告げられる道(未知)
茶髪の青年ルイスが名誉ある勇者に選ばれ、王の労いの言葉も虚しく、リックと見合わせて、同じシャンデル王宮の訓練所で目的は違えど、共に研鑽しあった騎士見習い、稽古をつけてくれた聖騎士の先輩の方々に無理矢理に祝杯だと城下町の大衆酒場へと呑みに連れ拐われて、そこに二人が来ると決め込んで、城下町でずっと応援してくれていた人達もここぞとばかりに待ち伏せて、二人が酒場に来る頃には既に大盛り上がりをしており、その勢いの波に飲まれるままに、されるがままに、抗う術も無く、ただ、ただ、シャンデルの人々の温もりに身を任せた。
つまり、本日は二日酔いの寝不足の最悪の晴れ舞台となった。
二人は、昨日の試合の格好ではなく、リックは聖騎士の新品の王家の『ラグダ』と呼ばれる獅子に似た動物をモチーフにした紋章を胸の辺りに刻まれている銀の甲冑を、ルイスは最高位の魔術師が誂えたと言われる群青の服にベージュの茶色のズボン、前任の勇者が着用していたと言われるグローブ、肩当て、胸当ては、かなり傷付いてはいるが、丁寧に磨かれているものを身に付けていた。
多くの王宮貴族、神官等が厳かに神聖に執り行われる爵位式は、二人の緊張を最大限まで高めるはずだったが、頭痛と吐き気、眠気と眩暈に襲われ、緊張の立ち入る隙は皆無だった。
何なら、それら全ての状態異常を緊張に変えてくれと、これはまだ悪夢を見ており、これから清々しい爵位式が行われるのだと、現実逃避をしようとするも、やはり気分が悪すぎる、考えてる余地も、逃げる隙も与えられない、ただ必死に水上の白鳥の様に涼しげな顔で爵位式の永遠とも思える儀式を耐え抜いた。
全ての政を切り抜けた二人は、王に呼ばれて謁見の間で片膝を立てて頭を垂れていた。
入り口には大きな木製の芸術的な彫刻が施されてた扉があり、そこから真っ直ぐに燃える様な赤い色をした絨毯が伸びた先には、二つ立派で大きな椅子が横並びにあった。
椅子に腰掛けているのは、精悍な顔立ちで、白髪のもう六十半ばにも関わらず、そう感じさせない眼には力が宿った、髭はかなり蓄えられているが、綺麗に整えられている王と隣には、白を基調した華やかなドレスを纏いながら、一切それに引けを取っていない美しさを持つ妃が、王と同じく歳を感じさせないでいる。
首には控えめなアクセサリーを飾っているのが、またそれが彼女らしさを表現
されている気がする。
しかし、王は何故か笑っていた、目出度いからと笑っているのでは無く、可笑しくて笑っているとしか思えない程に腹を抱えて笑っていた。
妃もつられてなのか、同じ理由なのか定かではないが、王の様にではないが、控えめに笑っている。
「へ、陛下。失礼ですが、どうかなされましたか?」
二人は謁見の間に来て、ひれ伏して挨拶をするや否や、それが始まり、なかなか収束しない状況に堪えきれず、リックは王に真意の程を伺った。
「い、いや、すまん! すまん! ははっ、しかし、お前達……無理をするな!もう爵位式は笑いを堪えるので、それ所では無かったぞ!」
王は、笑いを抑えきれずに必死で言葉を絞りだす。
リックとルイスは、まだ状況が飲み込めず、訝しげに顔を見合せた。
「ふふ、お二人共、ごめんなさいね。この人ったら、今朝騎士の方に、貴殿方が夜通しでお祝いされていたのを聞いて、ずっと貴殿方の様子を楽しんでらしたのよ」
地獄に落ちろ! この耄碌爺! と心の内で二人は叫び、悪夢の様なあの時間を堪えてきたと言うのに、この王はそれすらも承知でこそこそと楽しんでいたのだ。
「いや、もう……あの……爵位を賜る時のお前達の何とも言えぬ顔ときたら……笑い殺されるかと思ったわ!」
自分の発した言葉で、その時の二人の姿を思い出したのか、より一層笑いが豪快になる…まさに抱腹絶倒である。
二人は若干の殺意を抱いた。
「陛下も人が悪い、悪すぎる、最悪ですね」
「おい、そこまで言わんでも良いじゃろ!」
明け透けなルイスの発言は、本来なら侮辱罪で王が許しても周りが黙ってないようなものだが、シャンデルの王に限っては、これが日常であり、騎士からも民からも愛され、親しまれる要因となっていたのだった。
「まぁ、本当に辛いじゃろうから、楽にしてくれて構わわぞ」
王の笑いが一段落した所で、二人へ再度姿勢を崩すように促した。
二人は、さすがに親しみ易いとはいえ、寛ぐ訳にもいかないので、立ち上がって、直立した。
「うむ、これまで二人共に良くここまで頑張ってくれた」
「勿体ないお言葉です」
二人も先程までの態度を改めて、王からの言葉を受け取る。
