狼の牙と退魔師 11
葵は、先行する影丸を追いかける様に林の中を駆け抜ける。次々に現れる化け物も、今は切り伏せるだけで蒸発していく。それだけではない。刀の持つ力の一端か、覚えのない型や技も駆使している事に自分で気づかされる。攻撃を繰り出す化け物の動きとほぼ同時に前進し、首を捻って回避する。懐に入った所で一刀両断して、すぐさま後ろからの化け物の攻撃に横一文字の型を繰り出す。赤い光の一閃が刀から放たれ周囲の木々と一緒に複数の化け物は胴体が二つに裂けた。これが何なのか、考えるよりも今はただ前を見据えていた。やがて、中心と思しき沼に到着すると、大声を張り上げて紅葉の名前を叫ぶ。
「紅葉どこだ!!声を上げてくれ!!」
「葵!!⋯ごめん⋯⋯私⋯⋯⋯」
沼から生える化け物の手が、紅葉を沼に引きずりこもうとしているのを、必死に草にしがみ付いて、沼に落ちないようにしていた。体の半分以上を沼に引きずりこまれていている。
「何とか間に合ったか」
紅葉を掴む無数の腕を、赤く光る一閃で吹き飛ばして影丸と共に紅葉を引き上げた。
「ありがとう」
「白虎は出せるか?」
「無理みたい。何か精気を吸い取られたみたいで力が⋯」
「封印は出来そうにないか」
影丸が4つの札を地面に張り付けると、結界が現れる。葵は沼の方へ再度向き直し、刀を構えた。化け物はいつの間にか形を成して一つ目の巨大な球体に変化している。ふわふわ浮いており、憎悪の目の先を葵に向けて、体から手、足、首を幾つも葵に向けて飛ばして来る。刀がまた微弱に赤く輝き、刀の斬撃を2発繰り出すと化け物の攻撃が吹き飛んだ。
「紅葉の護衛は任せたぞ影丸」
「分かった。来るぞ、主。大物だ」
緑色の化け物が幾つも融合して形作られている不気味な化け物。巨大な一つ目が生えて、ギョロリと葵を見据えた。口は無く、叫ぶ事もない静かな化け物であったが、その目は葵を敵と認識し、憎しみを抱く憎悪の目をさせている。
「おっ?ようやっとラスボスってか。いいねぇ」
炎を纏いながら、赤髪の人狼が現れる。
彼が来た方角からは、赤々と燃える炎と煙が拡大していた。耳を澄ませば、自衛隊の消火活動の声が大きく響いてきた。
「晃⋯⋯じゃないな」
「晃を知ってんのか?俺はあいつの兄貴だ。それよか、先にやらせてもらうぜ」
人狼は、両の手に炎を纏うと、跳躍して化け物に向かった。型のある動きではなく、【暴れている】としか表現しようもない動きであったがその圧倒的なパワーとスピードに、一つ目は対処も出来ずにいる。燃え盛る炎の拳は一つ目の化け物の半分を焦がしたがすぐに元通りに形を作っていく。人型ではなく、球体が空に浮かんでおり、体からは無数に手足が生えている。
「何じゃ、こら。全然効いてねぇな」
銀次の方に一つ目は突進していく。真っ向勝負と受け止めたが、化け物の手足によって絡め捕られる。
「ざっけんなコラッ!!」
体に炎を纏って、大きな巨体の動きを鈍らせる。
「ニャー」
猫の声がして、葵は視線をそちらに向けると、どこかで見たような二本の尾を持つ猫が、その二本の尻尾を伸ばして、銀次を絡めていた手足を斬った。鞭の様にしなりながらも、鋭く斬れる。
「あら、先客一杯ね」
今度は、金髪碧眼のシスターが、青白く輝く剣を持って、現れた。化け物の背後に回って、剣を伸ばして斬る。炎と違って、回復はしないものの、傷が浅い。体から手足を360度四方に伸ばすと、人狼が炎で吹き飛ばした。シスターは、黒猫と一緒に剣で薙ぎ払いをして遅れている。人狼の後ろに居た葵は、この隙に乗じて、化け物との間合いを詰めた。熱風がまだ肌にくるものの、構わず飛び込む。チリチリと肌が熱くなるのを堪えながら、葵はまた、背景の無い世界へと足を踏み入れる。その中では全てが遅く、自分だけが自由に動き回れる。ほんの、瞬きの間ではあったが、葵は化け物の懐に接近し背景に色が着いて、世界が元通りに動き始める。化け物は慌てて手を伸ばすが淡く赤く輝く刀で切り伏せて悉くを消滅させる。再生もしない。一太刀化け物の体に浴びせると化け物はようやく目に涙を浮かべた。人狼が特大の炎を食らわせ、轟音と爆発が響くとようやく跡形もなく消え去った。
