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残念ながらうちのおかんが日本を滅ぼす

作者: いちごうめ

 ある日、おかんの所に勇者がやってきた。

 勇者はおかんが日本を滅ぼす悪の存在という事で、討伐に来たらしい。

 おかんは戸惑いながらも、勇者にお茶と少しだけ高いお客様用のお菓子を差し出し、もてなしたそうだ。

 勇者はそれで気を良くしたのか、その日はおかんを討伐することなく帰っていったらしい。


 久しぶりの休日におかんからそんな電話がかかってきた。

 おかんは主婦である。

 魔王ではない。

 日本を滅ぼすスキルもなければ、特殊能力もない。

 いつも三食家事をこなし、趣味はテレビと井戸端会議な人物だ。

 そんなおかんがどうすれば日本を滅ぼすことができるのだろう?

 おかんが狙われた事実よりも、おかんが狙われた理由に興味が湧いてきた。

 電話で次に勇者が来たら知らせてくれるよう、お願いをしてその日は電話を切った。



「なあなあ、そんな事がうちにあったらしいんだけど」


 仕事中の雑談で、同僚の重田にそんな話をすると、重田は神妙な顔をした。

 一緒に笑ってくれると思ったら、意外な反応でびっくりである。


「それって、新手の詐欺ちゃうん?」


 重田の考えたのは「お前を滅ぼす、いやならお金を払え」という新しい詐欺なんじゃないかという事だ。

 うちもオレオレ詐欺やコロナ特殊詐欺といった詐欺が最近はやっているのは知っているが、『勇者詐欺』という名前は初めて聞く手法だ。


「ほら、異世界や勇者なんてエンターテイメントが流行っている昨今、『お前の母親の前世は魔王だったのだ!』なんていうヤカラが出てきてもしゃあないやん。そんで、『その未知の魔力が日本を災禍に陥れるのだ!』とか言ってビビらせて、金を巻き上げるんもできると思うで」


 重田の話を聞いていると、だんだんその考えが現実になってきそうで怖くなってきた。

 おかんは、前世とか霊とかUFOとか、大好きなのだ。

 しかも、結構信心深いのか、その手の話をよく信じている。

 新興宗教の勧誘にもしっかりとお話を聞いて、あわや入信か?という所まで話が進むことも少なくはない。

 今までおかんがそうした話に騙されなかったのは、おかんがそれ以上のけちだったからだ。

 話は聞くけれど、お金は一切払わない。

 新興宗教が『無料で』なんて言うと、『ただより高いものはない』という事で、ことごとく退けている。

 おかんの好きなテレビウォッチングなんかは無料な気がするが、あれは『NHK』に受信料を払っているからセーフだそうだ。

 訳わからん。

 そう考えてみると、うちのおかんが勇者詐欺に引っ掛かりそうな気がしなくなってきた。


「しっかし、そんな詐欺を考えるような奴、どんなやつやろうなあ。伝説の鎧とか真面目に着とったら、ネタになるんやけどなあ」


 重田の呟きに僕も勇者の正体に自分も不思議に思った。

 うちのおかんは本当に日本を滅ぼすのだろうか?



 おかんからの電話はほどなくしてあった。

 勇者が来たというのだ。

 勇者は取りあえず、座敷に上がって昼餉を食べているという事だった。

 なぜ?

 疑問はともかく、急いでうちに帰る。

 おかんが滅ぼされたらかなわない。

 家に着くと、勇者?はお椀を差し出して、「おかわり!」と大きな声を出していた。

 ちょっとぬめっとした髪の毛に、大きなおなか、眼鏡に不精ひげを生やした50代のおじさん。これが勇者なのだろうか?


「今日は魔法使いさんも一緒なんですって!」


 おかんの言葉に辺りを見回すも、そのおじさん以外人影はない。


「ほら……」


 おかんの指差した方を見てみると、日向でまどろんでいる、ぶち猫がいた。

 あれが魔法使いらしい。


「もとはとっても可愛い女の子だったんだけど、前の戦いで猫にされちゃったそうなのよ」


 不審に思う自分におかんが説明してくれた。

 どうやら、勇者の言葉を信じて不憫に思っているらしい。

 おっさんと猫。

 どう見ても勇者になんか見えない。

 コスプレとかしてくれた方が、まだ話のネタになるのに。

 いや、ある意味この格好で勇者だと言えるのも、別の意味で勇者だということなのだろうか?

 人んちで堂々と食っているし。

 そう言えば、ドラゴンクエストでも、勇者は堂々と人んち入ってツボとか割って薬草とかかっぱらっていくしなあ。


「いやいや君!明らかに私たちの事を見下しているだろう?


「いえ、どうすればうちに上がり込んでご飯をたかっているおじさんに敬意を表すことができるんですか?」


「こら、そんな事言わないの。勇者さんはちゃんとご飯代を払ってくれるはずなんだから」


 おかんのその言葉に勇者の動きが止まる。


「えっ、これってただじゃないんですか?この前もタダで頂きましたし……」


 その一言で、菩薩のおかんが鬼のおかんに変わる。

 ほうきを取り出し殴る殴る!

 魔法使いであるぶち猫が爪を立てて果敢におかんに挑むも、ほうきに叩かれて、すぐに隅に逃げ去った。

 うん、勇者さんを滅ぼすのは、おかんで間違いないかもしれない。


 結局、迷惑料として勇者は諭吉さんを置いていくことになった。

 そして、勇者さんはどうしておかんが日本を滅ぼす存在だと認定をされてしまったかを教えてくれた。


 勇者はこの世界とは少し違う世界の未来から来たらしい。

 そこでは、日本は経済的に破綻をしてしまっていて、政府も極々ミニマムな政府として存在するかどうかも怪しいぐらいの存在らしい。

 なぜそんな事になったかというと、うちのおかんが井戸端会議で話した節約術をどこかの誰かがSNSでアップしてたらしい。

 その結果、日本人全体がびっくりするほど生活費がかからなくなり、消費が落ち込んでしまったらしい。

 政府は所得税を増やして財源を確保しようとしたが、国民はお金を使わなくても生活できるようになったため、稼ぐこともなくなり、とうとう日本政府は破綻してしまったそうだ。

 勇者はそんな未来を回避するためにやってきたらしい。


 それから一週間。

 勇者さんたちはおかんの討伐を少し見合わせて、おかんが不用意に節約術を発信しないように監視しているらしい。

 なんじゃそりゃと思ったが、勇者さんたちは今も必死にうちでお茶を飲んでくつろいでいるのだとか。

 お茶とお菓子だけなら無料でもらえるが、お昼ごはんまでせびるとお金を払わなくてはならないらしい。


「勇者さんたちのお世話が大変だから、また財布のひもを締めないと……」


 電話越しでおかんはそんなことを言っていた。

 案外、勇者さんたちの存在が日本を滅ぼすことに助長しているじゃないかと思う、今日この頃である。



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