狼の牙と退魔師 3
雲の無い夜空に浮かぶ月の何たる綺麗な事か。狼は月の夜に変身すると言われるがこれは統計的に人類が月の満月の夜に犯罪件数が増加傾向にあるというデータを基にされた作り話である。もっとも昨今は文明が発達し、夜でさえ街燈が明るく照らすようになって、月夜の効果は微々たるものになったと誰かが言っていた様な事を晃は月を見てぼんやり思い出していた。商店街から離れて、少し山に行く為の山道を登っている最中、携帯に連絡が入っていたので誰からのものか確認した。
「何だよ、智也か。うるさいっての。対戦ゲームはまた今度な」
諦めきれない事を察してのメールの長文が書かれてある。確かに当てもない犯人探しになるが、夜回りするだけでも効果はあるだろう。特に今は町内で夜回り強化のお触れが出ており、参加する人も大勢居る。その中の一人になるくらいは別に問題はないだろう。それから、数分程見回って、丁度商店街に戻ろうとした矢先だった。男性の悲鳴が聞こえて、慌てて走ってその声の方へ向かった。道路で尻餅をついて、懐中電灯を落とし、ガードレールに背を当てて尚も後ろへ逃げようとしている40代の男性が居た。見覚えがある人物で、商店街の見回りメンバーの一人だった。駆け寄ったが、まだ恐怖に凍り付いているようで、パニック状態となっていた。取り押さえて、ようやく静かに落ち着きを取り戻していく。
「奴が来る!!やつがっ」
「奴って、誰なんです?何もんですか」
「全身緑色の棒みたいな化けもんだった。細長くて⋯⋯⋯」
口をぱくぱくと開けて何も言わなくなった。過呼吸になって、震えながら指を指すと恐怖で涙を浮かべて、半笑いになっている。晃もゆっくり後ろに顔を向けると、背後に細長い緑色の化け物がそこに居た。鼻は無く、大きな口と細い目だけの化け物。植物が人間を模して歩いているかのような存在に男性は恐怖の余り、声を出してその場を離れた。その隙を見逃さず、化け物は手を伸ばして男性をぐるぐる巻きにして捕獲する。べっとりとついた下水の臭いに晃は記憶が蘇った。激昂して赤い髪がざわつき揺れる。晃は怒りを爆発させて、その化け物の緑の腕を蹴りで引きちぎる。次いで化け物の体に拳で一撃を入れたが深く刺さっただけで、化け物には何も反応は無い。
「糞っ⋯⋯こんの化けもんが!!離せこの野郎」
抜こうとしたが、力を入れても抜けない事に焦りを感じ始める。化け物は標的を晃に向けて、腕を晃に向けたのを察知して力を解放して強引に引きちぎった。晃の犬歯が伸び、尻から尻尾が生え,耳が伸び始める。赤い髪の毛が長髪に変わって目が一層鋭くなった。爪が伸びて憎悪と敵意を剥き出しにすると先程千切った腕が晃に襲い掛かった。晃は伸びた爪で細切れにすると化け物の背後に回って先程と同じように手套で突きを繰り出す。しかしやはり手応えが無い。先程と同じく、蛇の様に締め付けられる。その瞬間、一筋の閃光が疾った。颯の如くその一閃は化け物の頭を吹き飛ばす。
「全く、人狼が情報提供者って聞いたけど、忠告は聞かなかったみたいだな」
月夜に刀身が光り輝き、黒い装束の少年は尚も刀を構える。連撃を重ねて化け物を切り刻んで、晃を化け物から解放した。




