「相」手の「心」を「想」う
ルイスは、魔術師の鍛練所のあの実技の間へと来ていた。
特訓しようとは思ったが、今一つ、魔力の事に関しての知識が深く無いので、周りの見よう見まねで瞑想を始める。
瞑想するのは良いのだが、本当にこれで魔力が高まるのか、いや、こんな事くらいで高まらないだろ、普通に剣を振ってる方が良いのでは無いか、誰か他の魔術師にでも聞いてみた方が良いかな、等々雑念が満載で一向に瞑想出来ずに無駄な時間を過ごしていた。
「あー! 勇者様です!! こんな所で何やってるですか? ひょっとして、万物の理を悟るおつもりですか? 立派です! 立派なのです!!」
意味が分からない。
瞑想すら、ろくに出来ないのに、そんな崇高な悟りを拓けるはずがない。
周りの人間に誤解される前に否定しておこう。
聞き覚えのある声と特徴的な喋り方なので、目を閉じた状態でも誰か判別は出来る。
「やぁ、シルビアさん。俺は何も万物の理なんて悟るつもりはないし、何なら、ここに居る人達より、格段にレベルの低い瞑想しかしてないよ」
目を開けると目をキラキラと輝かせたシルビアが居たが、そんな眼差しを構う事なく、その尊敬の念を打ち砕いた。
「それは、残念です。勇者様なら、私達の常識の域を越えた事をしてると思ったです」
めちゃくちゃガッカリしていた。
冗談ではなく、本気だったのか?
なにやら、見た目からして、子供の夢を壊してしまったような罪悪感を覚えてしまった。
「ご、ごめんよ。期待に沿えなくて」
ルイスも人が良いので、素直に謝ってしまった。
「いえ、私こそ過度な期待をしてしまったです。ごめんなさいです」
なんか、そういう風に言われると、今度は見損なわれたような気がする。
この子、ひょっとしてわざとやっているのではないだろうか?
「それより、目が腫れてるけど、どうかした?」
そう、シルビアの目は少し腫れていて、赤く充血していた。
「はわわ! こ、これは、寝坊して起きて慌てて来たからです!! 他に理由なんて、絶対に皆無なのです!」
なるほどー、寝起きだからかー。
きっと何かあったんだろう。
聞かれたくないみたいだし、触れずにいよう。
「そ、それよりです! 勇者様は魔力の鍛練をされてるですよね?」
「ん? そうだけど?」
「もし、良ければ一緒に鍛練しましょうです!」
なんとも有り難い申し出だ。
正直な所、自分一人では、まるでちゃんと鍛練出来ている気がしなかった。
「それは嬉しい申し出だけど、シルビアさんは、俺なんかのレベルと一緒に鍛練してたら、邪魔にならない?」
「そんな事ないです、です! 師匠に魔力のコントロールの鍛練が良いと言われたですから、きっと勇者様と一緒です!」
「そうなのか?」
「そうなのです! 勇者様がさっき瞑想してたのも、魔法を扱う為と言うより、魔力の扱い方を上達させようとしてたですよね?」
なかなか、ちゃんと察しているではないか、これは、やっぱりわざとだったのかも知れない。
確信犯だと疑わざるを得ない。
まぁ、もうそんな事は良いとして、確かに魔法は性に合わないので、魔力のコントロールと質の向上が目的ではあった。
「確かにそうだけど、シルビアさんが教えてくれるの?」
「私だって、教える事が出来るです! 私は師匠の優秀な弟子なのです!」
一体いつの間にそんなに熱い師弟関係が築けたというのだろう。
昨日のシルビアの雰囲気と少し違うような気もする。
気のせいかも知れないけど、何か吹っ切れたというか、前を向いたというか、上手く言えないけど、そんな気がした。
「じゃあ、お願いします」
ルイスも、これから先、自分の道を貫く為に力が要る。
それは、気持ちだけではどうしようもない、決定的な強さが。
仲間に頼れば良いというものではなく、自分が進む為にも、それは必要なのだ。
「良いですか? がむしゃらに瞑想しても意味は無いのですよ! 体内には魔力が確かに存在してるです。それを身体の中、隅々に行き渡らせるイメージを持つです。そうすると身体中がポカポカと温かくなるです。それが魔力なのですが、それを更に大気の中に溶け込ませるように、この部屋一杯に自分の魔力を広げるようなイメージで外へと出すのです……」
シルビアは、そう説明しつつ、目を閉じて瞑想し始めた。
ルイスもそれを習うように、真似る。
言われた通りにイメージしてみる。
「雑念を持ったら駄目です。魔力のエネルギーだけ感じるです。集中しないと感じないです。更に広げるには、もっと集中がいるです。雑念を持つと魔力は一気に弾けるように無くなって最初からです」
言われた通りに集中する……。
確かにさっきまで雑念だらけで、やっていた時とは違い、何か身体の内側に小さく燃えるようなものを感じる。
何だろう、闘ってる時に内側から湧いてくる不思議な力に似ている。
勇者の鍛練で身体を動かしている時にも感じた、このエネルギーが魔力なのだろうか……?
