出発
プロローグの続きです。
――ロゼッタ、目を開けなさい――
遠くで誰かが私を呼んでる。ふと気がついて、ロゼッタは体を起こす。辺りには小鳥がさえずり、遠くの方に小川の音が聞こえている。目の前には、ロゼッタが今まで見たことのない、綺麗な森が広がっていた。
ロゼッタの村の近くにも森はあるが、魔物や魔獣がはびこっていて、常に悪臭が漂っている。今、目の前に広がっている森は、とても村の森とは似ても似つかないきれいな場所だ。そして目の前に、揺らめく炎と光の影が立っていた。
「だれ?そこに誰かいるの?ここはいったい…」
――ここはあなたの中、あなたの心の森。ロゼッタ、あなたはまだ死んではいけないわ。あなたとリゼットには使命があるのだから――
目の前にいる何者かに話しかけると、かすかな声で返事が返ってきた。それは、どこかで聞いたことのあるような、優しい声だった。
「し、めい?」
――そうよ、100年前の私達の責任を押し付けるようで心苦しいけど、あなたに託すしかないの――
「私達?ていうかなぜ私の名前を知ってるの?それに、使命って何のこと?」
話しているうちに周囲が徐々に暗くなっていく、よく見ると黒い霧のようなものがあたりに充満し始めていた。
――奴らに気が付かれたみたいね。イフリー、後は頼みましたよ――
――任せて!ロゼッタ、闇から逃げ切るまでの間、しばらく君の身体を借りるね!――
「借りる?借りるって、ちょっとどういうことなの?」
目の前の揺らめく炎が私を包み込む。不思議と恐怖は感じなかった。辺りの闇が濃くなるとともに、包み込む炎が強くなっていく。
――エンドレス、ファイアー!!!――
突如、辺りを包む闇を炎が払った。遠くの方から、地を這うような恐ろしい声が苦しみのうめき声を上げる。辺りを見ると、闇の中から無数にうごめく眼がこちらをにらんでいた。
――大丈夫!僕に任せて!――
なに、これ。訳が分からず困惑していると、徐々に意識がもうろうとしてきた。そして、そのままロゼッタは意識を失った。
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身体が重い。特に頭が痛い。そうだ、僕はファイントに吹き飛ばされて、そしてそのまま…
だんだんと体の感覚が戻ってくる。徐々に意識もはっきりしてきた。
「おはよう!少年」
突然、やけに元気のいい声が頭の上から聞こえてきた。目を開けて、声の主を探す。
おはよう?辺りを見回すが、もう既に日が暮れかけていた。もっと周りを見ようと首を動かすと、頭に鈍い痛みが走る。
「いたっ!」
痛みで反射的に頭を押さえる。そのまま、できるだけゆっくりとあたりを見回す。今さっきまで、村人たちを襲っていたファイントの姿はなく、ただ破壊された村の建物だけが無残に散らばっていた。
「よく、あれだけ吹き飛ばされて無事だったね~」
クスクス、と笑い声と共に再び声が聞こえる。声の方に目を向ける。よく見ると、そこには先ほど襲われていたロゼッタがいた。
「姉さん!無事だったんだ!」
「ん~?姉さん?」
ロゼッタは怪訝な顔をした。そして、しばらく自分の身体を見まわして、何かに気が付いたかにように軽く驚き、再び笑顔になる。
「そうだった!ロゼッタは君のお姉さんだったね!」
「え?なに言ってんの?姉さんは、姉さんだろ?」
僕は理解できずに首をかしげた。さっき襲われたせいで、ロゼッタは頭がおかしくなってしまったのだろうか?それとも、僕の方がおかしいのか?
「それならざ~んね~ん~。僕は君のお姉さんじゃないよ!」
ロゼッタは、さも面白そうにニコニコしている。僕はさらに意味が分からなくなった。どこからどう見てもロゼッタにしか見えない。僕はさらに首をかしげる。
「確かに、この身体は君のお姉さんのものだけど、僕は君のお姉さんじゃないよ。ん~と、身体を借りてるって言った方が分かるかな?中身が違うの」
そう言ってロゼッタは自分の胸を軽くたたき、再びクスクスッと笑った。よく見ると、今まで目の黒目が黒だったのが真っ赤になっている。
「姉さんじゃないなら。じゃあ、君は一体、だれ?」
「僕?僕はこの通り、炎をつかさどる精霊、イフリーだよ!」
精霊イフリーは、自信満々にそう言うと、その場でくるっと一回転してみせた。その瞬間、イフリーの全身を炎が包み込む。どうやら本当に、ロゼッタではないようだ。じゃあ、ロゼッタはどこに行ったのだろう?
