子供の無邪気さ
街の商店街、食材のみならず、雑貨や武具、リオメタル等も取り扱う店舗もあり、主婦だけで無く、多くの人種で賑わっていた。
マリーは、鼻歌等を歌いながら、陽気に買い物を進めていく。
本来なら、六歳になるトウマと二人きりの食事だったが、それが五人にもなったのだ。
しかも、その内の一人が大食漢である旦那なので、本日予定していた白身魚のソテーとスープ等では、足りないに決まっている。
軽かった籠の中は、今ではこぼれ落ちそうな程に食材が詰まっていた。
「買いすぎたかしら? でも、あの人なら、全部食べてくれるわね」
籠に目をやって、さすがの量に不安になったが、バレックはマリーの作る料理を残した事がない。
その信頼から、深く考えるのを止めて、更にデザートまで購入してしまっていた。
この量の食材を今から作るのは、至難の業であるが、そこはバレックを旦那としたマリーの腕は見事な物で、他の追随を許さぬ包丁捌きで、三品、四品は軽く同時に作れてしまう。
ようやく買い物を終えたマリーは、家へと帰ろうとしていた。
「マリーさん、聞いたぜ。バレックが帰ってきたんだって?」
後ろから、呼び止められて、バレックが生きて帰ってきた報せを受けた、自警団の男が声を掛けてきた。
「あら、ノークさん。そうなのよ。ふふ、あの人、とても元気そうで良かった」
ノークは、バレックと比べれ細身だが、華奢という訳ではなく、締まった筋肉で、緑がかった短髪が特徴だ。
バレックとは昔馴染みで、良き仕事仲間であり、飲み仲間でもあった。
そんなノークが、バレックの帰りを喜ぶ感じてはなく、逆に怪訝そうな顔をしていた。
「それは、可笑しいんじゃないか?」
何かを不審に思っている。
バレックが帰ってきて、何が可笑しいと言うのだろうか。
「それは一体どういう事でしょう?」
マリーは、それほど気分を害した様子もなく、ただ、不審に思っている理由があるのだろうと、突っぱねる事もせずに聞いてあげた。
「バレックは、盗賊に襲われたんだよな? だったら、生きて帰って来れないだろう」
盗賊は死神である--なんて事をノークは、言っている訳ではない。
普通、商人の護衛なら、盗賊に襲われても、積み荷を奪われれば、命まで取ろうとはしない。
だが、今回のケースの場合は、自警団そのものをターゲットとして、狙っていた可能性が高い。
それなら、自警団の命を奪いに来ているはずなので、撃退でもしない限り、命が助かるはずがない。
ノークは、そう言いたいのである。
「あれは、偽者か、なんかじゃないか? マリーも気を付けた方が良い」
ノークは、鋭いところをついてきた。
確かにノークの言う通りで、バレックは既に死んでいる身である。
魔王の魂が身体に入ったからこそ、こうしてマーセルの街へ、マリーの所へ帰ってこれている訳である。
「お気遣いありがとうございます。でも、確かにあの人は、あの人でしたよ」
マリーは、そのノークの言葉を疑っている訳ではないが、自分の見た物、聞いた物、それがバレックを示している以上、バレックが偽者であるとは、到底思わない。
「いや、しかし、マリー! 絶対に奴は--」
「大丈夫です。私も自警団会長の娘です。何かあれば、そのくらいの覚悟も、対応も出来ます。なので、心配いりません」
必死に説得しようとするノークの言葉を遮り、力強く、優しい声でノークを静止させた。
その言葉にノークは、もう何も言わなかった。
「それでは失礼しますね」
一言残して、マリーは自宅へと歩いていく。
--そんなバレックとマリー、トウマの住む自宅は、三人で住むのに丁度良い大きさの家であった。
会長の娘、自警団の隊長の家にしたら、質素ではあるが、バレックの性格にしても、マリーの性格にしても、それほどまでの欲求は無いのだろう。
バレック達は、自警団の本部を出て、もうじき家へと到着する。