これが、普段の王と二人の……いや、周りの人々との関係性なんだろう。
「リック。昨日の戦いは見事であった。お前にはこれからこの国をしっかりと護って貰いたい」
さっきまでの緩みきった表情では無く、王本来のと言うに相応しい程、優しく、全てを包み込んでくれそうな穏やかな表情をしていた。
「お任せください!」
それに応える形で、リックも王に対する敬意を感じさせる笑みで言葉を返した。
リックにとって、勇者になれずとも王の下で働ける事もまた名誉のものなのだ。
「ルイス。お前とは暫く会えなくなるのが非常に寂しくはあるが、お前なら必ずやり遂げて戻って来てくれると信じている」
社交辞令と言う言葉があるが、王の言葉には、それを全く感じさせない力強さを纏っていた。
ルイスには、勇者としての責務、使命の重圧がのしかかってきているが、王の一言で幾らか楽になった気がした。
「私も必ずや、魔王を封印し、陛下の元へ顔をお見せしたい。その時は、しっかりと前日に休養をとって参ります」
それは大事だな、と王と妃も笑みを見せて、無理だけはしないでくれよ、と最後に付け加えた。
その四人の会話の中、王の座っている椅子の斜め後ろに控えていた白いローブの男が前へと出てきた。
歳は四十半ばくらいか、割りと肌の張りも良く、優しげな顔立ちからか三十位に見えなくも無い。
茶色の髪はやや赤みがかっていて、首筋から少し背中にまで伸びており、神官の様な格好をしている。
闘技場にも王の横に居たこの男、『導きの一族』と呼ばれ、魔を祓い、封印する力を持つ一族で、勇者と共に魔王と戦う一族である。
とはいえ、ここに居る男が勇者と共に魔王の元へ行くのでは無い。
導きの一族は、魔を祓うだけではなく、厄災等を予知しうるとされ、代々王の側に仕えている。
勇者は彼では無く、導きの一族の村で、こちらも魔王を封印する為に修行を重ねた者が、勇者の訪れを待っているのだ。
「勇者よ。恐らく魔王はもう復活しているでしょう。しかし、封印が解けての数ヶ月は魔王も本来の力は使えません。完全な復活を遂げる前に急ぐ必要があります」
王と妃は、事前に聞かされていたのか、辛辣にその言葉を受け止めていたが、リックとルイスは驚きを禁じ得なかった。
勇者の選定は、導きの一族、しかも今目の前に居る男が、魔王の復活時期を予見し、決めていて、今までの勇者選定も同じくで、過去に外した事がなかったのだ。
「もう復活しているって、早すぎませんか?確か少なくとも後一ヶ月は先だったはずですよね?」
「私も最初はゼルスの冗談かと思っておったが、そうではなさそうなんだ」
「はい、何者かの手が加えられた可能性があります。今回の復活は少し嫌な気配を感じます」
二人は固唾を飲んだ。
魔王の早すぎる復活、何者かの思惑、更に裏で手を引く者でもいるのだろうか。
そうなれば、今までと同じ様に封印は出来なくなるのでは、ルイスの未来に暗雲が立ち込める。
「我が一族も、既に把握し対策を取っているはずなので、万が一も無いとは、思うのですが、道中は警戒を怠らないようにお願い致します」
真剣な面持ちで勇者の先行きを案ずる様に警告をした。
導きの一族がこれまで、歴代の勇者達と共に魔王を封印し、そして成功へと誘ってくれたのだ。
その一族の一人が予見する不安は、確かに気になるが、対策を取っているのなら、きっと大丈夫なのだろう。
「わかりました」
ルイスに迷いや不安が無い訳ではないが、ここまで来て、勇者に選ばれてまで後へは引き下がれない。
シャンデルはおろか、ガルシニタ大陸全土の命運を背負う事になるのは、覚悟していた事、勇者になった以上はやるべき事をやるだけだ。
起こってしまった事は仕方ない、今からどうするかだ、そんな考え方のルイスは、良い意味での諦めの早さ、切り替えの良さを持っていた。
「何度も言うが、お前ならきっと大丈夫だ。私はそう確信しておる。だから、命は無駄にはしないでくれ、それが私の願いだ」
王の言葉は最後まで優しかった、きっと王ならば仮に勇者が失敗して逃げ帰って来ても、「お前は勇敢に戦った! 後は我らに任せて傷を癒せ」等と温かく迎えてくれるのだろう。
そんな想いを感じ取ってしまっては、何としても王の期待に応えてみせたい。
勇者となった自分にしか出来ない事なのだから、必ず魔王を封印し、大陸の平和を守ってみせる。
そんな熱い想いがルイスの胸の内を焦がしていくようだった。
「勇者ルイスに精霊の加護があらんことを」
ゼルスはルイスに右手を翳す様に出して、その手を胸元に引きつけて、両手を合わせて祈る。
王と妃、リックも同じく両手を合わせてルイスの武運を祈っていた。