しかし、このエネルギー、全身に広げるのが難しい。
どうしても、お腹から胸辺りまでしか、エネルギーを感じない。
腕や足には全く感じず、余りにも広がらなくて歯痒くなると、エネルギーそのものが、シルビアの言う通りに弾けるように消えて無くなる。
「む、難しい……」
「焦っては駄目です。呼吸するです。その空気を全身に入れるイメージでやってみるです。イメージしやすいのがあれば、何でも良いです。血液の流れと一緒に魔力を身体中に流すイメージでも良いです」
イメージ……なるほど。
深く呼吸する……物理的には肺にしか溜まらない空気が、身体中に広がる感じがする。
そのイメージと呼吸と共に魔力を練る。
さっきまでより、肩や太股辺りに温かさを感じるようになった気がする。
だけど、それ以上はいかない。
「なんか、これ以上いく感じがしない」
「駄目です。そんなすぐに全身にいかないのは当たり前です。勇者様なら、闘ってる時は無意識にそれが出来てるはずです。出来ないはずないです。ゆっくりやっていくです。無意識に出来るのと、意識的にやるのでは、魔力のコントロールの質そのものが変わってくるです。とりあえず、それが全身に出来るようになるだけでも、勇者様は、もっと凄くなるです」
そういうものなのだろうか。
だけど、肩や太股まで広げられただけで、身体に力が溢れてくる。
闘っている時には、確かに全身が熱くこのエネルギーが広がっていた気がする。
イメージが大事なら否定的にならない方が良いのだろう。
じっくり腰を据えてやっていこう。
ここに居る間は、この鍛練を続けられるし、旅の合間にも少しの時間でも、この鍛練なら出来るはずだ。
焦らず、ゆっくり、魔力を感じる……。
「たはぁー!」
身体を動かしてないはずなのに、急に疲労感が襲い、気付けばルイスは、肩で息をしていた。
「少し、インターバルを取るです。ずっとやるのは、とても疲れるですから」
シルビアは楽しそうにそう言ってくれた。
シルビア一人なら、もっと続けられるだろうに。
「俺なんかに合わせなくて、続けてくれて良いんだよ?」
「良いんです。私も焦らずゆっくりやるです。なんか自分の魔力が心地好く感じるです。こんなの初めてです。きっと師匠のアドバイスのお陰です!」
「はは!アイツは魔力のエキスパートだからな。きっとシルビアさんには、バレックの言う通りの魔力が宿ってるんだろうな」
「そうです! 私は師匠の優秀な弟子なのですから、それくらいあります!」
やっぱり、何かあったんだろうな。
昨日より、この子は強くなっている。
自分も負けてられない。
「勇者様? シルビアも何やってるんだ?」
そこへライドがやってきた。
何やらお腹を抑えている。
昨日のような自信に満ち溢れた顔が、今日は無く、どこか元気が無さそうだ。
「ライドさん……あの、私、勇者様と一緒に鍛練してるです。その……もう私は、へっぽこなんかじゃないです! 立派な魔術師になるです!」
「…………」
「はわわ……調子に乗りましたです。ごめんなさいです」
「いや……俺の方こそ……ごめん。俺はお前が羨ましかった。俺なんか特別でも、優秀でもない」
「そ、そんな事ないですよ! ライドさんは、凄く魔法を扱うのが上手です!」
「それだけだ……なぁ、俺も一緒に鍛練して良いかな?」
「はわ! おもちのろんです! 勇者様も良いですよね?」
「あぁ、こちらとしてもその方が有り難い限りだ」
どうやら、変わったのは、シルビアだけではないらしい。
一体、一日の間でどうしてこうも変われるのやら。
何がキッカケで人が変わるのか分からないものだ。
こうして、三人の鍛練が始まった。
━━ロズネスの村の南の丘の上、黒焦げでバレックが倒れていた。
