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たまには魔王も旅をする  作者: きげん
2章 魔王と魔術師の哀しき孤独
36/63

君は自由や

 翌朝、ルイスは昨日の事もあったからか、早起きしてバレックの部屋へと訪れに行った。

 ドアの前で、少し躊躇(ためら)ってから、ドアをノックする。


 「バレック! 起きてるか?」


 バレックは、まだ怒っているのだろうか。

 昨日の時もすぐに、けろっとしていたので、案外気にしてないのかも知れないが、それでも今言っておかないと、なあなあで終わってしまう。


 「おぉ、開いてるぞ!」


 いつもの元気な声だ。

 バレックはもう怒ってないんだろう。

 ドアノブに手をかけて捻り、ドアを開く。

 他の部屋と同じくワンルームの木造の部屋に、木で出来たベッドに白いふかふかの布団が乗せられているが、バレックによって、ぐちゃぐちゃの状態だった。

 寝相が悪いのだろうか、野宿の時には気付かなかったが、それとも酒が入っていたから、暴れたのだろうか。


 「どうした、勇者よ? こんな朝早くから」


 風呂にでも入っていたのだろうか、髪をタオルで拭いて乾かしている最中だった。


 「いや、なに、昨日の事を謝りたくてな……」


 「昨日……? なんじゃ? なんかあったかの?」


 やっぱり忘れてやがる。

 いや、敢えて忘れている振りをしているだけなのかも知れない。

 バレックは、そういう所もある男だ。


 「俺の狭い世界でものを見ていた。俺の考え方が間違っていた。ごめん」


 勇者が魔王に謝る貴重な光景である。

 バレックは、暫く頭を下げたルイスを眺めていたが、軽く息をついて、


 「何を謝っておるかは知らんが、ワシから見ればお主も、まだケツの青いガキじゃ。間違って、叩かれて、それに気付いて成長すれば()い。叩かれん人間に痛み等分からん。痛みが分かるから、人に優しく出来るんじゃ。お主なら、それが理解出来る人間じゃと、ワシは思っておる」


 バレックはちゃんと分かってくれていた。

 バレックが怒って帰った後、俺が悩んで夜眠れなかった事も。


 「それで、お主、今日はどうするつもりじゃ?」


 「まだ何も考えてないけど……」


 何をするのか、考えようとはしたが、どうしても悪かったと言う想いが、その思考を停止させてしまって、結局何も考えてなかった。


 「ならば、あの村長の所へ行ってみれば()いじゃろう」


 「カノンさんの所にか?」


 「あの者も、さすがは一人でこの村を造り、ここまでに仕上げただけの事はある。あの者もまた強い」


 バレックは、割と人を褒める傾向にあるので、どこまで本気かは分からないが、他に行く当てもないので、行ってみようか。

 確かに、あの掴み所の無さ、(したた)かさは見習うべき所なのかも知れない。


 「あぁ、約束もした事だし、そうさせてもらう事にする。バレックはどうするんだ?」


 「決まっておる! それとあの小娘を説得するには、時間が掛かりそうじゃ。かなりの期間、ここに滞在してしまう事になるが、構わんか?」


 「その事は気にするな。気が済むまで、やってきてくれ」


 「恩に着る」


 バレックは不敵にニカッと笑った。

 その顔を見た後、ルイスは部屋を出ていった。


 イリアは、どうやら朝のランニングをしに行っているようで、既に部屋には居なかった。

 仕方なく、一人で宿の食堂で朝食を済ませて、カノンの豪邸へと向かった。


 昨日も見たが、相変わらずの豪邸っぷりだ。

 無欲な村の活気溢れる姿を見た後だが、ここまで自分の欲望を存分に実現させていくのも、恐ろしい行動力の()せる業なのだろう。

 ここまで来てみて思ったが、カノンは忙しいらしいので、まだ朝方とは言え、時間に余裕があるとは限らない。

 こんな事なら、昨日の内に予定を聞いておけば良かったが、あれだけ早口に(まく)し立てられて、台風のように去られては聞く事は出来なかった、とも思う。

 とりあえず、豪邸に似合った両開きの扉をノックしてみる。


 「すみませーん! ルイスです! カノンさんは居られますかぁー?」


 中から凄い勢いで走ってくる足音が聞こえて、その勢いのまま扉が開く。


 「これはこれは、ルイス君やーん! 早速来てくれたんやねぇ。朝食は済ませたん? こっちは済ませてしもうたんやけど、お茶くらいやったら出せるで? こんなトコで話すんもなんやから、中に入っておいでぇや!」


