帰還した。周囲に魔術の探知を効かなくする結界を張ってあるので空間転移を行っても問題はない。空間に門が現れて、そこから母が現れる。こっちの世界とはまた異質な服飾に身につけており魔術学校の講師をしている。黒いローブではなく、洒落た魔法衣を着ており魔法使いというよりかは錬金術師といった服飾である。眼鏡をくい、と中指で直して鋭い目線で私を睨む。
「ま~こ~?ちゃんと話を聞かせて貰うわよ?」
「分かってる、私もちょっとどうしたらいいんだか」
経緯を説明すると、母は何故か目をつむって冷や汗を流してい
る。
「その、女の子の名前もう一度だけ聞かせて?」
「上野綾乃さんって言うんだけど」
クロエが吃驚して声を出した。
「なんと、あの――――」
クロエが声を出す前に、母はクロエの口を魔法で口を塞ぐ。
「むぐぐぐぐぐ・・プハッ・・分かりました。黙っています」
「そうして、軽々しく話題にする話ではないわ」
「どういう事?あの子一体何なの?私が壊した橋もあの子一瞬で直しちゃったし」
会話を遮る様に、玄関のチャイムの音が鳴り響く。警戒して、母が壁に備え付けられたチャイム用の受話器を受けとると男の声が聞こえてきた。黒いスーツに身を包んでおり、サングラスをかけている。絶対に普通の人ではない、何かしらのエージェントである事は見受けられる。
「日本政府防衛省陰陽庁の者ですが、お話伺えますか」
「日本政府!?陰陽庁!!?」
「仕事が早いニャ~。流石ワーカーホリックジャパン・・むぐ!!」
母に、また魔法で口を開けないようにされるクロエ
「分かりました、家の中へどうぞ」
「入るのは私ではありません。すでに部屋に入ってます故」
電話の主はそう告げると、蝶がひらひらと舞っている。蝶はリビングを周回した後、摩子が倒れていたリビングに一人の青年に姿を変えた。京都の浴衣を着た髪の毛がボサボサで清潔感はないように見える。
「どうも、初めまして。安部晴明と申します。よろしゅうに」
気さくに声を掛けられたが、陰陽庁のトップが来た事で、私の母は石化した様に動かなくなってしまった。
ようやく、落ち着きを取り戻した母であったが、椅子に腰かけて向かいの席には安部晴明が座っている。私も母の隣に同席して緊張して口を閉じていた。何せ、目が細く猫目だった彼の目が今開いていて怖い。
「ほな、魔女の君がどうして綾乃ちゃんに近づいたんか聞かせてもらおかな」
「綾乃ってあの変な子の事ですよね」
今日会った、赤毛の女の子。可愛い顔した電波さん。ただの電波じゃなかったけど。
「ちょっと変わっとるけど根は優しいんよ?」
摩子は、初めから学校の出会いから何から全てを目の前の男に話した。すると、納得した様子で答えた。
「なんや、交戦したって聞いたからてっきりはぐれ魔女か何かが仕掛けてきたもんかと」
「滅相もありませんわ。日本と魔術師は古くからの盟友同士。何百年も前に安部晴明が我が国を訪れて以来今日までその絆は揺らいでおりません」
母が丁寧に弁明すると、今度は猫が天井から降ってきた。気づかなかったがどうやら母がクロエに何か指示を出したらしい。口に便箋をくわえており、それを晴明に渡して消えた。
「おお、先生からやないか。懐かしい・・・のとは違うか」
便箋に書かれてある通り、それを机の上に置くと魔方陣が映し出され、一人の老人が小人サイズで現れた。
「はて、安部晴明という事じゃったが。何処の何方かな?」
魔術師のローブに身を包む老人は、晴明を前にして怪訝な顔を見せた。
「晴明は、記憶の事は伝えてませんでしたか」
「おお!!そうじゃった、そうじゃった。晴明の記憶と知識を代々受け継いでおるんじゃったな。懐かしい訳でもないから、久しぶりというものでもない。さて、安部晴明を名乗る君が何故、今回魔術師を拘束しておる」
「拘束ていややわセンセ。人聞きの悪い」
「何じゃ、どういう状況じゃ。ケイ!!勝手に会議をすっぽかしてからに。ちゃんと説明せんか」
「グラウス様・・・分かりました」
再度、経緯を母がグラウスと呼んだ人物に説明した。魔術師の国のお偉いさんで、昔は魔術師の学校の教鞭をとっていた事もあるとか。何年も姿が変わっておらず、不老の魔術師としても有名だが本人はアンチエイジングで通しているらしい。魔術師の世界は巨大な都市が幾つかあり、中でも魔術師の育成に力を入れた国家アルブレド、魔法科学の発展したフォースバイン、幻想より生まれた怪物や、魔物、吸血鬼やケンタロウス等の人々の思いから生まれた存在の集うディストピア。この3つの都市が大きく有名である。他にもあるようだが摩子の知識はそれほど多くもない。目の前の人物グラウスと呼ばれた人物こそ現在のアルブレドの王だという。
「上野綾乃ちゃんに、魔術師が接触したとなれば陰陽庁は黙ってられんで」
「分かっておる。一度世界は滅びかけたのじゃからな」
「とはいえ、話を聞けば唯の誤解やった訳でして、個人的に勇み足やったのは謝ります」
髪をポリポリかいて、自分の過ちを謝罪した。摩子と母は突然の謝罪に吃驚する。
「いえいえいえ!!気になさらないで下さい、誤解だった訳ですから!!」
母が全力でこの流れに乗った。
「ふむ、ならば問題はもうあるまい。急に呼ばれて何事かと思ったわい」
「あのー・・・結局私どうすればいいんですか?」
ようやく、話に割り込んで尋ねる。
「どうもせんよ。君の好きにしたらええ。唯個人的には仲良くしてやって欲しい。日本は暗に魔術師を保護しとる。教会が何か動きがあれば国家が動く」
「京都の震災のあの時からですね」
母が悲しそうに言うと、晴明はそうやと一言呟いた。
魔術師と陰陽庁の重鎮が居なくなり母とクロエがその場に残された。気づけば夜も19時を過ぎて、お腹も鳴っている。
「ただいま~!」
父が帰宅した。母は魔術師だが、父は至って普通のサラリーマン。
「あらやだ、何も準備出来てないわ」
「今日出前でも取る?」
「それもいいかもね。あ、そうだった。結局私どうしたらいいの?」
「陰陽庁の方も言ってたでしょ。あんたの好きにしなさい。気づかれたのが嫌で引っ越ししたいなら言ってくれればいいしあの子と仲良くなりたいなら暫く様子見って事でもいいと思うわ」
猫のクロエが、悩む私に茶かすように言及してくる。
「ここで、その子と縁を絶っておいた方が、懸命じゃない?」
「話の中で世界が滅びかけたとか言ってたわよね」
「そうなのよねえ」
(何だか色々巻き込まれそうでちょっと嫌なんだけど)
暫く様子を見るという事で家族会議は一段落着いた。クロエに彼女は何者かと尋ねたが、魔法使いでも教会の者でもない事は確からしい。翌日になっていつもの日常に戻り午前の授業もつつがなく終わり昼食時になって悪魔が姿を現した。少なくとも摩子にはそう見える。勢い良く教室の扉の前で屈託の無い笑顔をこちらに向ける彼女に思わず顔を真っ青にして、全力で彼女に駆け寄った。
「摩子さん!部活の件で話があるんふぁ!?」
喋る間もなく、口を手で塞いだ。
摩子は改めて彼女を怖いと認識したのだった。