「これまた、酷くやられちゃって……これちゃんと生きてるの?」
イリアは、苦笑しながら近付いて安否を確認する。
息はある、鼓動もある、大丈夫だ。
確認が終わると、片手でバレックを持ち上げ、肩へと担いだ。
「まったく、か弱い乙女に何させてるのよ、コイツは……」
誰の事を言っているのか分からないが、イリアはそのまま担いで、バレックを宿まで連れて帰った━━
━━「かはぁ!!!」
バレックは、宿の自室のベッドの上で目を覚ました。
「やっとお目覚め?」
イリアは、椅子に座って、腕と脚両方組んで、目覚めるのを待っていた。
「ぬぬ? お主が運んでくれたのか?」
イリアは両手を顔辺りまで挙げてポーズを取る。
その行動が、肯定を意味しているようだった。
「かはは! そうか、感謝するぞ!」
「ねぇ、感謝ついでに聞いて良い?」
バレックは、何の事だろうか、分からない表情でイリアを見る。
「なんじゃ? 申してみぃ」
「なんで、身体をボロボロにしてまで、あの子に拘るの? 別に何も無いんでしょ? 村から迫害を受けて可哀想だから?」
理解出来なかった。
それは、確かに村八分にされれば、何も事情の知らないものからすれば、一方的に迫害を受けてる人間に同情してしまう事だろう。
だけど、何もしてない相手に、何なら好意的に近付く相手に、無慈悲な一撃を理由もなく与えてくる人間に、そこまで肩入れする意味が分からない。
「かはは! お主は、素直じゃからな。見たモノを見たままに受け止めおるな」
「悪い? でも、そうでしょ? 言い方悪いかもだけど、噂云々無しにしても、あんな一撃を問答無用で、何もしてない人間に食らわせるなんて、やってることは獣みたいなもんじゃない?」
「その気持ちも分からんではないが……ならば聞くが、何もしてないワシにあんな一撃を与えて、撃退しなければ、自分を守れないと思っておる奴の気持ちお主に分かるか?」
「え?」
「誰も自分に近づけたくないんじゃ」
「だったら、アンタはなんで……?」
ここまで聞いて、イリアの中に過去が甦る。
誰とも話したくない、誰ともふれあいたくない、何とも向き合いたくない、何にも……もう傷付けられたくない……そんな気持ちが。
だから、拒絶した。
だから、閉じ籠った。
だから、世界から目を閉じた。
だから、未来を否定した。
何も近付いて欲しくなかった。
優しい言葉も、癒しの言葉も、慰めの言葉も、どうせ全てが綺麗事で、全てが上っ面の体裁の言葉でしかないと思った。
だけど……。
だけど、本当は……。
本当は、誰かに手を差し伸べて欲しかった。
救いの言葉を、絶望から助け出してくれるような救いの言葉を言って欲しかった。
そして、ルイスは、自分を救ってくれた。
あの泣き虫で、弱虫のルイスが、自分が欲しかったものを与えてくれた。
あれだけ拒んでいたのに、それでも踏み込んで来てくれた。
それが嬉しかった。
それが悲しかった。
それが愛しかった。
ならば、この男は、この魔王は、今何を想っているのだろうか。
「あの娘を救ってやりたいんじゃ」
同じだ。
まるで、ルイスと同じじゃないか。
自分が傷付くことになるかも知れないのに、拒絶する人間の心の底の叫びが、きっと聞こえてしまったのだ。
だったら……もう、理解出来てしまった。
シンプルだ。
助けて、そう聞こえてしまったから、この男は助けるんだ。
「そう、じゃあ、アンタが何度気絶させられても、ちゃんと運んであげるから、頑張って。応援してる」
イリアは、初めてバレックに、魔王に素直な笑みを向けた。
「それは助かる。苦労をかけるが任せる」
「任された!」
イリアはそう言って、軽く片手を振って部屋を出た。




