狼の牙と退魔師 7
巫女の装束を着る少女が、携帯を耳に当てながら駅の前に立っている。陽が落ちて、暗いとはいえその巫女服は京都でも目を引く。少女は白虎を召還して、周囲の警戒を行った。力と体の大きさを小さくして、まるで猫の様にも見えるが子供の白い虎といった容貌になっており、白虎が袖を掴んで紅葉の肩に乗る。
「まだ居る?早く帰りたいんだけど」
「なら、早く滅殺しにいこう。ついでに、あいつも消し炭で」
「以前の守護者に似てるってだけでえらい嫌われようね、葵も」
「似てるって次元じゃない。あいつの一挙手一投足全てに苛々が抑えられんぐらいだ」
「早速電話掛かってきた。もしもーし、今駅に着いたんだけど」
【助かる、駅から商店街を抜けて、山道を目指して欲しい。後は白虎が匂いでわかるだろ】
数分の間、情報を交換した後携帯を切る。走って道路を進んでいたが、白虎が大きくなり提案する。
「遅い、乗れ」
「分かった」
紅葉が巨大な猛獣の背中に乗ると、毛に掴まり振り落とされない様に気をつける。駆ける速度が上がり、前方から光る車のライトが見えそのまま前進して大きく跳躍した。斜めになっている側面を利用して駆け出し林を利用して速度を上げた。現場に着くと、林の中で緑色の化け物に囲まれた葵と、化け物に掴まった影丸がぷらんと逆さに浮いている。
「やっちゃえ白虎!!」
「言われなくとも!!」
白い虎の周囲に雷が降り注ぎ、次々と化け物を滅していく。白虎と紅葉の通り過ぎた後には、焦げた化け物の匂いと、木々の焼ける音がパチパチと音を立てていた。
「やばっ」
紅葉がすかさず、細長い神々しさを併せ持つ魚を召還する。竜宮の使いと良く似ているが、それよりも遥かに大きく、淡く体が光輝いている。
「消火お願い!」
紅葉がそう言うと、その場に水を発生させて火を鎮火した。願いを聞き届けて、魚は消えてその場を立ち去る。
「そういえば、葵は?」
「あそこだ」
白虎がそういうと、雷に巻き込まれて痙攣している影丸と葵の姿があった。
「おまっ⋯⋯くそどら⋯⋯」
「だぁ~はははは!!ザマぁ痛っ」
紅葉が白虎にチョップを食らわせて、葵の元へと駆け寄る。
「全く、あんた達ちょっとは仲良くしたら?」
聞く気はないのか、小さくなって紅葉の肩に乗る。紅葉が携帯に連絡を入れて、現場の状況を陰陽庁に通達する。白虎が匂いを嗅いで、警告する。
「この奥であいつの匂いがする。増殖してる」
「増殖!?」
呻き声が聞こえて、先ほどの化け物が倍に増えて出てきた。緑色の腕を伸ばしてくる。白虎は雷で焼き殺せるが、術者である紅葉は2本の小太刀で切り伏せる。刀で倒した側から復活し焼き殺したものの、後から後から沸いて出る。危うく、動けない葵にも被害が及ぶ所だった。
「滅する事は出来るが、完全に人手が足りないな」
「葵を動けなくしといて、人手不足ってあんたね⋯白虎は葵と影丸を乗せて先に引いて。私は四方結界でこの化け物をとりあえず閉じ込める」
「承知した」
巨大な虎に変貌し、葵の服を咥えて上に放り投げ、自分の背中に乗せてその場を駆け出した。紅葉は一人残って次が来る前に結界の札を貼って移動する。四方向に札を貼る事で、四方結界は作用する。巨大な鷲を召還し、彼が紅葉の手を掴んで空を飛ぶ。林の中心には沼があり、北側には崖があって河原へと続き南側には来た道に戻る山道が見える。西には山があり、東には山道から続く街の明かりが見える。
「流石に空までは来れないみたいね」
3匹の小鳥を召還して、それぞれに札を持たせる。
「残りの札を貼ってきて。多分それで一時的には大丈夫だと思うから」
