熱さに怯えて
ターナは一人、ルイス達が宿へと向かった後、天井を見上げて想いに耽る。
今までは、ブラッドとジェイルこそが誇り高き守護者であり、自分は村人の一人に過ぎないと認識していた。
ブラッドと一緒に修行していた時も、ブラッドとジェイルが修行をしているのを見守っていた時も、そしてジェイルを失ってブラッドが変わってしまった後も、ターナは一人の村人でしかないと諦めていた。
自分に出来るのは、ブラッドが立ち上がるのを信じて待つ事だけだと思っていた。
違った。
そうじゃないんだ。
ターナは今まで守護者として貫いてきたものがあった。
それは誰にも負けないと自負出来るブラッドへの愛情だ。
これだけは譲れない。
これだけは守り通してみせる。
もうブラッドを一人になんてさせない。
そんな想いをターナは巡らせていて。
ターナは大きく息を吸う。
少しの間、体内に入れた空気を吟味するように感じ、ゆっくりと吐く。
何も変わらない。
空気が重く、鈍く、濁っているように感じていたのは、気のせいなんだ。
久しぶりに透き通った心地良い空気を吸った気がした。
ターナは椅子から立ち上がり、外へと出る。
そのターナの眼差しは、最早何の淀みもない力強いものへと変わっていた。
ブラッドを探すのに、そんなに時間は掛からなかった。
ずっと見守っていたターナにとって、ブラッドの行動範囲は把握出来ている。
相変わらず、塞ぎ込むように不貞寝するブラッド。
何年経とうと癒えない傷を抱えたままブラッドはそこに居る。
「ブラッド……」
「ターナか……もういい加減にしてくれ。俺がどうしようと俺の勝手だろ? 他の奴だって、何も考えずに呑気に暮らしてるだろ! 俺がそれをして何が悪いんだよ!」
誇りを失った種族……誇りを取り戻そうとしたブラッドが、諦めて誰がそれを咎められるというのか。
「悪いわよ……」
「あぁ?」
「ブラッド、貴方しか守護者の誇りを守れる人は居ないわ! なのに何してるの? 貴方はそんな弱い人間じゃないって、私は知ってる! 貴方はもう一度前を見てくれるって信じてる!」
いや、それを出来る資格をターナは所有していた。
今までに無いターナの強い意思、言葉にブラッドは違和感を覚え、ターナを見る。
「……ちっ、あいつらに何か言われたのか?」
「えぇ、私は気付かされたの。私も守護者であることに……だから、私は貴方の理想を、夢を守ってみせるわ!」
「そんなもの、俺にはもう……」
「棄てたなんて言わせない! そんなの勝手よ! 私に夢を見せておいて! 私に未来を見せておいて! 私に希望を見せておいて! 私に貴方を見せておいて……もう、私にはブラッドしか居ないの! だから、貴方だけは私が守るの! だから……私にもう一度貴方の全てを見せてよ!」
「俺は……」
ブラッドはこれ程、熱く、強く、激しく主張してくるターナを初めてみる。
強い意思を感じる。
懐かしい感覚だ。
それは守護者にとって、必要不可欠な精神の強さ。
それをターナから感じ取る。
ブラッドの胸の中が熱くなる。
懐かしい熱さを……棄てたはずの熱さが胸の中に宿ろうとしている。
「俺はもう全てを棄てたんだよ! 弟一人守れない情けない守護者が誇りなんて、守れる訳ないんだ!」
振り払う。
恐い……あの熱く激しい感覚を、輝き眩しいまでに疑う事のない自信を取り戻すのが恐い。
傷付く事が……恐い。
そんな男が守護者の資格なんて無い。
「なら、私が全部守ってあげるから……私が貴方の代わりに誇りを守るから……ブラッドの全てをちょうだい!」
「俺の……全て…………?」
「私は貴方を失う事が一番恐いの! 私は貴方なら守りきれる自信がある!」
「お前なんかに出来る訳ないだろ! お前にそんな力が無いのは、俺が一番よく知っている! 守護者を嘗めるなよ!」
「今の貴方なんかより、私の方がよっぽど守護者よ! そんなに偉そうに言えるなら、さっさと立ち上がれば良いでしょ! 何してるのよ! なにを……してるのよ」
ターナは堪えきれず泣きだして、ブラッドの所まで行って、ブラッドの胸を殴る。
何度も何度も非力な拳で殴る。
「ターナ……」
あの遠くから見守る事しか出来なかったターナが、今ブラッドを強く糾弾し、ブラッドの心を揺さぶる。
ブラッドの心は過去とも未来とも向き合えず、薄暗い闇の中で彷徨続けている中に、ターナは手を差し伸べてくる。
その手を取る勇気がブラッドにはない。
昔は傷付く事も、過酷な修行も恐くなかったというのに、あれほど強かったというのに、今ブラッドはどれほど弱く、脆くなっているのだろうか。
「お願いだから……私の事を見て…………」
涙を含んだ瞳がブラッドを見る。
ジェイルは死んでしまった。
だけど、目の前にはターナが居る。
幼い頃から、夢を語って、一緒に修行をし、見守ってきてくれたターナが居る。
胸が熱くなる。
燃えるように熱い。
熱い……恐い……熱い…………それでも、恐い。
そっとターナの肩を持って、距離を置く。
「悪い……まだ…………今の俺じゃあ駄目なんだ」
ブラッドは、逃げた。
ターナの声を聞く前に、顔を見る前に、意思を感じる前に、その場から離れた。
最後のチャンスだったのかもしれない。
もう二度と立ち直るチャンスはこないかもしれない。
掴めなかった。
出された手を掴みに行く勇気がなかった。
最低だと思われても仕方ない。
胸の熱さが消えずに残る。
ブラッドは再び闇の中へと消えていく。




