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2.

結局、この年のバレンタインでは、由香ちゃんは別の男の子にチョコを渡していて、雄太君は由香ちゃんからのチョコをもらえなかった。雄太君は「なんで俺にはくれないんだ」って文句を言ってたけど、「掃除もふざけてるような男子に、あげるわけないでしょ」ってすげなくあしらわれてた。

でも、これがきっかけで雄太君も何か考えるところがあったのか、次の日から、雄太君は、自分のことを俺っていうのは直らなかったけど、掃除中にふざけないようになった。前はほうきを振り回してたのに、人気がない雑巾がけを率先してやったり、重たい先生の机を何人かで動かすときも、その中には必ず雄太君がいた。最初のうちは、由香ちゃんも「女子からチョコがほしいだけなんでしょ」って言って冷めた目で見てたけど、春も夏も秋もずっと変わらない雄太君を見て、由香ちゃんのほうでも何か思うところがあったのか、翌年の、つまり、小学生最後のバレンタインでは、由香ちゃんは雄太君にチョコを渡していた。雄太君の嬉しそうな顔は、僕たちが交換していたときの顔とは明らかに違っていて、なんともいえない気持ちになったのを覚えている。前の年に二人でゲームをやっていたときのように胸がぎゅっと締め付けられる気持ちに、どこかで諦めを含んだ気持ちが足されたような。とにかく、うまく説明できない気持ちだった。


バレンタインの後は、卒業式があって、春休みがあって、僕は、中学生になった。中学校は、まわりのいくつかの小学校区から生徒が集まってきていて、1学年6クラスという環境になった。別の小学校から来た新しいクラスメートに緊張したり、自転車通学に興奮したりと、新しい環境にわくわくした。

学校以外で新しくなったことと言えば、小学校の卒業祝いに買ってもらったパソコン。あまり詳しくないから実際は違う仕組みだったのかもしれないけど、当時のインターネットは電話回線と一緒になっていて、契約先のプロバイダに電話をかけてつなげて使うものだった。当然、インターネットにつなげている間の分の電話代が発生するから、長時間インターネットを利用すると、請求料金が大変なことになる。我が家はテレホーダイという夜の10時からの電話代が定額になるサービスを契約していたから、どうしてもの急ぎの場合以外は、インターネットをつなげていいのは夜の10時以降と決められていた。あと、インターネット回線を利用するのは両親が最優先、その次に姉、最後に僕という順番。僕は中学1年のとき、5つ上の姉は高校3年の受験生で毎日勉強していたから、インターネットを使うことは滅多にない。それに、姉の場合は、インターネットを使いたいときは、テレホーダイの時間を待って夜更かしするんじゃなくて、今すぐ使いなさいと両親の許可を得ていたから、まず、僕と時間が重なることはなかった。両親も、教師の仕事が忙しく、夜遅くに趣味でインターネットを使うことはまずなかった。だから、優先順位はあるとはいえど、ほぼ、僕がインターネットを使えていたようなものだ。

パソコンを買ってもらった春休み、僕が真っ先に調べた単語は、同性愛という単語だった。僕は結局、小学校を卒業するまで、大好きな男の子はいても、大好きな女の子が出来なかった。僕が勃つのは、夢で雄太君が出てきたときだけ。―――違う、夢の中じゃなくても、雄太君のことを考えれば勃った。雄太君のことを考えながら抜いていた。僕はどこかおかしいんじゃないかと、すごく不安だった。

どのサイトだったかはもう覚えていないけど、僕は、インターネットで「機会的同性愛」という単語を見つけた。もともとは異性愛者なんだけど、軍隊や学校などの異性を得られない環境にいる場合に、異性愛の代償行為として同性を恋愛対象とすることがある。学生の場合は、思春期に一時的に同性を好きになることがあるけど、そういう子も、異性で好きな子が出来れば、同性愛の気持ちは消えていく。かいつまんで説明すると、こんなようなことが書いてあった。

