4/♪-Ⅰ
学校というのはどこも同じなのだろうか。
常磐第二中学校は、宮尾薫子が通っていた紺青南中学校とよく似た形をしていた。
だから、気分が悪くなる。
私がそうなる必要はないのに。
幻肢痛みたいなものなのかもしれない。
身体の一部を失った人は、ないはずの部分に痛みを感じることがあるのだという。
一樹は学校の敷地沿いの道に車を止めた。
フェンスの向こうに桜の木が見える。
花はとっくに散って、青々とした葉が茂っていた。
車を降りる。
この赤い外国車は、何度見ても〈神父〉や〈天使〉が現場に向かうものとして相応しいとは思えない。
ファンシーとまでは行かないが、なかなかポップなデザインに首を傾げたくなる。
まあ、一樹のこういったセンスに関して私は早々に諦めているのだが。
今日の一樹は灰色のタートルネックのティシャツに黒地のズボンという格好で、あまりお洒落とは言えない。
こういうシンプルな格好は彫りの深い顔のしゅっとした長身の人が着ると様になる。
でも、童顔で中肉中背の一樹の場合、なんというか、その……もっさりしてしまうのだ。
肯定的に捉えるのであれば可愛げがある。
でも、二十五歳男子に可愛いはなんか違う、とも思う。
一樹に体調を聞かれたので「問題ありません」と返す。
気にかけてもらえるのはうれしいことのはずなのに、少し鬱陶しく思った。
「信頼されていない」と感じたのかもしれない。
一樹との付き合いはまだ短く、それは仕方のないことだと頭では分かっている。
信頼は自販機のジュースのように、コインで買うことはできない。
「君にとっての二回目の〈お使い〉だ。気楽に、でも気を緩めないように」
「前から思っていたのですが、その〈お使い〉っていう言い方、やめませんか?」
「真歩さんも嫌いって言ってたな。でも、それが正式名称だからね」
私は露骨に嫌な顔をしたのだろう。
一樹が苦笑いをしたから、そう思った。
私はあの女のやり方が好きではない。
というより、受け入れられない。
あの女は〈天使〉をあまりにも効率的に使おうとする。
〈天使〉には感情がある。意思がある。
けれど、遠塚真歩はそれを不要なものとし、削ぎ落とす。
遠塚真歩は〈天使〉を誰よりも誠実に『兵器』と考えている。
それは間違ったことではない。
でも、納得できない。
この感情を言葉にして口にすることは難しい。
私は大事にされたいのだろうか。
大切にされたいのだろうか。
そうではないはずだ。
「早く終わったらいいね。そしたらそばでも食べに行こう」
「……」
かといって、一樹のやり方も不可解ではあるのだが。
彼は遠塚真歩とは対極的で、無駄が多すぎると思う。
「一樹」
「ん、うどんがいい?」
一樹は「まあ、そば屋のメニューにはだいたいうどんがあるものだし、その逆もまた然りというやつだ。問題はない」と笑う。
私は「そうではなくて」と冷静に返す。「そばよりもお洒落なカフェを提案します」とも一応言っておく。
そばを否定されたことが余程ショックだったのか、一樹は恋人に別離を告げられたかのように悲しげな顔をした。
「その〈お使い〉って誰がつけたのですか?」
「〈アリス〉だよ。この世のふざけた名前は、だいたいあいつのセンスだ」
「……納得です」
〈アリス〉は〈塔〉の管理者だ。
権力を持っているわけではないが多くの権利を保有している。
「ハンドルを握らないと動かない車を『自動車』と名付けたのも、きっとあいつだろうね」
「なんとなく、それはとばっちりの気がします」