3匹の小鳥はそれぞれ別の方角に向けて飛び出した。間もなくして、沼を囲む結界が張られる。紅葉はそれを確認して鷲を南側へ行くように指示を出した。山道で、白虎と動けるようになった葵を見つけて降りる。
「結界はいつまで持つ?」
「増殖次第では2日と持たないんじゃないかな」
「そりゃ、大掛かりな作戦になりそうだな」
「うん、少なくても4人以上は必要だわ。
漏れた場合に備えてもっと居るかも?」
「つまり、こいつが動けていても一緒だったという事だっっ」
紅葉が思い出して、再度白虎の頭をチョップする。
「それはそれ、これはこれ。反省しときなさい」
「自衛隊も動員される事態になったらちょっとしたニュースになるな」
「テキトーな理由で報道されると思うけどね」
「とにかく今から結界を張り続ける為に応援を呼ぶ。それにしてもどうして、あんな厄介な奴が急に動き出したのかしら。あんなの居るって今まで聞いた事ないけど」
「確かにな」
携帯に連絡を入れて、結界を任せられる人員と交代して2人は家路に着いた。この案件は引き続き、葵と紅葉で担当する事になったが、自衛隊も出動して万全の準備を整えてからという事になった。明日九尾の狐に情報を仕入れて、あの怪異を鎮めなければならない。携帯を切って、葵は沼の方角を見つめた。
翌日になって、学校に行くと校門の前で見覚えのある赤い髪の少年が目を鋭くして葵を待っていた。先日の一件の事だろうと予想はしていたが、人が行き交うこの場で言うのも色々と不味い。
「昨日の妖怪は結局どうなったんだ?」
ため息を吐いて、赤毛の人狼にこう伝えた。
「結界に閉じ込めて、今日と明日までに何とか怪異を鎮める事になってる。もう事が大きすぎて、俺だけの問題じゃなくなってるけどな。ここじゃ、色々不味過ぎる特に―――興味を引きかねない奴がいるからな。昼休みに屋上で会おう。そういえば昨日名前聞いて無かったな。俺は橘葵だ」
「分かった、聞きたい事は山程ある。坂上晃だ」
「私は知ってると思うけど、篠崎心菜ね。まさか、同じクラスの橘君が陰陽庁の退魔師だなんて吃驚ね」
心菜がそういうと、呆れて葵も返した。
「そりゃ、こっちの台詞だよ。そっちの人は?」
「大野智也ってんだ。クラスは違うけどここに居る面子は皆人狼なんでこれから宜しく」
「結構いるもんだな」
「今の学校だと、種族は違うけど噂じゃもう何人か居るってのは聞いてる」
「まじでか」
「まじまじ」
智也がそういうと、葵は周囲を見渡した。
流石に、力を使わない限りは妖気の欠片も感じない。それとは別に、洵と一緒に歩いてくる赤毛の少女が見えた。
「おはよう!心菜さん、葵君。どしたのこんな所で」
「何でもないよ」
「そうそう、ちょっと昨日夜でバッタリ会ったから会話してただけだよ」
「へー⋯変な犬居た?何か喋るちっちゃい犬」
そういうと、晃が漫才している光景を思い出した。
「漫才してたよな、昨日」
「実はノリツッコミ出来るように仕込んであるからな」
「あははは、晃面白い!」
心菜が笑うと、智也も関心して言った。
「お前にしては良いボケじゃん」
「いやだから⋯⋯う?」
肩を組んで強引に輪から引き離して、葵は小声で晃に告げた。じーっと細目で何か言いたげな綾乃の視線が刺さる。
「いいか、全力でこの場を乗り切れ。でなきゃ昼休みの件は無しだ」
「分かったよ、何かの秘密事項かあの犬」
「大体そんな所だ」
綾乃に視線を向けて、次に顔を横に向ける。洵は会話に加わらずに、先に行くと綾乃に伝えた。話を濁してその場は収まったものの、綾乃にいつ気づかれるか冷や汗をかきながら、その場をやり過ごしたのだった。




