魔王は本当に旅に出る
「おい! 話が違うじゃないか!? なんで、アイツが生きてんだよ!!」
マーセルの街より、少し離れた死角の多い茂みで、怒鳴る男の声が響きわたる。
「おいおい、そんな興奮すんなよ。しかし、俺は確かに殺したぜ?なんかの間違いだろうよ」
酒焼けをしたような、ざらついた男の声が、怒鳴る男とは対照的におどけた感じで反論する。
暗く、茂みや木々が多くて、二人の男がどこで話しているのかも分からない。
「馬鹿言うな! こっちは生きてる奴を見てるんだ!! 生き返ったとでも言うつもりか?!」
男の興奮は止まない。
何故、男がこんなにも怒鳴っているのか、その理由も分からない。
「案外、そうなんじゃないのか? 生き返ったんだろ? それで良いじゃねぇか。」
酒焼け声の男は、全く取り合おうとせず、おどけたままで馬鹿げた理由すらも興味無さげに肯定した。
「いい加減にしろよ! そんなんで納得出来るか!?」
「納得出来なかったら、どうなんだ?」
酒焼け声の男は、余裕たっぷりに、威圧的に聞いた。
「うぅ……」
その威圧感に、怒鳴り声の男は、唸るだけで何も言い返せなくなってしまった。
蛇に睨まれた蛙の如く、先程まての威勢が消え失せてしまった。
「てめぇが、納得しようが、しまいが、そいつが生きていようが、いまいが、そんなもん関係無いんだよ。俺は確かに殺した。仕事はキッチリするのがポリシーなんでな。んで、てめぇが、納得しねぇなら、しねぇで、俺は文句ねぇ。文句はねぇが…分かるよな?」
最後の言葉に凄みを帯びており、まるで呪文のように怒鳴り声の男は怯えきってしまい、
「わ、分かってるさ。悪かったよ。俺もどうかしていた。別にあんたのせいじゃない」
「だろぉ? そうだよな? なんだ、分かってんじゃんか。なら、もう何も言う事はねぇよな?」
「あ、あぁ」
もはや、酒焼け声の男の言葉は、呪いのように、怒鳴り声の男の精神を蝕んでいく。
ほぼ、酒焼け声の男の言いなりになっていた。
「本当に悪かった。後は、自分でなんとかするよ」
「そいつはつれねぇなぁ! 俺とお前の仲じゃねぇか! 仕事はキッチリするって、言ったろ? まだ片付いてねぇっていうなら、俺も片付けねぇと気分が悪くてな!」
「え? じゃあ…」
「片付けてやるよ」
「本当か?」
「あぁ、本当だ」
酒焼け声の男がそう言うと、急に風を切るようや音が聞こえ、その後、茂みにドサリと何かが落ちるような音がも聞こえた。
「てめえを片付けりゃあ、それで終いだ。しかし、勇者か…面白そうだな」
酒焼け声の男は、そう呟いた。
--翌朝、バレックは目を覚ました。
昨晩の事を思い出す。
本当の所、魔王の心中は、バレて良かったと思っている。
このまま騙し続けて別れを告げる方が、魔王にとっては辛いものだった。
約束通りとはいかなかったが、結果オーライとも言えた。
そして、ノークの事だ。
ノークの心配は分かるが、魔王が言い逃れが出来る程度には、何らかの奇跡的な要素で助かる事はある。
実際に生きて帰ってきている以上は、そうなのだろうと信じるものだ。
それを信じられないのは…死んでいると確信があったのだろう。
もしくは、生きていて欲しくなかった。
バレックの記憶から、バレックがソソノの森へ行く事になったキッカケ自体も、ノークである事から、ノークが何らか今回の一件に絡んでいるのでは、と考えていた。
「あなた、朝ごはんですよ」
マリーの声に、そこまで考えていた思考を一旦止めて、食卓へと向かった。
三人で楽しく朝食を堪能し、旅の支度をする。
「パパ、お仕事?」
トウマがあどけない顔で聞いてくる。
「あぁ、パパは、勇者様と旅に出る事にしたんだ」
「パパも勇者様になるの?」
