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禁断の森のカケル  作者: 柏栖零inHakusuya
2/15

送迎バス

 春休みなので、旅行者の姿も多く見られた。徒歩圏内に人工雪の設備があるスキー場があることもあり、かつてのように避暑地としての軽井沢ではなく、一年を通して観光客が訪れる街になったと鳴海が語る。そしてミチルに絵の勉強もしないかしら、と勧誘も忘れなかった。本校では美術部の顧問も引き受けるつもりらしい。

 聖麗女学館の卒業生には美術、音楽の分野で活躍する人材も多数見られた。美大や音大へ進学し、海外への留学者も多いという。そういえば姉が入学したばかりの頃の手紙で、初めて油絵を描いた時の様子がしたためられてあったのを思い出す。次々と新しい経験をする楽しみが、目に浮かぶように伝わってくるのだった。

 ほんとうに何を見ても姉のことを思い出す。しかしこの連鎖を断ち切らないといけない。これからは冷静な対処が求められるのだ。ミチルは何のためにここへ来たのかを再確認した。

 鳴海美夏(なるみみか)に連れられ、ミチルと有美は改札口を出て右へ向かった。

 道路にこそ雪はなかったが、三月に入ってから今更のように大雪が降ったこともあって、人工スキー場のある小山には真っ白な雪があり、リフトは動き、頂の方で滑っているスキー客の姿が小さく見えた。

 何となく眺めていたミチルに鳴海が声を掛けた。「那須禾(なすか)さん、スキーとかスノボとかするの?」

「いえ」と、ミチルは否定した。本当は小学生の頃から父に連れられてスキー場に通ったことがあるので、それなりの腕はあったのだが、那須禾ミチルの設定にスキーができる、という項目はなかったのだ。「先生は?」と、ミチルは珍しく逆に聞いてみた。

「私?」と、鳴海は初めて見せるはにかんだ様子の微笑で、「運動音痴だから、駄目よ」と答えた。

 送迎バスの前で、三人はジョアンという名のでっぷり肥った五十代くらいの大柄なアメリカ人女性の派手な歓迎を受けた。後で聞いたところでは、ジョアンは必ず挨拶代わりに相手の体を抱き締めるのだ。鳴海の小さく華奢な体は、折れてしまいそうなくらい抱き締められ、杉咲有美(すぎさきゆみ)の肉付きの良い体もジョアンの巨体に巻き込まれるように包まれ、最後にミチルは男であることがばれるのではないかと冷や冷やしながら、歓迎の儀式を受け入れた。

 目立たなかったが、バスの前にはもう一人スーツ姿の、本来なら美少女のような可愛らしい顔立ちなのを無理に精悍な顔つきにしているような女性教官が待っていた。胸の写真つきICカードで確認したところ、成瀬理恵(なるせりえ)という二十四歳の国語教師だった。

 すでにミチルの頭の中には、「精霊」からの情報で本校教官の名がインプットされている。二年生の学年主任兼二年B組の担任だ。最も風紀にうるさい教官らしい。それゆえ最も注意を向けなければならない存在だった。一つ年上であるはずの鳴海美夏でさえ、丁寧に頭を下げて挨拶していた。ミチルは、あまり目があわないようにしながらありきたりの挨拶を行い、バスに乗り込んだ。

 バスには次々といずれ劣らぬ若く綺麗な女性達が乗り込み、次第に女性の香りで埋め尽くされていった。これに慣れるのも一つの試練、とミチルは思い込んだ。しかし緊張のあまり動悸がおこり、胸は高鳴りで張り裂けそうになった。顔色もさらに青白くなっていくのが自分でも分かる。窓を少し開け、冷たい空気を鼻から胸いっぱい吸い込んで外を見た。

 成瀬教官と私服の女性とが口論している。よく観察すると、私服姿の都会的な美人は「笹塚(ささづか)先生」と呼ばれていた。頭の中の名簿を引っ張り出す。家庭科の教師笹塚(ささづか)ゆり。栄養士も兼任し、寮の食事は彼女が献立を組んでいるとのことだ。話し易いので最も生徒との距離が近い教官の一人だという情報だった。

 私服で来てしまったので杓子定規な成瀬教官に乗せてもらえないらしい。少しはまともな教官もいるようで、ミチルの気持ちも和らいでくるようだった。漫才のようなやりとりにくすくす笑うしのび声も聞こえてきた。

 結局、バスは笹塚教官を残して発車し、本校へ向かった。

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