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禁断の森のカケル  作者: 柏栖零inHakusuya
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ふたたび校内散策

 その日の午前中は、大講堂に教官と生徒がほぼ全員集合して春季研修会開会式が執り行われた。ほぼ五百人ほどを収容してなお厳粛かつ静粛な雰囲気を保ち続けることができるとは驚きであったが、交響楽団の穏やかな演奏の中、式はつつがなく行われた。

 途中教育実習生の紹介のところで、唯一の男性実習生である羽鳥周(はとりしゅう)が挨拶したところでは、静けさのなかに無理に押し殺したようなある種のどよめきが起こっていたようだったが、それ以外は予定通り何ら手違いもなく、会は進行し、ミチルはただ黙ってそれらを観察するかのように瞥見していた。

 舞台には、進行役として白銀の修道服を着た教官が二人、常に会を仕切っており、理事長や校長、それから教団の理事などが順次長い挨拶を行い、舞台奥ではバイオリンやチェロ、オーボエなどの奏者が華やかな衣装を纏って優雅に演奏していた。

 それをただ静かに畏まって受け賜っている生徒達。何を考えているのか、何も考えていないのか、ミチルには判然とはしないが、じっくりと時間をかけて開会式は進んだ。

 このような式がこれからも幾度となく繰り返されるのだろう。四月の初めには新学期を迎えて、入学式や始業式なども予定されている。この学園の教師も生徒もよく飽きないものだとミチルは思った。それもこれも閉鎖的な環境で日々教育がなされた賜物なのかもしれない。

 ミチル自身も長く在校していると洗脳されてしまいそうに感じていた。この空気、この異様な静寂、そしてどこからともなく漂ってくるハーブの香り。また何かと事あるごとに奏でられる優雅な楽器演奏。肌に、目に、耳に、鼻に、ありとあらゆる方法で五感に訴えかける仕掛け、そういったものが強く感じられる。ひとつひとつが洗脳のツールなのではないかとさえ思われるのだ。

 また教官たち、特にカラーシスターが発することばのひとつひとつが、心地よく脳髄まで響き、すべての生徒達の心を天にいざなう魔法のように働きかける。あらかじめ「精霊」から予備知識を与えられていたミチルでさえ、無防備でいるとそのまま呑み込まれてしまいそうになるほどだった。

 そんな雰囲気を残したまま開会式は終了した。生徒達は昼食をとったりするために食堂へ足を運んだが、ミチルは貴重な自由時間である昼休みを有効に活用するため、売店でサンドイッチを買って口にしただけで、再びサークルの部室が並ぶ聖麗会館に足を運んだ。そこには昼休みにもかかわらず熱心に部活に打ち込む生徒達の姿が認められ、ここの生徒達が少しの時間も惜しんで勉強にしろ、クラブ活動にしろ、健康維持のための自主トレーニングにしろ、常に何らかの活動を行っている様子が窺われた。

 ただ何となく一人で時間を潰しているような人種は殆ど見当たらなかった。唯一人を除いては。ミチルは同室者の藤野亜由子を思い浮かべる。あのマイペースな一年上の先輩は、一生懸命に何かに打ち込んでいるという姿を見せない。長風呂に入っていたり、朝は寝坊し、夜はというと何だか分からないが持ち込み禁止の携帯で長電話だ。そもそもこの学園は寮の公衆電話が今時化石と化した十円玉電話で、カードはおろか百円玉すら使えない代物であるから、当然のことながら長電話などできる筈もなかった。それを昨日はペチャクチャとどこの友人だか知らないが喋り続けていた。相手はおそらく相槌を打つだけで精一杯だったろう。そのくらい亜由子だけが喋り続けていた。

 そして、先ほどミチルがサンドイッチを買って聖麗会館へ移動する途中の中庭でも目撃したが、亜由子は一人ベンチに坐って大きな口をあけて午睡を貪っていた。大物と言ってしまえばそれまでだが、なぜこの学園にいられるのか全く理解できない。

