要らぬ不安に抱かれて
勇者ルイス、その幼馴染みで拳闘士のイリア、栗毛の馬のロット、そして自警団の男バレックの身体を借りている魔王の奇妙なパーティーで、魔王を元の身体に戻して復活させて、そして封印する、というこれまた奇妙な目的で旅が始まっていた。
空は白い雲がプカプカと漂いながら、朝の太陽の中で気持ち良さそうにしているようだ。
なんて良い陽気、なんて気持ちの良い朝なんだろう。
旅を始めて、最初の野宿を堪能したバレックは爽快な目覚めで、朝日を浴びながら、伸びをしていた。
「んーー! なんと気持ちの良い朝なのだ! お主らもそう思わんか!?」
朝とは思えないテンションの高さと、声のデカさでルイスとイリアにこの気分を共有しようとした。
しかし、その共有は一切出来なかった。
ルイスもイリアも、寝ぼけ眼で、あくびをしたり、目を擦ったりと、非常に眠そうであった。
バレックは、良い気分の目覚めであるのに、二人のその情けない姿を見るなり、大きく息をつく。
「全く、なんじゃ? その情けない面は? せっかくの旅の始まりじゃぞ! シャキッとせんか!!」
旅の始まりで、最初の、記念すべき野宿だと言うのに、二人がこの体たらくでは、先が思いやられると言うものだ。
因みに、二人の立場を守る為にフォローをするなら、ルイスはブドウ園の息子であり、早朝からの仕事は慣れており、勇者としての訓練時も朝から規則正しく起こされている。
イリアは、早朝のランニングから入り、家の仕事の手伝いや、シャンデルの元聖騎士であるハイドとの稽古やらと朝からの活動は慣れていた。
なのに、今こうして二人が眠そうなのは、野宿という周りに晒された環境、親しまれた枕や布団が無い、そう言ったデリケートな部分からきているのかも知れない。
だとすると、これからの旅は、バレックの思う通りに思いやられるものになりそうだ。
「お前が夜中まで、テンション高く、喋ってくれるから、こっちは眠気がぶっ飛んでなかなか眠れなかったんだよ!!」
「そのくせ、アンタは『む、眠くなった。寝る!』とか、言って話の途中で眠ったんじゃない!! 六百年前の勇者との死闘の話をそんな中途半端まで聞かされて、先に寝られたこっちの身にもなりなさいよ!!」
なにやら、二人に怒られてしまった。
どうやら、バレック自身が夜中まで、二人を話に付き合わせて、先に寝てしまった結果が、二人の寝不足の原因だったようだ。
バレックの中身は、魔王であり、魔王自身は二、三日寝なくても平気だったのだが、人間の身体になったが故に、寝るタイミングが余り掴めておらず、眠くなったら寝る、という単純な行動の結果、話の途中でも構わずに寝てしまった。
またその話が、魔王と勇者の激闘が語られていたのであれば、勇者であるルイスも、戦闘マニアであるイリアも興味をそそられて、大興奮だったのだろう。
その話が、眠くなったと言う理由で止められて、再生される事の無いものなら、これは蛇の生殺し状態と言っても過言ではないだろう。
しかし、よく考えて見ると、勇者が魔王を封印した武勇伝を熱く嬉々として語るならともかく、魔王が勇者に封印された失敗談を熱く嬉々として語るのは、如何なものかと思ってしまう。
「おぉ、それはすまん」
普通に謝った。
それで、二人が許すかどうかは別として、素直に謝るのは良いことだ。
「次同じ事したら、容赦なく殴るわよ!」
「物騒じゃのぉ。ちゃんと謝ったではないか。許せ」
さすがは、中身は魔王である、ふてぶてしいにも程がある。
これから先も野宿で同じ環境で寝るとなった時、そんな事を毎回やられたら、本当に寝不足でいざというときに、戦えなくてやられてしまうのではないだろうか。
まさか、魔王の狙いはこれなのか?
こんなケチなやり方で、勇者を仕留めるつもりなのか?