「しかし、勇者殿。あんなに挙動不審では、バレてしまうだろう。もう少し気を付けた方が良い」
魔王は、バレックの口調のまま言う。
何処で誰が聞いているか、分からないから、当然マーセルの街では、喋り方を戻すような事はしない。
「仕方ないだろう! まさか、あそこまで、上手く話を持っていけるなんて思ってもなかったし……てか! そういうのは、初めから教えておけよ!」
その通りである。
セリナの村の件なんかは、先に話を合わせておくべきである。
それをしなかったのは、恐らく考えてなかったから、思い付きの行き当たりばったりだったのだろう。
「でも、マーセルの街ってか、会長さんも話の分かる良いおじさんだったじゃない」
イリアはご機嫌だった。
女性てある自分を、関係無しに実力者として、認めてくれている辺り、かなり印象は良かった。
セリナの村から、遠くもないし、勇者の旅が終わったら、本当に自警団になっているのかも知れない。
「そうだな。ラマダ会長は、その辺の偏見はないからな。ストイックな所と良い、きっとイリア殿とは気が合うだろう」
そうこうしていると、家に到着した。
別段、他と街の人と離れた所に住んでいる訳でもなく、明らかに立派な家に住んでいる訳でもなく、住宅地の並びに紛れているので、特別感はまるでない。
言われなければ、何も思わずに通り過ぎてしまう所だ。
「ここが俺の家です。遠慮無く入ってください」
中身が魔王だと知っているせいで、二人には、この台詞がとても白々しく聞こえてしまう。
それでも、バレックは構わず、扉を開けて中に入った。
中は広い玄関があり、二階の階段と廊下があった。
「トウマ! 帰ったぞ!」
バレックは、中でお留守番をしていると思われる、息子のトウマへ声を掛けた。
すると、奥からバタバタと可愛らしい足音が聞こえて、目がくりくりとした可愛らしい男の子が走ってきた。
「パパだぁー!!」
そう言ってトウマは、バレックへ飛び掛かった。
バレックは優しく受け止めてあげて、抱っこする。
「おかえりなさい!」
にへー、と笑いながらちゃんとおかえりなさいの挨拶をする。
二人は、それを微笑ましく見ていた。
決して、マリーさんに似ていて良かった、というような安堵からの笑みではない。
「あれ? でも、ママが、パパは、遠くに行ってるから、帰って来ないって言ってたよ?」
どうやら、そう言う事にしているらしい。
六歳の子供に父の死を伝えられる訳が無いし、マリー自身も信じられなかったのだろう。
「それが仕事が思ったより早く終わってな。だから、すぐに帰ってこれた」
「そうなんだ!」
トウマは、嬉しいそうにバレックに抱っこされた状態のまま、自分からも抱きついた。
「それより、トウマ! 勇者様を連れてきたぞ!」
「え?! 勇者様!? どこどこ?」
勇者の言葉にトウマは一際目を輝かせた。
そして、バレックの後ろにいるルイスと目が合った。
ルイスは、何となく笑顔で手を振ってあげる。
「ねぇ! パパ!! この人が勇者様?」
ワクワクとした表情で、バレックに聞いた。
「そうだぞ。あの人が勇者様だ!」
そう言って、バレックはルイスと向かい合わせになるように、トウマを下ろした。
トウマは、少し恥ずかしそうにルイスを見ては、すぐに目線を外して、バレックへと戻す。
バレックも、大丈夫だよ、と目でトウマを促して、バレックへ飛び掛かった時とは、違ってゆっくりと歩いてルイスへと向かっていった。
「こんにちは、トウマ君。勇者のルイスって言います」
ルイスもなるべく、トウマを安心させるように優しい口調で、声を掛けた。
「アタシは、勇者様と一緒に旅をしてる、イリアって言います。トウマ君、宜しくね」
イリアも、目線をトウマに合わせて、優しく自己紹介する。
「トウマです……宜しくお願いします」
さっきまでバレックと話していた時の元気良さは無くなっていたが、怖さからではなく、恥ずかしさから、なかなか大きな声が出せなかった。