「ハッハッハ。ようやく終わったか糞目玉。それよかお前、何だその刀」
「いや、実はさっき拾ったばっかで何が何やら」
「主、そりゃさっきも言ったが妖刀の類だ。森羅万象をたたっきる妖刀村正、神をも斬れる天羽々斬それに近いもんだろう。だが何だってこんな所にあったのか謎だな」
「そいつの言うとおりなんだろう。やばい気配を感じる。こっち向けたら殺すぞ」
「⋯⋯⋯」
一件がようやく終わった事に安堵し、力が抜けて尻餅をついた。自衛隊による消火活動が終わる頃には溜息を吐いて、刀を地面に突き刺す。不可思議な力が一体何なのか良くわからないものの、この大規模火災として報道陣も押しかけて来ていた。晃の兄と、黒猫と金髪のシスターはいつの間にか姿を消していて紅葉と葵と晃の3人は、作戦が大雑把過ぎた事と、火災に関して自衛隊の作戦指揮官と陰陽庁から来た役人に一緒になってこってり絞られ、今回の経緯を説明した後、解放された。その時すでに時刻は深夜12時を回っており、紅葉の両親が車で迎えに来てくれた。晃は、車の中で、ぽつりと漏らす。
「そういえば、何で自衛隊と一緒に今回の作戦を?」
「俺等の所属する陰陽省庁も防衛省の中にある国家防衛組織の一つなんだよ。知らなかったのか」
「煩いな」
「晃さん今回は手伝ってくれてありがとう!」
紅葉が晃に御礼を伝えると晃は照れながら頭をかく。
「いいよ俺は、結局自分がやりたい事をしたかっただけだ」
兄に憧れて、ヒーローみたいに力を使いたい。力があるのなら、力の無い人に代わって妖怪を成敗したい。幼稚な動機だったと自分でも思う反面、力が足りないのだと今日の兄を見て晃は痛感した。
「所で、お前何か役に立ってたの?」
「おまっ⋯敵の大将斬ったのこの俺だぞ?」
「フーンソウナンダー。シンジランナイナー」
「もう、狭いし疲れてるんだから静かにしてよ!」
「すんません」
「ごめんなさい」
運転していた縁は3人を見て、クスリと微笑んで夜道に車を走らせた。
翌日、旧大戦の遺物が爆発し、自衛隊が投入されて見事火災の鎮火と近隣住民への案内と避難誘導を施して残りの遺物も無事回収したと報じられた。化け物の事や陰陽庁の事等は一切何も報じられていない。
「人知れず、怪異を鎮めて傷つきながらも解決した。正にヒーローだよね。お手柄だったじゃん晃」
心菜が晃にそういうと、晃が全力で否定した。
「結局最後は銀次兄ィに全部良いとこ持ってかれたよ」
「ハハハ、銀次さんらしいな」
翌日の学校の通学途中で、晃、心菜、智也が昨日の一件について語り合っていた。目の前に葵の背中が見え、心菜が駆け寄って、挨拶を交わした。
「おはよう!橘君。昨日はお疲れ様」
「疲れたってレベルじゃねえ。何か体がちょっと重い」
「私洵ちゃんの家で一緒に映画見てたから知らなかった!!」
「何の映画見てたの?」
智也が尋ねると、洵が答えた。
「海賊物語 新海の秘宝」
「鉄板ね」
摩子がそういうと、綾乃も頷いた。
「何度見ても面白いよね~。私ホラーが良かったんだけど」
「絶対イヤ」
「洵ちゃんこれだもんなぁ。今度連休に遊びに行く時は向こうで見ようね!」
「その時間だけ私外に出るから摩子さん相手お願いね」
「何かいつの間にか私も行くことになってない?」
「そだ、橘君も行かない?」
綾乃がそういうと、ふとあの時見た少女の面影が重なる。
一瞬ドキリとしたが、目の錯覚だと心を落ち着かせた。
「どしたの?」
「何でもない」
暫くの沈黙の後、葵は死んでも行かない旨を彼女に伝えたのだった。
狼の牙と退魔師 FIN




