狂言の呪縛
シャンデルの王宮内。
石造りの格式のありそうな床に、肌触りの良さそうな淡い黄色の混ざった壁が長く続く廊下に、二人の聖騎士が立ち話をしていた。
一人は白に銀色が混ざった髪で、肩の手前程まで伸びており、後ろで束ねている二十位の青年で、もう一人は、黄色の髪をツンツンに逆立てた三十位の男だった。
銀色の髪の青年は、何か面白い話でも聞いていたのか、大層に笑っていたが、ツンツン頭の男は、非常に面倒臭そうな表情で、それを見ていた。
「笑い事じゃねぇよ。こっちはそれでずっとアイツの相手をしていたんだぞ? こっちが頭可笑しくなりそうだわ。そんなに面白いと思うなら、リック。お前が代わりにやれよ」
「ははは、冗談じゃないですよ。そんな変な奴の取り調べなんて御免です」
リックと呼ばれた青年は、それを楽しそうに断る。
見てる分には楽しいものだが、実際自分がその立場になると非常に嫌なものだというのは、よくある話だ。
「えと、何でしたっけ? 魔王が人間になっていて、勇者であるルイスが仲良く世界征服を企んでる、でしたっけ? はははは! どんな言い逃れだよ! 嘘でも、もっとマシな嘘あるだろ? そんな奴の相手をずっとやってるバージさん、マジでリスペクトです。はははは!」
「お前だけは、絶対に困っても助けてやらんからな。全く、もっと先輩を敬えよ」
どうやら、このバージと言う男は、ルイス達が身柄を拘束したグスタフの取り調べを行っているらしい。
勇者への逆恨みから、完全に周りが見えなくなってしまい、子供を人質に取り、魔王と名乗る人間の男を途中までは、狙い通りに甚振っていたが、思わぬ反撃を受けて、現在シャンデルの王宮にて取り調べを受けて、牢へと身柄を拘束されている。
そんな男が繰り返し、魔王は人間で勇者と世界征服を企んでいると、興奮状態で言っているのだ。
それをずっと聞かされているバージは、自分が拷問にでもあっているのではないか、と錯覚してしまいそうになる。
何とか合間の時間でゆっくりと休憩を取りながら、後輩騎士のリックに愚痴っていたのだが、完全に他人事で笑われる始末だ。
バージの心は休まる事は決してなかった。
「で、どうするんですか? それを報告するんですか?」
「そんな訳にはいかないだろう。何の根拠もないどころか、子供が聞いても嘘だと分かるレベルの事を、わざわざ王へ報告したら、怒られるのは俺だぜ?」
「い、言えてる……だっはっはっは!」
爆笑するリックを、見てバージは大きく溜め息をついた。
本当にろくでもない後輩を請け負ったものだ。
コイツが勇者にならなくて良かったと心底思った。
「出来れば、しっかり罪を自供させたかったが、村からの証言もあるから、もうこれ以上は、取り調べも良いだろう」
村の人間の証言、元騎士ハイドやその場に居たルイスにも話は聞いているので、その言葉で十分罰せられる。
そもそも、グスタフは、元勇者候補者であり、それを逆恨みしているのは明白である以上、ルイスの邪魔にならないように、このままシャンデルの牢に監禁し続けておくのが、妥当だと思っている。
「それは、職務怠慢ってもんじゃあないですか?」
「だから、そう思うなら、お前がやれってんだ!!」
「おや、大声を出されて、どうされましたか?」
バージは、後ろから声が聞こえたので、振り返ってみる。
そこには、四十半ばくらいにも関わらず、割りと肌の張りも良く、優しげな顔立ちからか三十位に見えなくも無い。
茶色の髪はやや赤みがかっていて、首筋から少し背中にまで伸びており、神官の様な格好をしている男が歩み寄ってきていた。
「あ、ゼルス様。おはようございます」
「ゼルス様!? おはようございます! すみません、騒がしくしてしまって……」
リックも今気づいたようで挨拶し、バージもこんな廊下で大声を張り上げているのを、導きの一族のゼルスに聞かれてしまった事に、恥ずかしさを隠しきれずにいた。
「いえ、構いませんよ。何やら大変そうなお話をされていたみたいで」
