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禁断の森のカケル  作者: 柏栖零inHakusuya
3/15

お喋りな同室者

 山奥深く広大な広葉樹林に埋もれるようにして、聖麗女学館の敷地へと続く玄関口があった。そこで守衛の入校許可を得ると、バスはそのままゆっくりと進み、歩いては到底引き返せないかと思われるほどの距離を走ったかと思うと、職員棟の前で一部教習生達を下ろし、ミチルたち生徒は成瀬教官とともに奥まったところにひっそりと佇む十二階建ての寮棟まで運ばれた。

 荘厳で厳粛な雰囲気に圧倒され、ミチルは口を噤んだまま他の生徒達の後を追うようにロビーへ足を入れた。バスを降りたときに感じた山奥の底冷えとは対照的にロビーはまだ空調を効かせてあるため暖かい空気がミチルたちを出迎え、同時に微かな芳香がミチルの脳髄をじんわりと宥めてくれ、ミチルは徐々に落ち着きを取り戻していった。

 この女の園特有の匂いに混じって嗅覚をやさしく癒す芳香。何かのハーブなのだろうか。

 あれほどの緊張が嘘のように解れていく。反対に暖房の方が徐々に威力を増して行き、ミチルは顔の紅潮を感じ、のぼせとともに頭痛を感じ始めていた。特に施設の説明と称した成瀬教官の単調な長い口上は、それまでに蓄積していた緊張と疲労によってダメージを受けていたミチルの心身を少しずつ着実に解凍し、快眠という窮地に追い込んでいくようで、睡魔に襲われてきたミチルは兎に角早く休養を取りたかった。

 そんな状態だったため、漸く開放されて寮へ向かうエレベーターに乗り込んだときには、血圧はすっかり下がり、さぞや蒼白い顔になっているだろうと感じるくらいだった。

 この三ヶ月ほど少年らしい成長、成熟を促進させないよう極力栄養摂取をせず華奢な体を維持するように努めていたつけが、ここへ来てすっかり回ってきたようだった。

 だが、油断するわけには行かない。「精霊」の忠告どおりここではすべての人間が監視下に置かれている。廊下やエレベーターの中には防犯カメラが設置されているが、その三倍もの数の隠しカメラや盗聴器があちこちに据えられているのだ。

 その場所は定期的に変更されるのでさすがの「精霊」も詳しい位置までミチルに教えることは出来なかった。もしそうした盗聴器やカメラを見つけても気づかない振りをしろというのが「精霊」の忠告だった。むしろカメラの前でいかにも平凡な女生徒の演技を確実に行い、不審を抱かせないようにする、その方が得策だというのだった。

 だからミチルは、この疲労と貧血のような状態で意識も遠ざかろうという時でも、必死に耐えてぼろを出さないように努めた。盗聴器やカメラは個人の部屋にまでは設置されていないらしい。長時間過ごしている住人には発見されてしまう確率が高いからだという。だからせめて自室に入るまでは緊張の連続だった。

 やっとの思いで十階の自室に辿り着いたミチルは、予想外の事態に拍子抜けで愈々(いよいよ)貧血で倒れそうになった。

 「精霊」の情報では、同室者は後輩の面倒を見るに相応しい優秀な上級生が割り当てられる筈だったが、目の前にいる女生徒は、およそ優等生とはかけ離れた異質な存在だった。いやそもそも聖麗女学館の生徒であることすら疑わしい。

 度の強そうな大きな丸眼鏡。レンズに映った目は飛び出さんばかりに大きく浮き上がって見える。肌の色は白く、手を入れればもう少し綺麗に見せることも出来るであろうに、髪は頭のてっぺんに二つの長い耳でも作るかのように括り付けられ獅子舞のようなバランスだった。上下のルームウェアがパジャマのような着こなしで、スリッパも履かず裸足だった。

 ミチルが自己紹介すると、大きな眼鏡に手をかけて顔をぐっとミチルに近づけて舐めるように観察すると、ようやく理解したかのように大きく口を真横に広げて笑い、「なかなかの美人ですね」と、褒めているのかお世辞なのかわからぬ調子でひとり機関銃のように喋りだした。

 この女生徒は二年生の藤野亜由子(ふじのあゆこ)と名乗った。「この部屋の中ではタメ口でいいから、アーヤと呼んでね」と、嬉しそうに云う。いくら何でも大人しい優等生を演じなければならないミチルには無理な話だ。

 この空気のよめそうにない女生徒は、聞いてもいないのに自分の話を次々と始めては適当におちをつけて次の話に移るという芸当を難なくこなした。昨年この本校に入学したのだという。しかも分校からの転入ではない。いきなり高等部の編入試験を受けて合格したらしい。それだけを聞くとかなり優秀な逸材のように聞こえるが、本当なのかと思うくらい子供っぽい、別の言い方をすると聖麗女学館に似つかわしくない俗っぽい話題ばかり口にした。

「ここにはテレビもないでしょう? 雑誌すらおいてないから巷の様子が全く分からないのよね。おまけに甘いお菓子なんか一切口にできない。第一売店にお菓子をおいてないのよ。お腹が減っても我慢するしかないの。自販機にもお茶とスポーツドリンク、コーヒー、紅茶しかおいてない。何の楽しみもないのよ。それをここの人たちは何とも思っていない。小さい頃からこういう生活に慣れているから苦にならないみたいね」

 黙って聞いていると、突然質問する。「ねえ、何かお菓子とかお土産持ってない? マンガとか持ってきてないの?」

 そのようなものを持参するはずがない。こちらは「精霊」のマニュアル通りに動いているのだ、とミチルは心中で叫ぶ。

「そうかあ、もってないのか、残念ね。ま、いいか。そうそう、そろそろ着替えたら? 夕食はラウンジだから一緒に連れて行ってあげる」

 亜由子は、そういうとパーティションで仕切られたミチルの領域へ引っ張っていき、クローゼットの中の室内着を見せた。

「上下タイプでも、ワンピでもどちらでも好きな方でいいのよ」

 ルームウェアは綿のシャツとパンツの上下と、七部袖の膝丈スカートのワンピースの二つのタイプが用意されていた。どちらにしようかと迷う。なるべくスカートは穿きたくないが、ズボンにすると股間が目立つような気がしたので、結局今日のところはスカート型にした。

 クリーニングは洗濯ルームで自分で洗うこともできるが、室内着のような支給服は洗濯係がまとめて洗濯乾燥させるという。洗濯係は持ち回りだった。

 亜由子が鼻歌交じりにようやく自分のエリアに戻ったので、ミチルはカーテンを引いて隔離すると手っ取り早くルームウェアに着替えた。

 成長期の少年にとっては禁断の女性ホルモン剤を毎日服用しているお蔭で、純粋な男の体に比較するとバストは女性化の兆候が僅かに見られるが、それでもパットでごまかさなければならない。下半身は下着にスパッツを穿く重装備で男性自身を封じ込めた。裾がひろがっていないワンピースなので腰とヒップの差が目立たず、棒のように細く寸胴な、何とも魅力的でない体つきになってしまう。まあ女性の体で張り合うつもりは毛頭ないのだが。

「あらあ、スカートにしたの。美少年のようだからパンツの方が似合うと思うけど」と、亜由子は、無造作に、鋭い指摘をするので、ミチルは一瞬凍りついた。

 これからどこまで誤魔化しが通じるか予測不可能ではあるが、姉の死の真相を知るために、後戻りのできない一歩を踏み出してしまったのだ。

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