それでも二人は、照れながらモジモジとするトウマが可愛くて、ずっと眺めていた。
見つめられて、恥ずかしかったのか、急いでバレックの所へと戻って、再び抱っこされた。
「なんだ。照れてるのか? せっかく勇者様が来てくれたんだぞ? 晩御飯まで、トウマと遊んでくれるんだぞ?」
「ほんとに? やったー!」
トウマは、また元気良く喜んだ。
今度は自分から下りて、こっちこっちと手招きして、ルイス達を自分の遊び場に招待した。
その動作、表情全てに癒される二人は、バレックと目が合い、本当にマリーに似て良かったと、今度こそ思った。
本当に失礼な話だ。
--暫くトウマと遊んでいると、マリーも買い物から帰ってきて、一通り挨拶を済ませ、息子と遊んで頂いてありがとうございます、等のお礼も言いつつで、食事の支度に入った。
子供はすぐになつくもので、すっかりルイスとイリアにも元気にお喋りが出来るようになっていた。
バレックもトウマの相手をしつつ、マリーを気に掛けてあげて、手伝おうとするが、マリーにとっては、このキッチンというフィールドではバレックは足手まといでしかなかったので、子供と一緒にいるように釘をさされてしまった。
本当にあっという間に、凄い数のご馳走がテーブルに並んでおり、まだキッチンにも鍋の中にスープなんかも、待機していた。
数が凄いだけではなく、彩りも良く、健康に気遣われているバランスの良い料理だった。
ただ五人でとはいえ、この量を食べるとなると、健康云々より、食べ過ぎで身体に悪いのではないかとも、考えさせられてしまう。
皆で手を合わせていただきます、をして、食事が始まった。
「やっぱり、マリーの料理は最高だな! どうですか?勇者殿?」
「いや、本当に美味しいです! これはシャンデルの料理人にまるで引けを取らない腕前ですね」
「ははは! そうでしょう!!」
「まぁ、ありがとうございます。頑張って作った甲斐がありますわ」
ルイスも別にお世辞のつもりはなく、本当にそれほどまでに美味しかった。
気立ても良くて、料理も美味い、本当にバレックが夫である事のが不思議でならない。
「本当に美味しい! アタシもマリーさんに料理習おうかな」
イリアは、ボソッと言う。
イリアも料理は出来ない訳ではない。
なんなら、そこそこに美味しい料理を作るのだが、材料や調味料が大雑把なので、味が濃くなり、男性受けは悪くない料理を作るのだった。
「あら、私で良ければ、全然お力になりますよ」
「本当に? 旅が終わって戻ってきたら、教えてくださいね!」
「イリアお姉ちゃんは、勇者様にご飯作ってあげるの?」
トウマは、マリーから料理を習おうとするイリアを見て、マリーがバレックにご飯を作るように、イリアはルイスに作るのだと純粋に思って聞いた。
その純粋な質問に、イリアもルイスも顔を赤くして、黙ってしまった。
二人が困ってしまったのを見て、バレックは笑って、
「はは、勇者様も隅に置けませんな」
「ふふ、あなた。駄目ですよ。ごめんなさいね。でも、私も応援はしてますわ」
「マリーさんまで!! そ、そんな意味で言ったんじゃないですから!!」
さすがに黙ってばかりもいられなくなり、イリアは精一杯否定する。
トウマは、それを見ながら何が可笑しいのか分からずに、頭の上にハテナを浮かべていた。
ルイスは、とにかく黙って食べて、やり過ごそうとする。
「そうムキにならなくても良いじゃあないですか。まぁ、せっかくのご馳走なんで、落ち着いて、食べてください」
バレックが、イリアを宥めて、不服そうにしながらも、食事を再開した。
あれほどあった食事だが、バレックは勿論、ルイスもイリアも食べる方だったので、テーブルから全ての料理が消え去ってしまった。
一息ついた後に、デザートも出てきて、それを堪能した後は、温かいお茶をすすって、和やかな一時を、過ごした。




