食後の運動にもならない
ドミアの村で作られた野菜は、どれも甘くて美味しい物だった。
勿論、料理の腕も良いのだが、素材の良さがしっかりと伝わってきて、村の元気を分けて貰っているような気にさえさせる。
「こんなに野菜が美味しい物だとは、思いませんでした! どの野菜も甘味があって、瑞々しい」
「うむ、歯応えも良く、食感でも十分に楽しめるのぉ」
「ホントに。サラダなんか、ドレッシング無くてもいけちゃいそう」
「いやぁ、それほどまでに勇者様ご一行に褒めてくだされますと、何とも誇らしいですな」
ドミア村の村長も、ルイス達の反応に気分を良くして、更に食事を勧めていく。
遠慮しようとも思ったが、余りにも村長が嬉しそうに勧めてくるので、断りきれなくなってしまう。
確かに美味しくて、まだまだ食べられるのだが、別にこの村に寄っただけで、何もしてないのに勇者というだけで、お世辞にも裕福とは言えない村で、ここまでの歓迎を受けるのは少し気が引ける。
「しかし、村長よ。先程話しておった、ロズネスの化け物の噂の情報はもっと無いのか?」
「はぁ、ロズネスの話ですか。その化け物は、たった一人で村を壊滅させただの、百年以上変わらぬ姿で生きているだの、魔族の血が混じっているだの、いろと噂はされておりますな」
「魔族の血が……?」
確かに百年も容姿が変わらずに生きているなら、圧倒的に寿命の長い魔族の血が混ざっているかも知れないが、そんな化け物が本当にいるのなら、何故それを放置し続けるのだろうか。
だが、魔族と混血なんて聞いた事もないが、バレックなら何か知っているのだろうか。
さすがに、この場で魔族の事を堂々と聞く事も出来ないので、この村を発ってから、聞く事にしよう。
「かっはっは! それは、面白い話じゃな」
「なんか、ゾクゾクしてきたわね!」
なんでイリアまでそんなに楽しそうなんだ。
村を壊滅させるような奴で、しかもそれが魔族と混血なのかも知れないというのに、それでも、戦ってみたいと思っているんだろう。
「まぁ、あくまでも噂なので、どこまで本当なのかは、私には分かりませんがね。ロズネスの村が、何の被害も無いという事は、本当にただの噂なのかも知れません」
確かにそうだ。
そんな危ないのが居るなら、騎士の一人でも派遣されそうだし、そもそも村を壊滅させる奴が、その村に居続ける事はしないだろう。
それとも、そこの村が気に入って根城にして、周りを苦しめているのだろうか。
こうなってしまったら、気になって確かめに行くしかなくなってしまった。
「村長大変です!!」
村人の若い男性が息を切らして、慌てて部屋へと入ってきた。
「何事です? 今、勇者様達のおもてなしを--」
「すみません! ですが、村の入り口に大男が一人来て、酒と食糧、金を出せと言ってきてます」
「盗賊か」
「村の者は大丈夫ですか?」
「何人か、男連中が掛かっていったんですが、歯が立たなくて、殺されはしませんでしたが、重傷を負ってしまいました」
「なんと、それなら言う通りに要求の物を渡しましょう」
「待ってください」
そこまで話が矢継ぎ早に進んだ所で、ルイスが声で静止させる。
話によれば、盗賊一人で、別に人質も取ってない。
この田舎の村に騎士や自警団が居ないと踏んでの余裕なのだろう。
せっかくこれ程までに歓迎してもらったのだ。
盗賊の撃退くらいしないとバチが当たるというものだ。
「盗賊一人くらいなら、僕が行ってきましょう。おもてなしのお礼を何かしたいと思っていた所なんで、丁度良い」
「いや、しかし、そんなつもりでは」
「僕達もこの活気に溢れた優しい村を守りたいんです。それじゃあ、駄目ですか?」
「……なんとも、勿体ないお言葉です。ありがとございます」
「では、軽く行って--」
「待ったー!」
ルイスの静止が終わると、今度はイリアが大声で静止させた。
「だったら、アタシが行く! 旅って案外身体が鈍っちゃうから、ちゃんと動かさないと」
「大丈夫か?」