「はは、勇者様にはなれないが、みんなを守る為に戦ってくる。だから、トウマは良い子にして、ママを守ってやるんだぞ!」
「うん! ボクも頑張ってママを守る!」
トウマは、言われるままに自分の大変な使命を嬉しそうに誇った。
「あら、それは頼もしいわ。トウマはママの勇者様ね」
そう言って、マリーは優しく、トウマを抱き締める。
「うん! ボクも勇者様だ!!」
その二人の様子を見て、この二人の未来が、運命が明るいものになるように心から祈った。
旅の支度が整って、ルイスとイリアのいる宿へ向かおうとしたが、向こうからやって来た。
恐らく、昨日の事もあるから、少しでも早めに出ようと思ってくれたのだろう。
それぞれが、朝の挨拶を交わして、外へ出る。
来た時とは反対方向の門へと全員で向かう。
マリーもトウマも最後まで見送ってくれるつもりだ。
朝なので人通りは少ない方ではあるが、自警団の人間は、仕事へ向かうのか、忙しなく移動していた。
門の前には、ラマダ会長と馬のロットが待っていた。
勇者と旅立つ事は分かっていたので、旅立つなら朝早いだろうと踏んでいたらしい。
「お前は、自警団の代表だ。恥を晒すんじゃないぞ。そして、生きて帰ってこい!」
「はい。肝に銘じます」
絶対に守れない言葉ではあるが、バレックとして、そう言うしかなかった。
マリーも複雑な心境で、その言葉を聞いていた。
「勇者殿もお気をつけて、ご武運を祈っております。イリア殿も活躍期待してますぞ」
「ラマダ会長、ありがとうございます。必ず魔王を封印してきます」
「アタシもご期待に応えられるように頑張ります。それにマリーさんも、約束だからね」
イリアは、昨日の夕食の約束の事は、本気であるようで念を押して言った。
真実を知っているイリアにとっては、勇者の旅が終わった後、それで少しでもマリーの気晴らしになってあげたい、そんな気持ちもあった。
「ふふ、そうですね。私もそれまでにもっと腕を磨いてますわ。勇者様もあの人を宜しくお願いします。そして……」
そう言うなり、バレックへと近付いていき、耳の近くにまで唇を寄せた。
「私の夫の身体なので、くれぐれも大事にしてくださいね。でないと、私、何するか分かりませんから」
囁くように言うと、不敵に笑った。
美しい容姿なだけに、それが逆に恐く感じて、魔王は本当に恐怖した。
「大丈夫だ。ちゃんと大事にするさ」
必死に平静を装って、両腕を広げて大丈夫だとアピールする。
「パパ! お仕事頑張ってね!」
「あぁ、頑張ってくる」
「勇者様もイリアお姉ちゃんも、また遊んでね!」
「必ず遊びに来るよ」
「今度は朝から晩まで遊んであげるからね」
皆に別れの挨拶を済ませ、三人は手を振って門へと向かった。
マーセルの街から外へと出る。
その前に、後ろから慌てた様子で走ってくるモンドが呼び止めた。
「待ってくれ! アンタ達!」
その呼び掛けに、三人も足を止めて振り返った。
ラマダ会長も訝しげにモンドに問う。
「どうしたんだ? そんなに慌てて」
「いや、それが、今朝街の近くにノークが殺されているのが発見されて……」
全員が驚いて、顔を見合わせた。
--モンドが呼び止めたのは、ノークが何者かに殺されていたから、道中気を付けるように、そう伝えたかったからだ。
ラマダ会長は、自警団全体に見回りの強化や、現場を見に行く為にすぐに動き出して、マリーとトウマには念のために家へと帰って貰った。
三人も警戒するように言われて、門を潜って、マーセルの街を出た。
「一体、誰が何の為にノークって人を殺したんだろ?」
「分からん。が、バレックを殺した盗賊と何やら関係があるやも知れんのぉ」
バレックがそう呟くように言った。
どういう事なのか、二人には理解が出来ずにいた。
「なんで、それの件と今回の件が関係あるんだよ?」
