自分は特別じゃない
宿の一室、イリアはまだ朝日が昇りきる前に目を覚ました。
前日、ルイスに付き合って、夜遅くまで飲んでいたにも関わらず、早起きである。
まずは、軽く自室で入念に柔軟運動を行う。
自分の身体を確かめるように、今日の調子を確かめるように、隅々丁寧に身体を解していく。
静かな自室に呼吸音が微かに広がる。
柔軟の動きと共に床の木の板の軋む音も聞こえる。
イリアに好不調の波は、全くと言っても大袈裟でない程にない。
常に好調、常にベストを尽くせるコンディションへ仕上げている。
そういう体調面の管理までストイックであるが故の、戦闘マニアである。
ただ、強くなりたい、闘いたいと言うものではなく、いつでも誰とでも言い訳無しに闘えるコンディションを作っておきたいという、確固たる意思があるのだ。
一通り、柔軟を済ませると、ランニングが開始される。
まずは、走ってロズネスの村の外へと出て、村の外周を走り始める。
ランニングと言っても、イリアの場合、短距離走のようなハイペースのランニングだ。
イリアはそのペースを落とす事なく、何時間も走り続ける事が出来るのである。
セリナの村で、ハイドとの修行の時、イリアも魔力を高める為に精神統一、瞑想の修行はしていたが、イリアには向いていなかった。
じっとしている事がイリアには苦痛で、まるで集中出来ず続けられない。
ハイドも困っていたが、イリアの体力作りの為のランニングを一緒にしていた時に気付いてしまった。
じっとしている事が苦手なイリアにとって、無心になって動き続けられるランニングの時に異常な集中力と魔力の上昇を感じた。
それ以降、イリアの魔力の修行はランニングとなった。
イリアは、走りながら、静かに考えていた。
バレックの言っていた事を。
バレックは、魔力を生命エネルギーと言っていた。
この呼び方に、イリアは少なからず納得したのだ。
イリアは、ずっと疑問だった。
魔力とは、どうしてもイリアの中では、魔術師が魔法を使う為の力のイメージしかない。
だから、魔力で肉体的な、身体能力の向上が出来る筈がない。
それでも、確かに筋肉とは違った、不思議なエネルギーが流れ、そして溢れてくる。
これを魔力と呼ぶのは、イリアには、やはり抵抗があった。
イリアは、いつ頃か、ふと思い至ってしまった。
これは、魔力ではない。
自分の感じているのは、『闘気』なんだ。
そう思い込んでしまうと、今まで以上にその闘気は、イリアの身体に馴染んで扱い易くなったようにさえ思えた。
生命エネルギーであるというなら、魔力なんて、一方的に魔術師よりの名称じゃなくて良い。
自分が呼ぶ闘気であっても、それが生命エネルギーなら間違ってないはずだ。
その考えが、闘気として素直に受け入れる気持ちが、更に闘気をイリアの身体に溢れさせ、イリアのランニングスピードが加速する。
元聖騎士ハイドがイリアを天才と称するのは、可愛い教え子への甘い視点からではなく、近くでイリアのその力を肌で感じてきたからである。
少しでもきっかけがあれば、イリアはどんどん成長していく。
そして、赤い髪の少女の事、ロズネス村長カノンの事を考える。
全くジャンルそのものが違うが、今の自分で彼女達に勝てるのだろうか。
負けたくない。
同じ女として、力を持つ者として、負けたくない。
嫉妬している。
自分より、強いかも知れない女性がいる事に。
興奮している。
自分が全力を出して闘えるかも知れない人が、外には沢山いる事に。
期待している。
あれだけの強さを所有出来るなら、自分も努力すればその強さに行き着けるのだと。
(アタシはまだまだ強くなれる)
単純な強さへの欲求、渇望は、カノンのそれに似ているのかも知れない。
赤い髪の少女に恐怖してしまった自分に喝を入れる。
あの魔力で、あの程度の魔力で自分は屈しない。
自分は、それに負けない闘気を身に付ければ、それで済む話だ。
強さなんて、いつだってシンプルなんだ。
強い方が強い、勝った者の方が強い。
分かりやすい。
小難しい考えは好きじゃない。
強くないなら、強くなれば良い。
勝てないなら、勝てるまで強くなれば良い。
その努力を怠るなら、自分はきっと強くなりたくないだけなのだろう。
(アタシは強くなりたい!!)