「あら?心配してるの?」
「いや、やり過ぎないかと思って」
「失礼ね。ちゃんと加減くらいするわよ!」
「まぁ、それじゃあ、イリアが行きたいって言うなら、任せるよ」
腰を上げかけたルイスは、再び椅子に座った。
それを見た村長や村の男が慌てて、
「ま、待ってください! 盗賊はかなり強いんですよ! 村の男も自慢じゃないですが、農作業や大工作業で鍛えられて、力に自信はあります! それでも、まるで歯が立たなかったんです! 女性一人に任せるなんて……」
「そうです。勇者様! さすがにそれはお任せ出来ません」
村からの猛烈な反対を受けた。
彼女なら大丈夫だと、説明したいのだが、何と言えば安心して貰えるだろうかと、考えるが唸るばかりで、ルイスは何も言えずにいた。
「ごめんなさいね」
イリアは一言謝ってから、自分が先程まで座っていた椅子に拳を充てがう。
何をしてるのか、周りも分からずに注目がイリアへと自然と集まり、その視線を受けながら、静かに息を吸って、その息を一気に吐いた。
物凄い音と共に椅子が粉砕された。
村長や村人だけでなく、ルイスもバレックも驚いていた。
寸勁という、零距離から身体の体重移動、力の移動のみで放たれる拳打である。
「そういう事なんで行ってきます」
イリアは、悪戯っぽく笑い、テーブルの上のサラダに乗ってるハムを指で摘まんで、口へと運んび、ペロリと食べるとそのまま背中を向けて部屋を出た。
周りは完全に黙ってしまい、置いてけぼりを食らったようだった。
「やりすぎだろ」
ルイスは小さく呟いた。
人様の家の物を無闇に壊してはいけません。
--「おらぁ! まだ用意出来ねぇのか?! さっさと持って来い!!」
村の入り口では、二メートル近い身長だろうか、それでも縦長に見えない程の筋肉を搭載しており、更に巨大に見えてしまう大男がいた。
熊か何かの毛皮で作られたベストを直に着ており、灰色の汚れの目立つ長ズボンを履いて、腰には何か赤い布のような物を巻いていた。
お世辞にも格好いいとは言えない、バランスの悪い顔をしており、手には金棒のような物を持っていた。
「す、すみません! もうすぐ、準備出来ると思いますので……」
最初に案内してくれた、村人の男が怯えながら、大男を宥めようとする。
「早くしろぉー! 俺は気が短いんだ! ……ん?」
大男は叫びながら、前から女がこっちへと向かってくるのが見えて、目を細めて警戒するように見る。
「あ、あなたはお連れ様の?!」
「なるほどね。アンタが村の物を盗ろうとしてる盗賊ね」
イリアが挑発的に指をポキポキと鳴らしながら、大男へと近付く。
「なんだぁ? てめえはよ? 俺の女にでもなりに来たのか? ガハハ!」
大男は、まるで相手にする様子もなく、イリアを馬鹿にするように笑った。
「アンタみたいな、不潔な男真っ平ね。怪我しない内に出て行くなら、許してあげても良いわよ?」
「ガハハ! そいつはお優しい事だ! この『頭割りのザバン』様を見逃してくれるとはな!」
「お連れの方! 止めておいた方が良い! ウチの連中はあの金棒を使わずにやられてるんだ!」
村人の男は、イリアの身を案じて、必死に止めようとするも、更にイリアに火をつけるだけだった。
「へぇー、通り名はめちゃくちゃダサいけど、そんなに強いんなら、相手してもらおうかしら?」
「おい、女だと思って、調子に乗りすぎやしねぇか? 痛い目に合わせてやったら、少しは汐らしくなって、可愛げも出るんじゃねぇのか。ガハハ!」
ザバンはそう言って、手持ちの金棒を軽々とイリアの目の前をすれすれに振ってみせる。
それに対して何も動じず、むしろつまらなさそうな顔をして、
「なんだ、やっぱりアンタ見た目通りの雑魚じゃない」
「んだとぉー!?」
その言葉にキレたザバンは、イリアの頭目掛けて、思いっきり金棒を振り下ろした。
イリアは、来ることが分かっていたかの様に避けて、ザバンの懐に入り込む。