 そんなことを考えながらミチルはふとパソコン部という部室に行き当たった。ふつうの学校ならありふれているのかも知れないが、聖麗女学館にパソコン部はイメージできない。あまりオタクのような人種がイメージできないせいもあるが、生徒の使えるパソコンや端末で自由にインターネット検索ができないように設定してあるところをみると、このパソコン部のパソコンも例外ではなさそうだった。それでいったい何ができるというのだろうか。あるいはBASICやC言語などでプログラミングをする活動でもやっているのだろうか。ミチルは少なからず興味を覚えて、思わずその部室のドアを叩いた。

 中の様子も見えない状況でノックするなどミチルにしては大胆な行動であったが、室内には三人の生徒がいて、快くミチルを迎えてくれた。そして意外なことに、その内の一人が三年A組一班の一人酒井絢果(さかいあやか)であることが分かると、ミチルは心の底から幸運を喜んだ。

 酒井絢果はラクロス部の主将をしているせいもあって、春先にも拘わらず日に焼けたような肌色の、百七十センチ少しの長身に、大きく丸く黒い目が微笑むと切れ長に細くなるところが魅力的な美人だった。

 大賀亜季子や生徒会長の紀伊埜本あすかのような華やかな美少女というイメージではなく、どちらかというと徳澤那由他に近い、細身長身の雑誌モデル系の外見をしていた。それでいて成績上位者の常連だから誰もが注目する人物の一人だった。

 「精霊」から齎された情報によると、この学園は自分より優秀な成績を修める人間にしか注意を向けない。上を見ても決して下を見ないものだから、目立たないようにするなら優秀な成績を修めてはならなかった。

 もともとミチルこと(かける)は中学二年になる年齢だから、いかに「精霊」によって予め研修会の勉強内容を知らされていたとしても目立つような優秀な成績をあげることは出来そうもなかったので、そういう心配は不要であったが、姉に関わる情報を得るためには三年生の主だった面々には顔を覚えてもらう必要があるのだった。

 茶道部の大賀亜季子には何とか顔を売ったが、同じ三年A組一班の他のメンバーにも繋がりをもつ必要があったので、この機会を絶好のものとしてミチルは食いついた。

 目の前の酒井絢果は、近寄るとさらに背が高く感じられた。ミチルも百七十近い身長があったが、女性の百七十越えは実際以上に大きく見える。特に絢果はスポーツで鍛えているせいか無駄な脂肪が殆どない細い体型をしており、特に脚の長さが際立っていた。

 長野本校定番の長いスカートが膝関節を隠しているが、その下から伸びたカモシカのような下腿がしなやかに見事な曲線を描いて床に刺さっている。おそらくこの脚の長さの分だけ身長も高くなっているのだろう。八頭身から九頭身と思われるくらいのバランスだった。

 ミチルがパソコン部の活動内容について訊ねると、一つはワープロや表計算ソフトの検定に挑戦したり、大会に出場したりすること、また一つは教官の依頼と指導のもと女学館用のアプリケーションを制作することだと、丁寧にかつ親切に説明してくれた。

 その様子は、ミチルが予め抱いていたイメージとは少し異なり、良く日に焼けた外観からは想像もしないくらい大人しく繊細な神経の持ち主のようだった。パソコンのキーの叩き方、マウスクリックの仕方、何より椅子に真っ直ぐ背筋を伸ばして、長い両足を揃えて腰かけ、じっと画面を見据える真剣な眼差しなど、いい加減さや大胆さは微塵も認められなかった。

 大賀亜季子と会った時にも感じたことだが、三年A組一班のメンバーは六人揃っている時は、お互い誰にも負けられないという緊張感が漲っていて一種近寄りがたいオーラのようなものを湛えているが、一人ずつになるとそれぞれが周囲に対して暖かな包容力のあるリーダーになるのではないかと思われる。

 ここでの酒井絢果も、取り巻きの二人の女生徒、おそらく二年生か一年生と思われる色白で眼鏡を掛けた目立たないタイプの美少女たちの見上げる視線を浴びながら、二人の相手をする一方で、ミチルに対しても目をかけているかのように応対してくれるのだった。

 ディスプレイを見るように促されて、絢果のそばへ顔を寄せた時、大賀亜季子とはまた違った、スポーツ少女の爽やかな香りが漂ってきて、ミチルは些か顔が紅潮し、動悸を抑えられなかった。

「そういえばあなた以外にも新しい一年生がいますね、五人くらいかしら。今度誘って来てくださいね、歓迎します」と、絢果は目を細めた。

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