見極めるべきこと
セリナの村から送り出された三人は、暫くは道なりに歩いていた。
勇者の旅は、最終的には導きの一族の村へと赴き、その後はバースモアに足を踏み入れて、魔王の所へと向かう事になる。
つまり、それまでの道中というのは、全くの自由で、特にどこに寄らなければいけないと言う事はない。
基本的には、魔術師や腕利きの戦士、最近で言えば『魔族狩り』と呼ばれる、自ら積極的に魔族と戦う為に訓練し、それを生業としている集団もいるというので、その者達を仲間にするのも良いだろう。
とは思うのだが、隣に魔王がいるとなれば、その者達も仲間どころか、敵対心を抱いてしまわないか、不安は尽きない。
「さて、ここから何処へ向かおうか」
ここから先、向かう場所によって、分岐されているので、どちらに行くにしても、そろそろ進行方向は決めておきたかった。
「おぉ、そうじゃった! それなら、まず寄りたい所があるのだが、良いか?」
「寄りたい所? 何処へ?」
魔王に寄りたい所なんてあるのか、二百年前に何かあった場所でもあるというのか、興味はそそられた。
「いやなに、バレック本人の希望じゃよ」
バレックは自身を親指でさして、魔王の魂の宿主であるバレックを示した。
「身体を借りる時の約束でな。バレックの故郷であるマーセルの街へ行ってもらいたいのだ」
「それは構わないけど、行ってどうするつもりだよ?」
「こやつの嫁に生きておると告げて、勇者の共として旅をするように伝える」
「え? バレックって、奥さん居るの?!」
イリアがあからさまに驚いた。
人間のバレックは、まだ死んで間もない時に、魂が完全に離れる前に、魔王の魂が入ってきて、そこで自身の身体を宿にする事を許可するのを条件に、妻を心配させないようにと、伝えるというのだ。
「けど、大丈夫か? バレないのか?」
「安心せい! こやつの記憶があるので、偽る事くらい余裕じゃ!」
本当にそうだろうか。
俄には信じられないが、自身たっぷりなバレックの口振りをとりあえずは、信じる事にした。
マーセルの街というなら、ここから西の方向へ進み、歩いて行っても、夕方には到着出来るだろう。
あそこは、確かに自警団があり、自分たちで街を守っているイメージはある。
きっとバレックもその自警団の一人で、その仕事の途中で命を落としてしまったに違いない。
「そういえば、バレック本人は何で死んだの?」
丁度、ルイスも、そんな事を考えているタイミングでイリアが、その質問をした。
「盗賊に襲われたようじゃな。しかも、なかなかやり手のようじゃ」
やり手の盗賊……思い当たるのは、『灰色の鬼』と呼ばれ恐れられている集団だろうか。
しかし、彼らは主にクロックベルンの領地が拠点で、シャンデルからは程遠い。
他には『緑風の遣い』と呼ばれる義賊集団がシャンデルには、いるらしい。
悪政で利益を得ている所しか襲わない集団だとは聞いていたが、最近では悪い噂も耳にするようになったので、世代交代による方針変更なんて事も有り得なくない。
他にも名を知らないだけで、腕の立つ盗賊団は居るだろうから、判断はつかないが、本来の人間のバレックは、その体格を見るだけでも、そこそこの猛者である事が分かるので、そのバレックを倒したのだから、油断ならない集団がこの近辺に蠢いているはずだ。
セリナの村に被害が出ないとも限らない。
もし、手掛かりがあれば、叩いておく方が、この先の旅も安心出来るのだが。
「バレック。その盗賊って、心当たりとか無いのか?」
「さてな、襲われる理由も無ければ、本人も見覚えも無いみたいじゃ」
「そうか……」
一応は、各地に騎士達も駐屯し、配属されているので、何かあれば騎士達も動くから、心配し過ぎても仕方ない。
不安は残るが、全ての悪を取り除く事なんて、出来ないんだ。
それをしてしまったら、魔王の所へたどり着く頃には、大陸から悪どころか、人々が消えているかも知れない。
「まぁ、そう気にするな。盗賊何ぞにかまけてても仕方あるまい」
「分かってるさ」
考えている内に分岐へと到着する。
マーセルの街なので、西の方向へと進路を進めた。
割りと大きい街なので、その道も他と比べて舗装されており、綺麗で歩きやすくなっている。
「魔王ってのは、結構義理堅いもんなんだな」
盗賊の事は、考え出したらきりがないので、切り換えてバレックへと話題を振ってみた。
「まぁ、身体を借りておるからな。それくらいの礼くらいはしてやらんとな」
「礼をするのは良いけど、本当にバレないでくれよ。毎回俺の村みたいに上手く話がいく訳でも無いし、毎回あのハラハラを味わうのは心臓に悪いからな」
「まったく。大丈夫じゃというとるじゃろ。お主は心配し過ぎじゃ!」
「大丈夫じゃなかったから、心配してるんだよ」
「かはは! それもそうか!」
陽気に笑ってる場合じゃないぞ。
場合によっては、勇者の旅が終わる事にもなるのだから、細心の注意を払ってもらいたいものだ。