「じゃあ、ロゼッタはどこに行ったの?もしかして、君がロゼッタを…」
「ちょっと!まってまって!その言い方だと、僕がロゼッタを殺したみたいな感じじゃん。ないないない、むしろ守ってあげたんだよ!君と、ロゼッタちゃんをね!」
僕が言い終わる前に、イフリーはさえぎって抗議してきた。心なしか不満そうに見える。
「でも!まったく~、助けた恩人に対して、なんてことを考えるんだ。まぁでも、いきなりそう言われて、よし!分かった!ってなる方がおかしいか。」
イフリーは不満そうな顔から、すぐに笑顔に戻った。
「えっと、つまりね」
イフリーが説明しようとした時、遠くの方で何かが叫ぶ声が聞こえた。野獣が吠えるのとはまた違う、悪意のこもった恐ろしい叫び声だった。
「なに?いまのこえ、」
「奴らだ!とにかく隠れないと!とりあえず森の中へ!」
そう言って僕の手を掴み、森の方へ走り出した。
「森になんて何もないよ!どうするの?」
「開けてる村よりは森の方が隠れられるから!とにかく早く!」
リゼットとイフリーが森に逃げ込むのと同時に、黒い鎧を着た騎士達が村に入ってきた。人数は7人ほどだろう。先頭の隊長と思わしき騎士が手を掲げ、号令をかける。
その瞬間、騎士の背後から大きな門が表れた。そして、門の中にいたと思わしき異形の者が村になだれ込んでいった。軽く50はいるだろう。騎士が3人ほど騎馬のまま進み、異形の者に指示を出し、村を捜索させる。
「どこにも、例の少年と少女は見当たりません。」
「奴ら、逃げたか。どうする、グラオザーム」
どうやらグラオザームと呼ばれた騎士が隊長らしい。グラオザームは馬を降り、村のがれきへと近づく。馬と言っても、見るからにこの世の馬ではない。
グラオザームは焼け跡を見つけ、手をかざす。
「ファイントは火を使わない。それに、これは人間が起こした火でもない。人ではない、何か別の者が手助けしたのだろう」
「しかし、この村にそれほどの力を持っている者はいないはず。天使や精霊がいるという情報もなかった」
「だが、何かが邪魔をしたのは確かだ。村の生き残りを探せ!見つけ次第、情報をすべて吐かせろ!」
騎士たちは村をしらみつぶしに探したが、生き残りはおろか、送り込んだファイントさえも見つけることができなかった。代わりに、焼き殺されたファイントの死体はいたるところで発見された。
「この村には、何もないみたいだな」
「だが、何者かがファイントを殺したことは間違いない。周辺を探せ!まだそれほど遠くへは逃げていないだろう。怪しいものを見つけたらすぐに捕まえろ。抵抗するなら殺せ!」
グラオザームの号令と共に、騎士と異形の者は周囲に散らばっていった。
リゼットとイフリーは、騎士たちの動きを、森の茂みの中からこっそりのぞいていた。
「ここだとばれるんじゃない?」
「下手に動いた方がばれるよ!それに、この森は常に魔獣のにおいが充満してるから、僕らのにおいがばれることはないし」
イフリーがそうささやく。確かに、辺りには食べ物が腐ったような悪臭が常に立ち込めていた。
「地面に潜ろう。地面なら奴らにばれないと思うから」
そう言って、イフリーは地面に手をかざした。魔法なのか、みるみる人が入れるくらいのトンネルができていった。二人で中に入る。イフリーは入口に手をかざし、何やら呪文を唱える。
「これで、外からは普通の地面に見えるようになったと思うよ。あとは奴らが去るのを待つだけ」
「あいつらは何?なんなの?」
「奴らは影に魂を売った者たちだ、人間じゃない。とりあえず君は休んでて!僕が見張ってるから」
まだいろいろと聞きたいことがあったが、疲れの方が勝っていた。それに今は静かにした方がよいだろう。そしてそのまま、気を失うようにリゼットは眠ってしまった。
「おはよう!少年!!!」
また、いきなり大きな声が響いてきた。
「もう日が昇ったよ!早く起きて!」
目を開け、辺りの状況を確認する。辺りには土のにおいが充満していた。
そうだ、穴の中で眠ってたんだった。穴の入り口からは既に、朝日が差し込んでいた。
「やっと起きた~ もう!何回も起こしたんだからね!」
横を見るとロゼッタが不服そうな顔をしていた。
「おはよう、ねえさ、イフリー」
イフリーがにらんできたので、とっさに呼ぶ名前をかえる。イフリーは満足げにうなずいた。まったく、見た目がロゼッタだから分かりにくい。
「あれ?体の痛みが治ってる!」
「あのくらいなら僕でも直せるよ!でも本業は炎なんだけどね!」
得意げに腕組みをするイフリー。どうやら燃やす以外にも、治癒の力を持っているみたいだ。
「さあ!準部したら行くよ!」
「行くってどこへ?」
「決まってるじゃん!いざ、王の谷へ!!!」
まだ話は続く予定です。いろいろとおかしい部分があると思います。もし宜しければいろいろご指摘頂けると嬉しいです。またよろしくお願いします。