ゼルスは、やんわりとバージの想いを受け止めてあげて、その心中を察するように言う。
やはり、導きの一族、魔を祓う一族は、リックと違って誠実な人だと安心する。
「大変って訳でも無いのですが、昨日セリナの村の騒ぎで連行されてきた、男が訳の分からない事を、ずっと言っていたので、その相手で疲れてしまいまして
」
「あぁ、あの勇者、ルイス殿が、セリナの村で暴れていたグスタフという男を捕まえたという話ですね。それで、訳の分からない、というのは?」
ゼルスもその報告は、受けていたみたいで、グスタフが何者で何の目的で暴れていたのか、までは聞いてあった。
「魔王が人間の姿になっていて、勇者はそいつと一緒に世界征服を企んでるって言うんです」
それを聞いたゼルスも吹き出すように、それでもリックとは違って品のある笑い方をしていた。
「ゼルス様まで……」
「やっぱり、笑っちゃいますよね?」
「あ、いえ、申し訳ありません。なかなかの想像力をお持ちの方なんですね。グスタフという男は」
ゼルスも、バージの言葉で先程の大声の原因を察したようで、謝罪をして、傷付けないようにグスタフの狂言をフォローする。
「その話をずっとしてくるので、取り調べをしてるこっちが参ってしまって、もう取り調べを切り上げようと思ってます。そのグスタフの話を陛下へ報告をするか、どうかも悩んではいるのですが、根拠も無いので、大丈夫ですよね?」
嘘であると、狂言であると、分かっているような内容の話を証拠も無く、わざわざ王へ報告する必要は無いと、バージ自身判断してはいたが、ここにゼルスが来たので、丁度良いと思って、一応伺いを立てた。
「はい、大丈夫だと思いますよ。その話を陛下にしても、陛下も信じはしないでしょうし、根拠もありません。わざわざ陛下の時間を、その事に費やすのも勿体ないでしょう」
「ですよね! 良かった。とりあえず、この一件はもう終わりにしよう! ゼルス様! ありがとうございました」
ゼルスの言葉を聞いて、バージはようやく呪縛から解放されたような清々しい気分になり、先程までの憂鬱さは消えて、ゼルスに頭を下げた。
「いえいえ、私は何もしてませんよ。しかし、バージさんも大変でしたね。お務めご苦労様です」
本当に良い上司だ。
後輩も少しは見習って貰いたいものだ。
リックは逆につまらなさそうな顔になっていて、それを見たバージは呆れていた。
「それでは、グスタフの処遇の手続きがありますので、これで失礼します!」
解放されるとは言え、もう一度グスタフと顔を合わせて話さなくてはならないのは、気が重い所ではあるが、これが最後だと思うと、全然耐えられる。
早く終わらせようとバージの足取りは、かなり早足になっていた。
「しかし、気になりますね」
「グスタフの話がですか? そう言えば、今回はいつもと違うって、仰ってましたもんね。けど、あの話が本当とは--」
「えぇ、私もルイス殿を信頼しておりますので、その様な事は万が一にも無いでしょう。ただ、嫌な予感はしますね」
「それって、ルイスの身に何かあるかも知れないって事ですか?」
導きの一族であるゼルスが、嫌な予感というのだ。
魔王の復活や魔族の襲撃等を予見出来るゼルスが、言うからには、グスタフの狂言とはレベルが違う。
親友であるルイスの身が心配になり、先程までのふざけた態度は、一切無くなっていた。
「大丈夫です。私の方でも調べておきますので、リックさんは安心していてください。それに何かあってもルイス殿なら乗り気ってくれるでしょう」
心配させまいと、優しい笑顔をリックへと向けた。
それに対して、リックもゼルスの言うことなので、気休めでも無いと思い、笑顔を返して、首を縦に振った。
「私もこれで失礼致します。リックさんも騎士としてのお務め頑張ってください」
ゼルスは軽く会釈をして、長く続く廊下をゆっくりと歩いていった。
リックも会釈を返して、その後ろ姿を暫く見た後、自分の仕事へと向かっていく。




