旅の始まり
偽魔王の襲来、嫉妬と逆恨みに燃える勇者のなり損ないの奇襲。
どちらか片方でも、面倒なのに、それを一日で相手させられたのだから、気分の良いものではなかった。
それにルイスがセリナの村に滞在している貴重な時間を潰されてしまったのだ。
これも勇者としての運命だろうと言えば、格好いいのかも知れないが、実質的に活躍したのは、バレックという人間の姿を借りている本物の魔王なのだから、勇者ルイスとしては振り回されただけのようだった。
それでも、夜中にバレックに心の内を全て吐き出し、自分の柵を取っ払ってくれた事に感謝し、スッキリとした気分で今日を迎えることが出来た事に、昨日の出来事も悪くないと思っていた。
夜遅くまで飲んで帰って来たというのに、いつもと同じく早起きである事は、もはや家庭環境のお陰と言えるだろう。
今日も父の仕事の手伝いをしようと思ったが、そんな事してる場合か、支度しろ! と怒られてしまった。
仕事の手伝いをしようという、立派な息子に対して、怒って断る親がいる等、この先の未来の子供達も苦労するだろう。
長旅になるとはいえ、大荷物を持っては行けないので、最小限にして最大限の必要な物をピックアップする。
まぁ、お金なのだが。
シャンデルを発つときに、必要以上に旅金は貰ってある。
村からも多少の支援金も貰ったので、かなり贅沢な旅も不可能ではないが、数ヶ月と考えると、やはり無駄遣いは出来ない。
着替え、次の街や村までの食料、飲み物、それに剣だ。
やはり準備と言っても、そんなに掛かるものではなかった。
旅行ではないので、必要な物は現地調達する方が良いに決まっている。
時間が余ってしまったので、自室のベッドへとルイスはダイブする。
大の字になり、天井を見上げながら、昨日の事を思い出す。
ずっと苦しかったのが嘘みたいに無くなった、今の状態。
そういえば、一昨日の酒場でも「等身大の彼の優しさが、私が見ても格好いいって、思える時がよくあります」ハイドが言っていた。
自分は勇者に選ばれた瞬間から、きっと背伸びをして、完璧な勇者に、歴代の勇者達の名に恥じないような勇者にならなければと、そう背負い込んでしまっていたのだろう。
そう振り返ると、自分のみっともなく情けないその追い込まれようが、恥ずかしくなってしまった。
「誰かの為は、もう終わりだ。俺は俺の為に勇者を全うする。きっとイリアも分かってくれる」
泣き虫で、弱虫だった自分が勇者になろうなんて、イリアと出会っていなかったら、考えもしなかっただろう。
イリアの背中を見て、イリアの涙を見てなると決めた勇者。
そこに自身の勇者としての目的が無かった。
だから、周りの期待しているような勇者であろうと、イリアを泣かせない為に立派な勇者であろうとしてしまった。
それじゃあ、まるで周りのせいにして、自分は別に勇者じゃなくて良かったんだ、と言わんばかりだ。
でも、そうじゃない。
イリアの、皆の笑顔を守ってあげたい。
それが、今のルイスが思える、自分がなりたい勇者だろう。
ここから始めよう。
生まれたのも、育ったのも、勇者になる決意をしたのも、この村なんだ。
だから、ここから自分の勇者としての旅を始めよう。
勇者は目を閉じて、そう決心している時だった。
「おーい! 勇者はおるか?」
大きな声を上げながら、ドンドンと乱暴に扉を叩く音がした。
声の主が誰なのか、なんて考えるまでもない。
「全く、空気読めよ……」
ルイスは、ぼやきながら身体を起こして、ベッドから飛び降りる。
そして、玄関の扉を鬱陶しそうに開けた。
「おぉ、勇者よ! 旅立ちの朝だな!!」
どうしたんだコイツは。
そんな事を言うために、俺の決意の時間を妨げたのか。
「なんでそんな楽しそうにしてるんだよ?」
「分からんのか? お主?! 旅だぞ? 旅!! いやぁ、長年生きてきたが、確かに色んな土地へ飛んで行ってはいたが、歩いて各地を回る等、やった事がないからのぉ!」
なるほど。