もしかして、僕もこれに当てはまるんじゃないだろうか。僕の通っていた小学校は1クラスしかなかったから、たまたま、好きになれる女の子がいなかっただけなんじゃないだろうか。保育園からずっと一緒だった雄太君は僕の一番の友達で、それ以上に仲良くなれる女の子がいなかった、ただそれだけじゃないんだろうか。中学校に行って、新しい友達が出来れば、仲間が増えれば、きっと、その中に僕が好きになれる女の子がいる。きっとそうだ。僕は、そのサイトにあった「機会的同性愛」の説明を信じて、中学校に入った。


結果を言うと、中学3年間、僕に好きな女の子は出来なかった。何度か書いたけど、僕の育ったところは田舎町で、娯楽が少ない。だから、中学校で男女交際をしている子たちの多くは、そういう経験がある。雄太君も、小学校での最後のバレンタインで由香ちゃんからチョコをもらって、中学生になった二人は付き合いだしたから、当然、経験者だ。いくら雄太君と僕が一番の仲良しだったとしても、雄太君は由香ちゃんとの経験の内容を赤裸々に暴露したりなんかはしない。僕も聞きたくなかったし。でも、雄太君は、真緒にだけは話しとくって言って、経験したってことだけは教えてくれた。そのことを教えられたとき、僕はすごく勃ってしまった。僕が勃ってるのに気が付いた雄太君は、僕が由香ちゃんのことを考えて興奮したんだと思ってすごく怒ったけど、僕が勃った理由は由香ちゃんじゃない。雄太君のことを考えて、小学5年のときに見た勃った雄太君のアレを思い出して、僕は勃ったんだ。このときも、僕は、自分で自分のことがおかしいんじゃないかと思ったけど、それでも、まだそのときは、「機会的同性愛」説を信じていた。


中学を卒業して、僕は、高校生になった。進んだのは、姉も通っていた県内一の進学校だ。在来線で片道1時間、新幹線の駅もある街へ毎日通った。高校生が通うにしては時間がかかるから、同じ中学から進学する子はほとんどいない。保育園からずっと一緒だった雄太君とも、初めて別の学校になった。そして、この高校は、男女比率がかなり偏っていて、女子がとても少なかった。僕が高校生のときは男女雇用機会均等法も当然施行されていたし、表面上の男女差別はないはずなんだけど、地方だからかな、その辺りはよくわからない。ただ、人数は少なかったけど、みんなとてもいい子で、勉強にも力を入れていて、話が合った。男女関係なく一緒に勉強をして、それぞれの苦手な教科や得意な教科で教えあったり、将来の夢について語り合ったり、とても楽しかった。


ただし、好きな女の子は一向に現れなかった。


その代わり、好きな男の子が出来た。高橋譲君って言うんだけど、彼とは、僕と出席番号が前後していて1学期のうちはずっと席が前後ろだったからクラスでもよく話したし、しかも、たまたま同じ部活に入った。両親は教師としか言ってなかったから今更なんだけど、僕の父親は理科の教師で、小さい頃から、休みの日は科学館や動物館、水族館とかにあれこれ連れていってもらったり、夏休みや春休みの長期休みは野外教室に参加させられたりしていた。だから僕も理科が好きで、中学も化学部で、高校でも同じく化学部に入ることにしたんだ。

ただ、中学のときはずっと雄太君が一番だったから、中学の化学部の仲間とはちゃんと仲良かったけど、でも、雄太君以上に好きな子は出来なかった。でも、高校では、雄太君とは通学時間帯も通学方法も違うから、たまにメールのやり取りをするくらいの関係になってしまった。そんなときに出会った譲君は、背が高くて、イケメンで、言葉遣いだけは少し乱暴だったけど性格はすごく優しくて、化学の知識もあって、勉強も出来る。だんだんと、雄太君のことよりも、譲君のことを考えることが増えていった。

雄太君と譲君。大人になった今考えると、子供の頃好きだった人と、高校に入ってから好きになった人という違いであって、どちらがより好きだったかなんて比べるものではないとわかるんだけど、当時の僕は本当に悩んだ。

