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木曜日の天使  作者: しゃかもともかさ
1.透明な言葉
13/18

11/♪-Ⅰ

 レポートをプリンターで印刷する。

 観測局の事務所の受付に向かう。いくつかある受付はブースごとに間仕切りされていて、ちょっとした個室のようになっている。

 〈天使〉はここで職員と簡単な面談をしなければならない。


「あら、薫子ちゃん。いらっしゃい」


 適当に選んだはずのブースにいたのはやはり山田(やまだ)さんだった。

 彼女は元〈神父〉らしく、一樹の元同僚だという。

 一樹を知るせいか、彼女は初対面のとき、私に少し馴れ馴れしく……もとい、フレンドリーに接してきた。

 私が選ぶブースには山田さんが必ず現れる。

 もしかすると彼女には予知能力があるのかもしれない。


「レポート、書けました」

「お疲れ様」


 山田さんは柔らかい笑みを浮かべてレポートを受け取る。

 彼女は一樹よりも年上らしいから、三十歳前後だろう。

 小さな子供がいる、という話を一樹から聞いた覚えがある。結婚を機に〈神父〉をやめたのかもしれない。


 山田さんがレポートに目を通している間、コーヒーを淹れることにした。

 彼女の分も必要かどうか聞くと「お願いするわ」とうなずいた。


 席を立ち、二人分のカップを用意する。

 観測局の大人はコーヒーがとても好きなのだろう。

 事務所に設置されたコーヒーメーカーがその証拠だ。

 酷く本格派で、黒い液体がポタポタと透明な容器に落ちていくのをしばらく待っていなければならない。


 コーヒーメーカーから近い席の間仕切りの向こうから女の子の声が聞こえてきた。

 声には幼い響きがあって、もしかすると小学生高学年か中学生くらいかもしれない。

 「一年くらい前、お父さんが病気で死んだのだけど、それから半年もしないうちに、お母さんが再婚した」と彼女は訴えた。

「お父さん好きだった?」という低い男の声は職員のものだろう。

「分かんない」と答える女の子の声には純粋な困惑があった。


 コーヒーの匂いのせいだろう。

 宮尾薫子の父のことが頭に浮かんだ。

 あの男もコーヒーが好きでよくすすっていた。顔をしかめながら。


 宮尾薫子は父のことが好きではなかった……かどうかははっきりしない。

 そう思うのは、彼女が「どうしてお父さんは私を気にかけてくれないのだろう」と少なからず悩んでいたことを私は知っているからだ。

 また、彼女は学校で、クラスメイトの女の子が「パパとショッピングモールに行って、一緒にソフトクリームを食べた」という話を少しだけ羨ましく感じていた。

 周囲はそのクラスメイトを「ファザコンだ」とからかってはいたけれど。

 宮尾薫子の父は、休日、自室から出ることはなかったし、彼女自身は塾の勉強で忙しく、遊んでいる暇などなかった。

 あの男は今も自室でコーヒーをすすっているのだろう。


 父親との関係が原因で、間仕切りの向こうの少女も〈天使〉になるかもしれない。

 それは彼女にとって、良いことなのだろうか。

 それとも、悪いことなのだろうか。


 数式の問題を解くように、「どうしたら、この世界から不幸がなくなるのだろう」と考えるように、意味のない思考ゲームの一環として、顔も名前も知らない女の子のことを考える。

 結論が出ないうちに、二人分のコーヒーが出来上がった。

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