 こちらが一言も話す隙も与えず、色々と話が進んだ。

 疑問系を投げ掛けたなら、まずはこっちの答えを聞いてもらいたいものだ。

 カノンは、相変わらず目のやり場に困る服装で、豪邸の中へと案内してくれた。

 応接室なのだろうか、客人用の異国情緒漂うテーブルとソファーが並んでおり、周りの装飾も一々キラキラと輝いていて、その価値の分からないルイスからすれば、凄い綺麗ですね、の一言で感想は終わってしまう。


 「ホンマ、家が広いよってに、わざわざ玄関に行くのも大変やわ! せやけど、ウチの村も凄いやろ? そろそろ村から町にでも変えてやりたいんやけど、その変更手続きも面倒やねんなぁ。クロックベルンが魔術師に(うと)いんは有名やったさかいに、逆に都心やなくても、少し離れた所やったら、魔術師も集まり易いやろうし、商売するのにも、そこまで不便やないやろう思うて、やってみたら、この通りやで! ウチはホンマに天才やわ! 魔術師としても、商売人としても、女としても超一流や!! 神様言うんは、不公平やな!! ウチにだけこれ程の才能を与えてもうてからに! そう言えば、他の二人は、どうしたんや? まだ眠ってるんか? 案外寝坊助やねんな。それとも、ウチに会うのが嫌なんか? 女の子の方は明らかに機嫌悪かったし、もう一人の男の方は、ウチの事かなり警戒してたみたいやしな。そんなに恐がらんでも、取って食おうなんて思わんし、この美人掴まえて、そんな発想にはならんわな。ほな、嫉妬と緊張言う事やな。美しいっちゅうのも罪なもんやで! ルイス君もそう思うやろ? あれ? ルイス君は、今日はウチに用事あってきたんか? あぁ、ちゃうちゃう、挨拶しに来たって、昨日言うてたもんな。ホンマに若いのに、ええ心掛けやで! 今日は、昼まで何にも予定無い日やから、まぁゆっくりお茶飲みや! そのお茶は、ガランドロックのサンデル平原にミーチャって村があってな、その村の茶畑から採れた茶葉やねんけど、風味もさることながら、ほのかな甘味があってやな、ウチのお気に入りの――」


 「カノンさん!! ちょっと良いですか!?」


 ヤバい、ヤバい、ヤバい!

 このままでは、一生喋る暇無く、時間切れで追い出されてしまう。

 二人の話題になった時は、やっと喋れると思ったが、そのまま次にいってしまい、こっちの用件の話題に移ったから、今度こそはと思ったら、そのまま自己完結して、どうでも良い話題になってしまった。

 シャンデルに居た時も、オーテムの商人とは何人か話をした事はあるが、確かに話すのが得意であったが、ここまで間髪入れずに話してくる人物には出会った事がない。


 「ん? あぁ、悪いなぁ、ウチ喋り出したら止まらんくなる時あるねんなぁ。これはしっけーしっけー! あはは!」


 「い、いえ、さすがはオーテムの方だな、と思いました」


 「せやろ? まぁ、ウチに会ったら、オーテムの商人でさえ逃げ出すっちゅう、変な噂があるくらいやからな! そいで、何か言いたい事あってんやろ?」


 今度は、ちゃんと聞いてくれるみたいで、その後に話は続かなかった。


 「色々と聞きたい事はあるんですが、まず最初に、南の村の外れの丘の上にある家に住む少女は何者で、なんで村の外れに住んでいるんですか?」


 「あいたたた! いきなりその質問がくるとは驚きやね!」


 大袈裟なリアクションを取りながら、言葉とは裏腹にその質問を待っていたかのようだ。


 「別に後ろめたい事もないよって、隠すつもりも無い。あの人(・・・)は、魔術師の間では有名人やねん」


 「有名人?」


 「せや。あの人は、七十年くらい前に、生まれ故郷のガランドロックにある魔術師の村を、地図から消しおったんや」


 「それって……」


 「村を滅ぼしたっちゅう事や! ウチも他の魔術師同様、そんな噂話程度の事しか知らんから、詳しい事なんて何も分かってないんやけど、村が無くなったっちゅうのは事実や」


 あの少女の姿をした魔術師が村を滅ぼした……?