中学では出来なかったけど、高校に入ったら、好きな女の子が出来るはずだと信じていたのに、雄太君よりももっと好きになった(と当時は思っていた)のは、譲君だった。僕は、本当に同性愛者なんだろうかと悩んだ。

僕の両親は教師だ。お堅い人たちだ。僕の姉も優等生だ。僕が今通っている高校と同じ高校に通い、日本で最難関の大学に現役で合格した。僕だって、両親や姉のように、優等生でないといけない。同性愛のような普通じゃない道に足を踏み込むなんて、絶対ダメだ。僕は優等生じゃなきゃいけない。大丈夫だ。恋愛感情での好きではなくても、女子とも仲良くできている、きっとそのうち、好きな女の子に出会える。僕はおかしくない。そう必死で思い込もうとしていた。

 幸い、僕は子供の頃から勉強が出来るほうだったから、県内一の進学校での成績も、悪いものではなかった。小学校や中学校ではスポーツが出来る男子がもてるけど、高校に入ったら勉強ができる男子ももてるようになるという俗説のとおり、高校に入ってから、僕も、そこそこもてるようになった。さっきも書いたけど、高校の同級生はみんないいやつばかりだったから、当然、女の子にも忌避感は一切なかった。もしかしたら、僕は、付き合ってみて、同級生の枠を超えてからじゃないと好きになれないタイプなのかもしれないと思い、1年生のバレンタインに告白してくれた女の子と付き合ったこともあった。一緒に勉強をして、学校から少し離れたところにある市立図書館の隅でこっそりキスをしたこともあった。でも、未知のことに対するドキドキはあっても、譲君以上には好きにはなれなかった。唇って柔らかいんだなと思った程度で、むしろ、キスした次の日、譲君の唇を見つめて、譲君の唇もきっと柔らかいんだろうなと想像して勃った。

2年の夏休みには、その彼女とそういう経験をしかけたこともあった。夏休みの図書館の自習室は朝から混むのに、朝は家の予定があるから11時集合にして一緒に勉強しようと言われて。家の用事があるなら、わざわざ無理して時間を合わせる必要もないし、この日はそれぞれで勉強しようと言ったのに、どうしても教えてほしいことがあるから一緒に勉強したいと言われた。そしたら、当然自習室の机はどこも空いていなくて、しょうがないからと、そこから割と近くにあった彼女の家での勉強を提案された。

家の予定があったはずなのに、彼女の家に着いたら、彼女の家族は誰もいなくて。彼女の部屋で一緒に勉強しているうちに、彼女から誘われた。ああ、そういうことなのかな、と何となく思った。「わざと?」って聞いたら、いたずらがバレた子供のように笑っていた。彼女のことはいい子だと思っていたし、体験してみたら好きになれるかもしれないと思って、誘いに乗った。ただ、この時、僕のアレは全く反応しなかった。一糸まとわぬ彼女を見ても、彼女の体を触っても、全く。譲君のことなら、彼の唇の柔らかさを想像しただけで勃ったのに。やっぱり僕はおかしいんじゃないか、そう思ったけど、そのときは、いい子だと思ってた彼女があざとかったことがショックで僕は勃たないだけで、女の子に勃たないわけじゃない。ただ、あざといこの子に勃たないだけなんだと必死で自分に言い聞かせていた。

勃たないことで気まずくなり、その後、夏休みが終わるまで彼女とは会わなかった。9月に入って学校で会ったとき、何もなかったかのように笑顔で「おはよう、高木君」と挨拶され、名前じゃなくて名字で呼ばれたことで、ああ、彼女とは終わったんだなと悟った。彼女と別れたはずなのに、僕は、全然がっかりしていなかった。

 そんなふうに無理やり自分をごまかしながら過ごした高校生活だけど、抑圧された性欲というものはいつかは暴走するもので。3年の夏休み明けに、それは起こった。


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