無心になって走り続け、いつの間にか、太陽が真上近くまで昇っていた。
「あれ? どおりでお腹が減ってると思った」
無心になり過ぎて、まるで気付かなかった。
あれほどのハイペースで走っておきながら、肩で息はしているものの、呼吸は激しいものではなかった。
そんな訳で、朝食を食べ損ねたイリアは、昼食をしようとロズネスへと戻っていく。
宿への帰り道、聞き覚えのある声が横から聞こえてきた。
「あれ? ひょっとして、勇者様と一緒だったイリアさんじゃないですか?」
声の方へと顔を向けると、そこには黄色の短髪男、ライドがこっちへと向かってきていた。
「ん? 貴方はライドさん……だっけ?」
「そうです! いやー、こんな所で奇遇ですね! あの、それで、昨日は、あれの所に行ったんですか?」
悪気は無いのだろうが、顔をしかめて赤い髪の少女の事を聞いてくる。
「それがなに?」
イリアは興味無さげに聞き返す。
「いや、あれは無理でしょ? やっぱり僕が良いと思うんですよ! イリアさんからも、勇者様に勧めて貰えませんか?」
イリアには分からなかった。
バレックは、このライドと言う男も、かなりの才能を持っていると言い、カノンも素質があると言っているらしいが、イリアには弱い人間にしか見えなかったのだ。
何もワクワクしないし、何もそそられない。
魔術師とは大器晩成なのだろうか?
そんな先の事は、自分には見通せない。
強さはシンプルに、強いか弱いかだ。
「それは、無理ね」
だから勿論、答えはノーだ。
弱い仲間じゃ駄目なのだ。
いつ強くなるかは知らないが、そんな気長な旅ではないはずだ。
「な、なんでですか?! イリアさん、僕の実力を分かってないでしょ? いきなり否定する事は無いでしょ!?」
なんでこの男は、こんな自信があるのだろう?
ここの村の中でも彼より強い魔術師も幾らでも居るだろう。
ただ、同期で一番なだけで……。
その程度のもので、何を胸を張ってるんだ。
自分が同じ立場なら、自分の弱さを嘆いているに違いない。
「いや、貴方、そんなに強くないでしょ?」
「はは! これだから、女の人は何も分かってないですね。同期の中じゃあ、ダントツの実力を持つ僕の魔法のセンスを!」
あぁ、もう良いや。
コイツは自分の嫌いなタイプだ。
痛い目に遇わないと分からない。
「アンタねぇ、自分が思ってる程に自分は特別じゃないわよ? もっと自分と向き合いなさい。じゃなきゃ、アタシが身の程を思い知らせてあげる」
「なっ!? さっきから聞いてれば、なんだよ? 勇者様と一緒に旅してるからって、調子に乗るなよ!! 良いだろう、君を負かして、君に代わって僕が勇者様と旅をするとしよう」
「あーぁ、お腹空いてるけど、まぁ、良いわ。アンタなんて、朝飯前……じゃない、朝飯抜きの昼飯前よ」
「その減らず口叩けなくしてやるからな!」
こうして二人は、ロズネスの村を西へと出て、決闘する事になった。
━━村から出て、それほど離れていない場所。
そこはもう既に平原なので、何の気兼ねもなく、闘う事が出来る。
ライドとイリアは、距離を取って向かい合った。
「覚悟は良いわね?」
「それはこちらの台詞だ」
暫く、静寂が続いたが、先にライドが動いた。
両手を胸元に拳一つ分の空間を作り、そこに魔力を練り込む。
そうしながら、イリアから更に距離を取る。
手の内の空間から、電気のボールのような物が出来上がり、そのボール状の物から次々と無数の雷の矢がイリア目掛けて放たれる。
イリアは、それを見極め全てをなんなく避けながら、ライドへと詰めて行くも、ライドも一定の距離以上近付けまいと、雷の矢を足止めのように放ち続ける。
それでも、イリアのスピードは増していき、徐々に距離は詰まっていく。
ライドは、それを見て諦めたのか、雷の矢を放つのを止め、
「リオ・エンス・フルラン━━」
「遅いわよ!」
ライドは、大技に切り替えたが、呪文を唱え終える前に距離を詰められ、目の前までイリアの接近を許してしまった。