 昨日の魔法の威力を見てしまうと、それは不可能では無さそうだ。


 「てな訳で、村の人らに反対されて、村の外に住んで貰ってるっちゅう訳です」


 ちゅう訳です、じゃないです。


 「いや、そもそも何で彼女がここにいるんですか?」


 「あはは! そら、誤魔化されへんわなぁ。 あれは三年前くらいやったか、ウチが営業でガランドロックから帰ってくる山道で、出会ってん。赤髪の少女で恐ろしい魔力の持ち主、一目で噂の魔術師って分かってもうてな。連れてきてん」


 そう言って、お気に入りのお茶を(すす)る。

 話の途中までしか聞いてなかったが、このお茶は本当に香りも良く、お茶特有の苦味中に、ほんのり甘味があって飲みやすい。

 しかし、連れてきたとは、またあっさり言ってくれる。

 

 「山道って、それまで何をしてたんですか?」


 「さぁ?全然話してくれんから、なんも知らんよ。どこも行く当て無さそうやったからな。最初、会った時殺されかけたけど、なんとか連れて来れたわ」


 「何でそうまでして……」


 カノンはこっちを見て意地悪に笑う。


 「ウチは嫉妬深いねん。あれだけの魔力を見せつけられたら、ちょっと妬けてしもうてな。近くに置いといて、いつか追い越したろぉかと思ってな」


 この人は、自分の欲求に正直だな。

 でも、きっと、それだけじゃないだろう。


 「それで、村の人の反対を押し切ってまでですか?」


 「ウチの村やから、ウチの好きにして何が悪いっちゅうねん! ホンマは村に入れてあげたかってんけど、あの人も、別にノリ気やなかったみたいやから、せめてウチの信頼するセバスチャンを世話役に置いたげてん」


 あのおじいさんは、そういう人だったのか。

 面倒見が良いな。


 「それで、あの人をどうするつもりなんや?」


 「え?」


 「魔術師の仲間を欲しがってたんやろ?」


 まぁ、ここまであの少女の事を聞いていれば、気付くだろう。

 いや、最初に魔術師の仲間を探していると言っていた時に、既にこうなる事を分かっていたのかも知れない。


 「話す間も無かったですがね」


 「あはは! やろうな。それで、あのバレックって男辺りが、それを言うた訳やな。あの男、変な感じの魔力持っとるみたいやからな。あの男こそ何者やねん? 見た感じ、マーセルの自警団の人間やろうけど、あんな魔力持っとるはずないからな」


 「あの男は……友達です」


 さすがにバレックの正体を言う訳にはいかない。

 苦し紛れではあるが、まるっきりの嘘ではない。

 カノンは、予想外の解答だったのか、目を丸くした後に豪快に笑った。

 何となく、あの魔王と似ている気もしてきた。

 この二人は案外気が合いそうに思う。


 「そら、ええな! 友達、せやな、友達やろうな! あの男は、ええ男やと思うわ」


 「その良い男が、あの少女の説得をするから、その間、何か別の事でもしてようと思いまして」


 「それで、まずここに来てくれたっちゅう訳やね。 鍛練所には行ったんやろ?」


 「はい、シルビアとライドって人と少し話しました」


 「あの二人か。ウチの中でも可愛がってる二人やな。二人ともセンスはええんやけど、精神面がまるでガキやから、誰か教えたればええんやけど、ここに集まってくる魔術師は、割りと自己研鑽しか考えてへんから、教えられる人間がおらんねんな」


 そう思うなら、自分が教えれば良いと思うが、忙しいんだろう。

 それでも、可愛がっているなら、教える暇くらいあると思うのだけど……。

 脚を組み換えるように動かして、そのままソファーへ身体を任せ、(くつろ)いだ。

 服が服だけに、目のやり場に困る。

 これで本当に五十代なのだから、魔術師という人種は詐欺みたいなもんだ。


 「言っとくけど、ウチも自己研鑽しか考えてへん分類やから、ウチが教えるとかは無いで。アドバイスくらいやったら、せぇへん事もないけど、ウチは自分の力でのしあがった人間やさかい、才能は認めてても、努力せぇへん甘ったれは認めてへん。せやから、あの子らに教えられる事は、今はないっちゅう事やな」


 これがカノンの考え方か。

 あの魔王とは、そういう部分の考え方は違うようだ。

 あれは、割りと簡単に解答を言ってしまう。


 「ウチの事はさておきや。暇なんやったら、鍛練所も自由に使えるように言うといたげるから、自己研鑽しといたらええんちゃう? ルイス君に一番足りてへんのは、間違いなく魔力の使い方やねんから」


 まだ会って話した事しかないはずなのに、戦闘やトレーニング風景すら見ていないのに、どうしてそこまで分かるんだ。

 バレックもそうだが、魔力を肌で感じる人間は、そんな事まで分かってしまうのだろうか。


 「確かに、勇者の訓練中に組み込まれていた魔法の扱い方についても、少し苦手だったので、教わった以上の訓練はしてませんでした。しかし、会っただけで、そんな所まで分かるんですか?」


