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木曜日の天使  作者: しゃかもともかさ
1.透明な言葉
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4/♪-Ⅱ

 学校の外周をぐるりと歩いて門にたどり着く。


 校門の側に厚い化粧の中年女性(おばさん)がいた。

 銃身の長い銃を抱きかかえるようにして持っている。

 散弾銃(ショットガン)と呼ばれるものだろう。

 銃の立派さに対し、彼女は頼りなさそうで仕方がない。

 〈悪魔憑き〉に実弾はあまり有効ではないというから、あれでは威嚇にもならないだろう。


「教員の方ですか?」


 なんとなく一樹の「教員」という言葉の響きに冷たさを感じた。


村田(むらた)くんのクラスの担任の、安藤(あんどう)です」


 〈悪魔憑き〉を発症した男子中学生は「村田」というらしい。

 安藤は一言二言、一樹と話すと「生徒の無事が気がかりで」と言葉を詰まらせ、深刻そうな表情をする。


 嘘だな、と思う。

 大人がよくつく嘘だ。

 だいたいの子供が気づいていることを大人は分かっていないのだろうか。

 彼らも子供だった時代があるはずなのに。


 安藤は強張った面持ちのまま、逃げるように校舎の裏に消えていった。


村田和彦(かずひこ)くんは二年C組にいるってさ。お行儀良く、椅子に座ってくれているらしい。一通り暴れて落ち着いたのかな」

「村田和彦は一人ですか?」


 一樹は眉を寄せた。


「生徒の避難は済んでいるらしい」

「では、敷地の中は今ほとんど無人なんですね」

「いや、体育館に全校生徒が集まっているらしい」

「……馬鹿ですか?」


 反射的に悪態をついてしまった。

 では、あの厚化粧女が向かったのは、その体育館だろうか。


「僕もそう思う」

 一樹は苦笑いでうなずく。

「でも、教師っていう生き物が何より恐れるのは子供に被害が及ぶことではなくて、子供のコントロールを失うことだからね」

「一樹は教師が嫌いですか?」

「あまりいい印象は持ってないかな。経験則になるけど」

「私もです」


 私の場合、私自身の経験に基づくものではないが、心の底からそう思う。

 もしかすると、信頼のできる教師もいるのだろう。

 この世界のどこかに。

 でも、それは性善説のようなある種の神話じみているものに感じてしまう。


 昇降口から、校舎の中に入る。

「来賓の方はスリッパをご利用ください」の貼紙があったが、動きやすい格好の方が良いだろう。靴のまま歩く。


「なんか気持ちいいね」

「何がでしょうか?」

「土足で廊下を歩くのは校則違反だ」


 私は一樹を軽く睨む。

 緊張感がまるでない。


「二年C組は三階だってさ」


 階段を上る。

 私と一樹、二人分の足音が反響する。

 校舎の中はしんとしていて冷たい空気で満ちていた。


 窓から体育館の様子が俯瞰できた。

 入り口のところに銃を持った男たちが数人立っている。

 そのうちの一人は浅黒い肌のジャージ姿で、見るからに体育教師という出で立ちだ。


「軍隊、というか、囚人を管理する看守みたいですね」

「もしかすると、教師は自分たちが銃を構えている姿を生徒に見せたかったのかもしれない」

「それに何の意味が?」

「自分たちは生徒のために働いている、という姿を見せるためかな」


 さすがにそれはないのではないか……と思ったが、ある程度の納得もあった。

 宮尾薫子の記憶の中の教師たちは、生徒を重んじていることを度々アピールした。


 例えば、校長先生は朝の朝礼で「君たちの将来のため」と勉強や部活動だけでなく地域のボランティアにも励むことを言っていた。


 担任の先生は「学校に来られなくなってしまったクラスメイトを助けるのはその子のためだけではなく、みんなのためでもあります」と神妙な顔で言って「みんな君を待ってるよ」という趣旨の手紙を生徒たちに書かせた。


 結局、勉強や部活動以外のことが成績に反映されることはなかったし、学校に来なくなった子がクラスに現れることはなかった。

 意味がないどころか徒労であり、もしかすると逆効果だったかもしれない。


 学校は嫌いだ。

 先生は嘘つきばかりで、本心と言葉や行動があべこべの人ばかりだ。

 そのくせに、自分のことを棚に上げて、言葉遣いが悪かったり服装が少し乱れていたり、そんな程度のことで、子供を犯罪者のように糾弾する。


 学校という機関が〈悪魔憑き〉を製造しているのではないか。

 そんなことを一樹に言うと「たぶん、その通りだよ」と彼は苦々しく笑った。


「閉鎖的でない学校は存在しないからね。風通しの悪いところには『悪魔(カビ)』が生じる」


 そんなところにどうして通わなければならないのだろうか。

 勉強なら家でもできる。


「学校って行く意味あるのでしょうか?」

「人によるかな」

 一樹は穏やかな口調で言う。

「合う人と合わない人がいるのは確かだろうね。友達がいて、勉強に前向きに取り組めて、気持ちが充実する。そういう人はたぶんいるよ。でも、そうじゃない人にとっては、もしかしたら地獄かもしれない。義務で通わされているなら、監獄に週五、六日通わされているのとほとんど同じわけだし」


 宮尾薫子にとって学校は地獄だったのだろうか。


 話し相手はそれなりにいたと思う。

 部活動には所属していなかったが、図書委員の活動を通してクラス以外の人間関係もあった。

 孤立を感じたことはない。

 塾に通っていたから勉強は人よりもずっとできた。

 劣等感を覚えることは少なく、嫌がらせやからかいも人並みに受ける程度だった。


 彼女は何がつらかったのだろうか。


 三階に着いた。

 二年C組というパネルは廊下のちょうど中腹に掲げられている。


 一樹が引き戸をノックして開ける。


 新鮮な血の臭いと、火薬の香りが鼻腔をつく。

 教室の真ん中に一人の少年が座っていた。

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