幾ら軽々に金棒を振り回せるといえ、渾身の力で振り下ろした金棒をすぐさまに懐へ入ってきた敵を迎撃出来るほどに小回りは利かない。
イリアはそのまま、みぞおちに一撃、先程の寸勁と違い、足の先から手まで全身を使った拳を打ち込む。
みぞおちとは言え、この体格差にあの筋肉量、本来なら通じる物ではなかった。
しかし、イリアが相手となると話が別だった。
ザバンは、その一撃で全身から汗を吹き出し、顔を歪めて、白目になって、前のめりに倒れてしまった。
村人の男は、口と目を大きく開けて、その光景を見ていた。
少し遠巻きで見ていた村人達も同じように、ただただ見ていた。
「なんだ、食後の運動にもならないじゃない。頭割りだからって、律儀に頭狙わなくても良いのに」
イリアは、本当につまらなさそうに捨て台詞を吐いて、ザバンの処理を村人に任せて、そのまま村長の家へと戻っていった。
--「ただいま」
イリアが予想以上に早く戻ってきて、村長も村人達も驚いていた。
「お帰り。早かったな」
「相手が弱かったから」
「かはは! お主に言われれば、相手も可哀想と言うもんじゃ!」
三人は、何もなかったかの様に話をし、イリアは自分の椅子に戻ろうとするも、自分が壊してしまった事を思い出して、しどろもどろしてしまう。
その様子に気付いて、村長は別の椅子を用意させて、座ってもらった。
「すみません、椅子潰しちゃって」
本当に申し訳なさそうに言った。
しかし、ああでもしないと、信じてくれないと、行かせてくれないと、思ってしまったので、仕方ないとも思っていた。
「は、はは、さすがは勇者様のお仲間ですな。先程は、失礼な事を申し上げてしまい、すみません。村を救って頂いてありがとうござます」
「いえ、とても美味しいご馳走を戴きましたので、そのお礼です。気にしないでください」
欲を言えば、もっと手強い相手とやりたかったな、と心の中で呟くイリア。
まだ残っている食事に手をつけながら、そんな想いを巡らせる。
「ロズネスの化け物もイリアを相手にすれば、怯えて逃げるんじゃないか」
「ちょっとぉ。それじゃあ、アタシが化け物みたいじゃない!」
「かはは! お主の強さなら、十分に化け物じゃろう」
「失礼な! 相手が弱かっただけよ! 一撃で倒れるなんて、鍛えてない証拠よ!」
イリアが居れば、バレックを殺した盗賊だろうと、ロズネスの化け物だろうと倒してしまいそうで、本当に心強いのだが、ルイスはこのままでは、自分の出番が全く無くなるのでは、という勇者としての立場を心配しなければならなくなっていた。
「今日ここに寄ってくださった事は、本当に神の思し召しでしょうな。盗賊が来ることなんぞ、そうそう無かったですから」
「でも、また襲われないとも限らないので、気を付けないと」
「盗られると言っても、本当にこの村にお金なんて、大してありませんから、命が助かるなら、多少の食糧や酒くらいは我慢出来ます」
「まぁ、無い所をわざわざ襲う事もないじゃろ。これからも今まで通りに暮らすのが吉じゃな」
欲を出して、村が少しでも大きくなれば、それこそ、盗賊に目をつけられてしまう。
今の暮らしぶりは、案外護身にすら繋がっているのかも知れない。
「ご馳走様でした」
すっかりと食事を済ませたルイス達は、お茶を啜って一息つき、食事のお礼を言った。
「それじゃあ、そのロズネスの村を目指してみようと思いますので、これで失礼させて頂きます。本当にありがとうござます」
「いえいえ、大したお構いも出来ませんで、村の危機まで救って頂いて、こちらこそ感謝の気持ちしかありません。ありがとうございました」
勇者と言うだけで、あれほど振る舞ってくれたのに、大した事はしてないとは、本当に謙虚な村長さんだ。
また機会があれば、寄って今度はこちらも何か普段食べて無さそうなご馳走でも持参して、振る舞ってあげようかと、ルイスは思った。
外に出て、待たせていた馬のロットを迎えに行って、勇者一行は、村人達にお礼を良いながら、旅立っていった。