イリアがライドに一撃の蹴りを打ち込もうとした瞬間、地面が青白く光だし、イリアへ強力な雷撃が襲う。
「ふはは! 掛かったね。僕の魔法を扱う技術は、ここの魔術師達の中でもトップクラスなんだよ! 地雷式の魔法だって出来るんだよ! 何が思い知らせてあげる、だよ!」
この地雷式の雷撃は、まるで消える事なく、イリアを襲い続ける。
その中で、イリアは……苦しむ事無く、普通に立っていた。
そして、軽く腕で払う仕草を取って、地雷式の雷撃は消え去った。
「やっぱりね。何か分かってきた」
イリアはこの闘いで試していた。
魔術師の魔力による魔法を、自身が闘気だと信じるもので打ち消す事が出来るのか。
そして、闘気さえ纏っていれば、魔法のダメージを抑えられるのかを。
「そ、そんな……」
「アンタは、やっぱりこんなもんなのね」
そう言って、茫然と立ち尽くすライドに掌低を放った。
ライドは軽くぶっ飛び、お腹を抱えて苦しみ悶えた。
「この程度がアンタの実力? この程度の力がアンタが満足してるレベル? この程度の魔力でアンタは誇ってた訳? 本当に強くなる気が無いなら、さっさと商人にでも転職すれば?」
「な、なんなんだよ……アンタはよぉ…………?」
ライドは、お腹を抱え悶えたまま、怯えてみっともなく言う。
「アンタの狭い了見なら、アタシも化け物かもね。アンタは、もっと広い世界を見なさい。相手を知り、己れを知れば百戦危うからず。ハイド先生が言ってたわ。自分の力量をまるで把握してなくて、相手の力をまるで認められないアンタ何かに一生掛かっても負けないわ」
「う、うぅ……俺だって…………俺だって必死で頑張ってるんだよ!! もっと認められたい!! 強くなりたい!!! けど、カノンさんも最初だけで、全然俺の事見てくれないし、あんな桁外れの魔力を持った人間が近くに居るし、シルビアには……」
ライドはそこまで言って噤んでしまった。
「彼女に抜かされそうなのね?」
イリアは容赦無く言う。
「…………」
「アンタは、周りの事気にしすぎなのよ。誰かさんもそうだけど、格好つけた所でダサいだけよ。アンタは、アンタの強みがあるなら、そこを自信持って、自分の目標に向かって走りなさいよ」
「俺に才能が無かったら、どうするんだよ? 結局何も出来ない雑魚だったら、どうなんだよ? アンタらみたいに強くなる見込みがなかったら、どうなんたよ!!」
ライドの怒鳴った。
自分の努力が報われないかも知れない不安に、下から追い抜かされていく危機に、上から見放される恐怖に、耐え切れずに。
「強さなんて、シンプルじゃない。鍛えれば強くなる。アンタが強くならないのは、見た目ばっか気にして、中身を鍛えてないだけよ。悩んでる暇があれば、格好つけてる暇があれば、努力しなさいよ」
イリアは知っていた。
カノンのように成功出来なかった。
バレックのように失敗出来なかった。
女と言う事で、そのチャンスすら貰えず、絶望してしまったイリアだからこそ、知っていた。
強くなるのに、資格は要らない。
強くなれば良いだけだ。
シンプルである。
「くそ……くそっ…………!」
「その悔しさがあるんなら、強くなれるから、大丈夫だから、真っ直ぐに走りなさい」
イリアは、背中を押さない。
自分自身の足で歩ませようとする。
それが強さへと繋がると信じている。
「俺は……もっと、強く……なれるかな」
「努力次第よ」
最後に言って、イリアは村へと戻ろうとする。
その瞬間だった。
南の方から凄まじい雷の落ちる音が聞こえてきた。
本日は晴天なり。
雷など落ちるはずがない。
理由は一つだ。
「まったく……しょうがないわね。じゃあ、アンタもいつまでもメソメソしてないで、さっさと鍛えにでも行きなさい!」
「は、はい!」
そうは言っても、イリアの一撃はなかなか堪えたようで、走る事もままならず、ライドはゆっくりと立ち上がり、それでも表情はどこか晴れやかになっていた。
「さて……迎えに行ってあげますか」