そういう事か、魔王は旅なんてしないから、そういうのに憧れを抱いていたのか。
いやでも、各地を飛び回れるなら、そっちの方が余程楽しいと思うのだが、歩くという不便な行程でこそ、発見出来る何かがあるだろうから、一概に否定も出来ないか。
「んで、その楽しみな旅の支度は、済んだのか?」
「支度? なんだ? 何がいるというのだ? ワシは金も持ち物もご覧の通りじゃぞ?」
そうだった。
バレックは仮にも死んだ人間の身体なので、持ち物も身に付けている物のみだろう。
死因は知らないが、死んだ後に追い剥ぎにでもあっていたら、一文無しだろう。
これで少なくとも旅金は二等分されてしまう事になるのか。
昨日の食べっぷりからして、食費が嵩みそうだが、魔王の時に食事を我慢していたみたいに、我慢してもらう事は出来ないだろうか。
人間の身体じゃ、無理だろうな。
世間体を考えても、連れだけ食べさせない訳にもいかない。
せめて、遠慮くらいは覚えて貰おう、それくらいなら悪くないはずだ。
「バレック。食費はそんなに出さないからな」
「かはは! 心配するな! それぐらい心得ておる!」
「本当に分かってるのか……」
「お主は心配性じゃのぉ。大丈夫じゃ!」
ルイスは大きく溜め息をついた。
「そろそろ良い時間になるから、馬を取りに行ってくる」
「馬? せっかくの旅に馬に乗るのか?!」
なんで、そんな信じられないって顔で驚くのか理解出来ない。
バレックの記憶もあるなら、旅のイメージを改め直して欲しいのだが。
「馬がいた方が、荷物を乗せられるから良いんだよ。馬に乗って走っていく訳じゃない」
「なるほどの、そういう事か。なら認めよう」
何故、お前に認められなければならない。
心の中で盛大にツッコミを入れた所で、ルイスは馬を置いてる馬小屋へと向かった。
バレックはウキウキとしながら、それに連いていった。
--シャンデルを出る時に乗っていた栗毛の馬の下へと向かい、ルイスは馬の毛並みを堪能するように撫でていた。
馬の名は、ロットと言う。
ロットは丁度食事中で、飼い葉を夢中になって食べていたので、それが終わるのを待っていた。
「良く食う馬じゃのぉ」
「お前が言うなよ!」
今日は朝からどうしたんだ。
何故、そうやってツッコミを入れさせようとするんだ。
わざとか?わざとなのか?
「これから、旅をするんだ。その前くらいはゆっくり食事させてやっても良いじゃないか」
「なんだ、この草は、不味いぞ。よくお主はこんなもんを美味そうに食うな。馬だからか?」
「…………」
これはバレックという男が、変人でその記憶が人間として、正しいと思って行動してるのか、それとも魔王として行動してるのか。
もし、後者だというなら、バレックに対する名誉毀損で捕まれば良い。
ルイスは、昨日こんな奴に救われたのか、と今後悔する事になった。
旅立ちの前だというのに、本当にコイツはなんなんだ。
「……ロット、そろそろ行こうか」
ロットは、ルイスの声に反応して、食事を止めて、歩き出した。
馬小屋を出て、村の門まで来た。
門と言っても、シャンデルと比べるとお粗末なもので、丸太で簡単に造られた、柵のようなものだった。
そこには、もう村の人達が集まっていた。
村長やハイド、イリア、ニース君と母親の顔もあった。
「それでは、勇者様。お気を付けていってくだされ。旅のご武運祈っております」
「ルイス君、まだまだ君には経験が足りない。だから、一人で無理をする事は無い。いっぱい周りに頼りなさい。優しい君なら、きっと周りは力を貸してくれます」
「村長、先生……ありがとうございます」
ハイドのその言葉が、今の自分には、素直に受け止められる。
一人で抱え込む事は無い。
困った人が居れば、助けてあげれば良い、自分が困れば、助けて貰えば良い。
勇者だからって、自分じゃ出来ない事は出来ないのだから。
「おじさんも早く元の身体に戻ると良いね」
「お主、戻ったらワシをやっつけるつもりじゃな?」