「でも、アンタを封印したら、バレックの身体は、また死体に戻るんでしょ? それって意味無いんじゃないの?」
「勇者との旅で華々しく散った。その方が見栄えが良いじゃろ? それに盗賊に襲われて死んだ時は、別に死別すると思わんかったから、何も言ってなかったようじゃから、別れの言葉、覚悟くらいはさせてやりたいんじゃよ」
何だかんだで、この魔王もお節介が過ぎる。
魔王なのに、そんなに人の世話を焼く必要があるのか。
身体を借りたとは言え、死んだ人間の世話を焼くのだから、世話焼きの鑑だろう。
イリアも気になっているのか、質問する。
「なんでアンタは、そこまでしたがるの? 別に放っておいても、アンタには問題無いでしょ?」
「簡単じゃ。ワシは人間が好きじゃからな!」
少し分かってきたと思ったが、やっぱり魔王という奴が分からない。
魔王が人間が好きなら、今までの歴史とはなんだったんだ。
どうしたら、こんな歴史になってしまい、現在に到っているんだ。
「じゃあ、なんでバレック……魔王は封印されるんだよ」
「それも簡単じゃ。ワシが人間が好きでも、魔族は人間を食う。そして、ワシはそれを止めるつもりはない。幾ら人間が好きでも、同胞を見捨てるような真似をワシはせんよ」
それは……どうにかならないのか。
戦わずに済む方法が無いのか。
それで毎回封印される事を、この男は選んでいたのか。
だとしたら、神への反逆……あの言葉の意味が少し理解出来た気がする。
魔族が人間しか食べられない存在だというなら、それを造り出した神が悪い。
魔王は、人間と敵対するつもりは無い。
ただ、生きていく為に食糧が必要なだけだ。
それが人間であり、人間もそれを了承出来ない以上、争うしか道はない。
こんな世界を造り出してしまった神がいると言うのなら、一体何の目的なのか、是非とも教えて頂きたいものだ。
昔は、魔族も人間以外食べるのがあったと言うのに、何でそれが無くなってしまったのか、それも神の気紛れなのだろうか。
待てよ。
「なぁ、昔は人間以外食べるのがあったって言ってたよな? だったら、それが何処かに残ってないか、探すってのは、どうだ?」
バレックは、その言葉に目を丸くして驚いていた。
また自分は馬鹿な事でも、言ってしまったのだろうか。
しかし、それ以外に共存出来る道は無いようにも思える。
「かっはっはっは!! お主は本当に優しいのぉ! そんな事を言う人間は久しぶりに会ったわ! ワシも考えなくはなかったがの。それでも、それだけでは無理なんじゃ」
「それだけじゃあ無理って何だよ。食う物があれば、魔族は人間を襲わずに済んで、二千年前のような暮らしになるんだろ?なんで無理なんだよ!」
「それは、言えんのじゃ。気を悪くせんでくれ。お主らを信用しとらん訳では無い。じゃが、それでも話す事は出来ないんじゃ」
「アンタが人間を食べるのを止めた理由と一緒だったりするの?」
「かはは! それはまた別件じゃよ! ワシも封印されとるとは言え、長く生きておるからな。色々あるんじゃ」
せっかく何か希望が見えかけたと思ったのに、一体何をこの男は抱えているんだろうか。
顔は笑っているままだが、この話になった途端に少し悲しげな表情すら伺える。
「それでも、魔族の食糧を探すのは悪くない。バースモアも広いからのぉ。普段寄らんルートで行けば、何か発見もあるかも知れん。」
「さっきの話。それだけじゃあ無理でも、食糧が見付かれば、お互いが争わずに済む可能性は、出てくるんだよな?」
「そうじゃな」
今まで余計な事まで、ベラベラと喋っていたバレックだが、その返事は一言だけだった。
それでも十分だとも思った。
最終的には、魔王を封印する事になるかも知れない。
勿論、勇者として、その覚悟はしているつもりだ。
仲良しこよしと馴れ合って、封印したくないなんて言うつもりはない。
ただ、可能性があるなら、この男も救ってやりたい。
それでも、世界が平和になるなら、勇者としての使命は全うしているはずだ。
魔王が本当に悪くないと言うなら。
人間が好きと言うなら。
それは可能のはずだ。
全てが嘘だったというなら、それはそれで、封印するのに躊躇い
等無くなって、心置きなく封印出来るというものだ。
「俺がちゃんと見極めてやるから、アンタはアンタのやりたいようにやれば良い」
「それは頼もしいのぉ。ならば、お主にワシの命運を託す事にしよう!」
本気なのか、冗談なのか、その口調からでは分からないが、そこに悲しげな表情は無くなっていた。
旅は始まったばかりだ。
これから、見極めていけばいい。
少なくとも、この数日間一緒に過ごした短い時間では、今までに教わってきた魔王の人物像とは、かけ離れている事は分かった。
先入観や、誰かに教えられた知識等は取っ払って考えた方がいい。
次のマーセルの街で、バレックがどうするのか、見守っていけばいい。
少しずつ、この魔王を知っていけばいい。
そう思いながら、舗装された道を進み、マーセルへと向かっていく。