「マリーが言っておったのだが、どうやら、ノークと言う男は、ワシが生きておった事に大層驚いておったらしい。なんなら、生きている事すら喜んでおらんような言い方じゃった」
「バレックって、ノークって人と仲が悪かったの?」
「それが、逆じゃ。昔馴染みで、よく酒を酌み交わしておったようじゃ」
「それじゃあ、なんで……」
「ワシの推測では、嫉妬じゃ。バレックの記憶のノークは、マリーへの視線がかなり執拗に見える」
そこまで説明するとルイスが、ハッとなり、バレックへと向いた。
「盗賊と何らかの取引をして、バレックを襲わせたのか?」
「ワシは、そう考えておる。そして、バレックが生きておった事を、文句の一つでも言って、それを面倒に思ったのか、殺された」
嫉妬による怨恨で、盗賊と裏で繋がって、バレックを殺害…
仮にも自警団である男がそんな事をする訳がない。
「さすがにそれは飛躍し過ぎてないか? バレックも気付くだろ?」
「バレックという男、思ったより鈍感らしい。そのせいでマリーにバレてしまったわ」
「はぁ?!」
「はぁ?!」
二人が同時に反応した。
「バレたって大丈夫なのかよ?!」
「大丈夫じゃから、こうしておるではないか。まぁ、殺されかけたがな」
「マリーさん、大丈夫かな」
イリアは、マリーに対して、女性として少し嫉妬はしていたが、それ以上に憧れもあり、女友達が余りいないイリアは、珍しく仲良くなりたいと思っていた。
「大丈夫じゃ、マリーという娘。なかなかに気丈で心の強い女じゃったぞ」
「それなら、良いけど、あれで気付かれるとはな」
「それがバレックの鈍感さのせいなんじゃ! っと、そんな事よりも、話の続きじゃが、セリナでのグスタフの事を覚えておるじゃろ?」
当然、最近の事なので覚えている。
「あぁ、アイツがどうした?」
「あやつと一緒じゃよ。もし、昔馴染みのノークがバレックに対して、昔から嫉妬していて、更に自分も心寄せておったマリーを取られたとなれば、どうじゃ?」
バレックは、自警団の中でも指折りの実力者で、ラマダ会長からの信頼もある。
そんな男とずっと一緒に、側に居たのだ。
ノークの心境で言えば、グスタフ以上の劣等感であっただろう。
そして、才色兼備のマリーすらもバレックへと想いを寄せるのだ。
ノークにとっての人生は、バレックによって全て奪われたのも同然であった。
それなら、そこまでのものをずっと抱えていたのなら、何を仕出かすのか分からない。
何を企んでも可笑しくない。
それに気付かないバレックの鈍感さは致命的でもあった。
「それで盗賊と……」
あり得なくない。
後は、盗賊が首を縦に振る条件さえ用意すれば良いのだ。
だとすれば、ノークが殺された以上は、これ以上マーセルの人が狙われる事は無いと思うが、安心は出来ないだろう。
「何はともあれじゃ。バレックとの約束も果たした事じゃし、ここから本当の旅の始まりと言う訳じゃ!」
足を止めて、ルイスに向かい合う。
「お主達、これから宜しく頼むぞ!」
「あぁ、こちらこそ、宜しく」
「まっ、まだ信用してないけどね」
バレックは両腕を伸ばし拳を突き出し、二人も片腕で拳を突き出して、拳同士を合わせた。
人間の身体になってしまった魔王、魔王の身体を乗っ取った男、バレックとノークを殺した盗賊。
まだよく分からない要素含んで、この先に波乱が待ち受けている事であろう。
それでも、三人の旅立ちは晴れた空のように、明るいものだった。
第一章を無事に終える事が出来ました。
TwitterやSNSをやってませんので、周りへのPRを行ってないにも関わらず、誤字報告、評価をくださった方々ありがとうございます。
勿論、いつも読んでくださってる方々ありがとうございます。
次回から、二章へ突入しますので、そちらもお楽しみください。