「へへぇーん、やっつける前にいっぱい遊んでもらうんだ。」
「かはは! お主は本当に大物になるわ!」
「すみません、本当に昨日は、ありがとうございました」
「構わんというのに。息子と元気に暮らすのじゃぞ!」
「はい、ありがとうございます」
バレックも他愛もない会話を一頻り楽しんで、ルイスの所へ並んだ。
「バレックさん、私は貴方に出会えて、高祖父の想いを知る事が出来て、本当に良かった。貴方がこれから、どうなろうとも、私は高祖父と同じようにこの想いを伝えていきたいと思います」
「じゃから、そういうのは、よせと言うとるじゃろ」
村長の温かい想いが、バレックはどうも慣れていないのか、恥ずかしそうに照れて、そっぽを向いてしまう。
「じゃあ、いってらっしゃい」
イリアが簡単にお別れの挨拶を言う。
そこに溌剌さはなかった。
本当なら、連いて行きたい気持ち所だが、勇者になれなかった自分が、ルイスに代わりになってもらって、それに便乗する形で連いて行くのは、どうしても許せなかったのだ。
その気持ちは、ルイスも察していた。
「あぁ、行ってくる」
それ以上の言葉は出なかった。
「なんじゃ、お主は一緒に来ないのか?」
しかし、何処までも空気の読めないこの男は、二人のそんな想いを最後の最後まで台無しにしてくれる。
「あのな、お前、本当にいい加減にしろ!」
「何を言っておる! お主! これは由々しき事態では無いか!!」
「はぁ?」
また訳の分からない事を言い出した。
イリアは、気まずそうに目線をそらしてしまっていた。
これ以上余計な事を言うのは止めてくれ。
「仮にも魔王が勇者と同伴で旅をするのだぞ!? いつ寝首を掻くかも知れんのに、勇者の護衛に誰も同伴せんのか?! おい、村長よ。これは大陸の命運が懸かっておるのだ! この村で一番腕の立つ者を護衛に付けるべきじゃろう?」
「これは、迂闊でしたな! 確かに魔王が勇者様の隣にいるのでは、安心出来ませんな! これでは勇者様は落ち着いて眠る事も出来ない。この村で一番腕のが立つのは、ハイドさんでしたかな?」
「いえいえ、私なんか、とてもとても。そうですね。私が知る限りで一番腕の立つ人間となりますと、イリアさんでしょうか?」
なんて茶番だ。
さっきまで、散々にバレックの事を、魔王の事を信用していたじゃないか。
バレック自身も襲うつもりはないと、一緒に旅をしようと楽しみにしてたじゃないか。
全く、本当に、この人達は、人が悪い。
人が悪くて、本当に良い人達だ。
「ちょっと村長! それに先生まで!?」
イリアは慌てて、口を出した。
「イリア、俺もこの魔王はどうしても信用出来ないんだ。不安で夜も眠れなくなるかも知れない。頼む! 力を貸してくれないか?」
ルイスも茶番に参加した。
こういうやり方もたまには良いもんだ。
「ルイスまで……」
イリアは俯いてしまった。
暫く黙って、そのままだった。
「まったく……しょうがないわね! 私の力が必要なら、貸してあげるわ!」
顔を上げた時には、とても嬉しそうな顔をしていた。
少し目には涙が見える。
けど、本当に嬉しそうだった。
元気溌剌に笑うイリアは、本当にイリアらしいと思う。
「イリア、これを……」
イリアのお母さんが、小さめの鞄をイリアへと持ってきた。
「お母さん……」
「貴女の汐らしい顔なんて、見たくありません。元気にいってらっしゃい」
「うん!! いってきます! 村長、先生、それにみんな、アタシ、世界救うの手伝ってくる!」
元気いっぱいに言った。
村の皆もイリアのその顔に、その元気に引きつられて、それぞれが声を大きくして、送別の言葉を投げ掛けた。
その声を背中に受けて、三人は門を潜って、村を後にした。
「アンタも……ありがとね」
「かはは! なぁに、勇者だけでは、心許なくてな」
「確かにそれは言えてるかも」
「ちょっと、イリアまでそんな事言うなよ」
そんな会話を交わしながら、三人の旅は始まりを告げた。