 「分からんよ? 何ボケてんねん! ウチはシャンデルの試合を観てたっちゅうたやん!」


 言われてみれば、シャンデルの試合を観戦していたと言っていた。

 なんか、バレックといい、先程の口振りから、軽く見ただけで、色々と分かってしまう達人的なイメージを持ってしまっていた。

 これは、シャンデルの試合を観た結果、判断されたものだった。


 「すっかり忘れてました。なんか魔力を肌で感じられる人間は、そういうのまで分かってしまうものかと思っちゃいました」


 「あはは! まぁ、不思議なもんやろな! 分からん物に対して人間は、勝手な誇大妄想を抱いてしまうもんや。なんやろ、上手い事言えんけど、魔力を肌で感じられるんは、精々量と雰囲気くらいやで。しかも、魔力の量は本人の努力次第で隠す事も出来んねん。せやから、ウチと会った時にあのバレックは、すぐ魔力を引っ込めおったわ」


 「雰囲気って……何ですか?」


 「よう分からんわ。感情なんか、性格なんか、その人間の性質的なもんなんか分からんけど、なんか伝わってくるもんがあんねん。正直、あの人をほっとかれへんかったんも、なんか物悲しいもんを感じてしもたからかも知れん」


 だから、連れてきてしまった。

 バレックもそれを感じたから、放って置けなかったのだろうか。

 それすらも分からない自分なんかでは、あの少女が畏怖の対象にしかならなかったのだろう。

 それもまた事前に植え付けられた噂による偏見、誇大妄想だったのかも知れない。


 「そやそや、あの人を説得すんねんやったら、暫く掛かるやろうから、宿の事は一切気にせんでええよ。成功するにしても、諦めるにしても、ルイス君らが出ていくまでは、無料で泊まって貰って構わんからね」


 「そんな、そこまではさすがに申し訳ないです」


 「若いのに、何を遠慮してんねん! ええよ。あの人を説得出来るかどうか、なんかめっちゃオモロイイベントやで? ウチでも連れてくるのが、やっとやってんから、どうなるんか、楽しみにしてるわ!って、言うてウチは明日から、二週間程、村空けるんやけどな」


 「ありがとうございます。村を空けるって、また何処か営業ですか?」


 「せやせや。オーテムの新しいリオメタルを仕入れに行かなアカンからな! ホンマ次から次へと、新しいもん作ってくれるわ」


 そう言うカノンの表情は、今までとは少し違った、故郷を誇らしげに語る女性のものだった。


 「それでは、僕は早速鍛練所に行ってみようと思います。色々とお世話になります」


 座り心地の良かったソファーから腰を上げて、もう一度カノンに頭を下げた。


 「ええよ。ウチはやりたい事しかやらん主義やさかい。やりたい事をやってるだけや! ルイス君も自分のやりたい事やればええ! 君のやる事に文句言う奴がおるんやったら、ウチがボコボコにしたるさかいな!」


 「はは。それは頼もしいです!」


 豪邸の入り口、両開きの扉まで戻ってきた。

 最後に……この村を造った、この村を繁栄させた、やりたい事をやり抜く、自分の欲望に素直に純粋にひた走る彼女に聞きたくなった。


 「……もし、自分のやろうとしてる事が間違っていたら……それに気付いた時には手遅れになっていたら、どうしたら良いですか?」


 いつもの意地の悪い笑顔とは違った、優しげな笑顔でカノンはルイスの顔数センチまで近付いて、


 「君が命張って成し遂げよぉしてる事を、誰が責めんねん。君が思う以上に君は自由や。好きにしたらええ。ウチは君を信じてる」


 自分が思う以上に自分は自由……勇者としての使命がありながら、それでも自分は自由なのだろうか。

 それでも……これから魔王と歩む、この道を行く為の自信を、ほんの少し貰えた気がする。


 「まぁ、最後のは、ウチの恩人の受け売りやけどな。ウチはその言葉のお陰でここまで、おもっきり突っ走る事が出来たと思う。せやから、今度はウチが君の背中押したるわ。おもっきり行っておいで!」


 そう言って、身体をくるりと反転させて、外へと、これからの道のりへと背中を力強く、心強く、頼もしく、温かく、優しく、そっと押してくれた。

 その勢いで、豪邸の外へと出たルイス。

 何だか振り返って、お礼を言うのも格好がつかない気がして、頭を掻いて、


 「いってきます!」


 「ええ返事や! それでこそ勇者! もし行く当て無くなったら、ウチが(かくま)ったるから、安心しいや!」


 何か犯罪を犯す前提の発言が気になりはしたが、背中を向けたまま手を振って、鍛練所へと向かった。

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