せめて、今日は、何処かの村にでも辿り着きたい所だ。
「近くに町か、村はあったかな」
そう言って、ロットに乗せてある鞄の中から地図を探して、取り出した。
地図を見ると、南にドミアという小さい村がある。
そこから、更に南へ向かうと、険しい山道があり、それを越えればガランドロックがある。
最西端まで行けばオーラム、北へ戻ればシャンデル、北東へ行けばクロックベルン。
バースモアは、南東に大きく構えている。
それでも、人間の国土と魔族の国土で考えれば、バースモアは小さいとも言える。
どの国に行くにしても、最終的の目的地であるバースモアへは遠退く事になる。
別に何処かの国へ行く必要はないので、ドミアの村を先ずは目指して、そこから別の村や町へと行けば良い。
「とりあえず一番近いのは、ドミアの村だ。そこを目指すか」
「その村には、何があるんじゃ?」
「さぁ? 小さい村みたいだから、何も無いんじゃないか?」
「そんな所へ行ってどうするつもりじゃ?」
「どうもしないさ。ご飯を食べて、休めるなら休めば良い」
「なんじゃ! 誰も仲間にならんのか?」
旅をしていると言うのに、仲間を増やさないとは、何とも旅の醍醐味が分かっていない、と言いたげである。
「あのね、旅だからって、毎回村や町へ寄れば仲間になるシステムとか無いから! マーセルの街でだって、仲間に誰かなった?」
「むぅ、言われてみれば、仲間を増やすのを忘れておった……」
マーセルの街で仲間が出来なかったのは、自分の失念の問題である、と思っている。
そうじゃないんだが。
「とにかく、ドミアの村には行く。そこで何か情報を得よう。誰か、凄腕の魔術師や僧侶、戦士なんかの噂とか無いか訊けば良いだろう?」
「おぉ、なんか、旅っぽいの! だが、もう戦士など要るまい!! これ以上ガチムチが増えてどうする?」
「誰がガチムチよ!」
きっと近距離タイプがもう要らないと言いたかったのだろうが、バレックの言葉チョイスがイリアのツッコミを誘発させる。
そして、何をもって旅っぽいのかは、バレックの感性の問題なので、誰もツッコミは入れない。
三人は、次の目標を決めると、マーセルで購入しておいた、日保ちする乾燥された肉を引き千切るようにしながら食べ、ロットは既にそこら辺の草を食べて食事を済ませていたので、休んでいた。
「余り旅で浮かれんなよ。バレックを殺した盗賊が近くにいる可能性もある。正面から襲ってくるようなタイプでも無いらしい分、一層気を付け無いと」
肉を噛み千切りながら、バレックへと忠告する。
今、魔王が宿にしている身体は、盗賊に殺されたバレックの身体で、マーセルの街に寄った際にも、ノークと言う男が何者かに殺され、三人はそれも同じ盗賊の仕業なのでは、と考えていたのだ。
「お主は、相変わらず心配性じゃな。ワシらがわざわざ狙われる理由も無いだろうに」
「まぁ、そうなんだが……その手際の良さというか、自警団を何とも思わずに襲うような盗賊なら『灰色の鬼』を連想してしまって」
「なに? そのグレイオーガって?」
「ワシも知らんな。強いのか?」
「俺もシャンデルの時の噂でしか聞いた事は無いんだが、一応義賊っぽい事もしてるようなんだが、特定の依頼や自分達で決めたターゲットを狙って、襲うらしい。特に頭が三人居て、『三鬼傑』と呼ばれる程に腕の立つ奴がいるらしい。そいつらなら、バレックやノーク、自警団の人達ですら殺られるのも仕方ないだろ?」
「ほぉ、そんな連中がおるのか?」
「へぇー、知らなかった! 強いなら戦ってみたいかも」
「主にクロックベルンが活動拠点らしいから、違うとは思うんだが、最近になって噂を聞かなくなったみたいだから、クロックベルンから離れて、別のやり方をしている可能性もある」
灰色の鬼の三鬼傑、四大国の内、屈指の武力国家であり、聖騎士最強ロウエンがおり、名だたる騎士が連なるクロックベルンでさえ、手を焼いていた。
その事実がルイスの不安を煽っていたのだが、その不安はまるで意味の無いものである事に、ルイスは気付く事は無い。
何故なら、その灰色の鬼は二年前に、たった一人の人間により壊滅させられたのだ。
その大胆不敵な、純粋な強さへの欲求心を持った者が、まるで道中のおつかいの寄り道程度に壊滅させてしまった。
その壮絶な一人の人間と灰色の鬼の三鬼傑の戦いは、また別の物語である。
三人は、それに気付かない。
気付く事はないのだ。
なので、その事実があるにも関わらず、ルイスの不安は消える事はない。
簡単な朝食を終えた三人は、先程の話をした事もあり、気を引き締めて、ドミアの村へと向かっていく。




