吐き出す想い
村長が去った後も、他愛ない会話をしながら、飲みは続いた。
帰るタイミングがなかなか見付けられなくて、だらだらと時間が過ぎていった。
主な原因は、イリアが酔っ払って、帰るのを渋ったせいで、もう日付が変わってしまったのだ。
なので、まずは、イリアを全員で家まで送り届けて、ルイスは隣が家だと言うのに、ハイドとバレックを送るために、ハイドの家の前までついて来ていた。
「さて、私は先に家に入って寝ますので、ルイス君はお話しがあれば、どうぞ」
家の前で、まだ胸の支えが取れないルイスの背中を押すように、ハイドは言った。
「先生……ありがとうございます」
ルイスは、曇った表情のまま、少し俯いた。
「バレックさんも、鍵は開けておきますので、静かに入って来てください。寝てますので!」
最後らへんは強調して言った。
その辺の信頼は無いのだろう。
「かはは! 心得た!!」
本当に分かったのかと思うくらい、元気良く言った。
やれやれ、とばかりに軽く溜め息をついて、それでは、おやすみなさい、と言って、家へと入っていった。
「それで、勇者よ。ワシにまだ用があるのか?」
何も構う事無く、いつもの口調で、接してくる。
ルイスには、それが堪らなく、辛く、罪悪感を抱かせる。
「何で俺を責めないんだ? 俺だけじゃない、村の皆も! アンタがボコボコにされてるのに、見てみぬ振り決め込んで、事件が解決したら、掌を返すように謝ったり、感謝してさ! アンタだって、内心では怒ってるんだろ?」
今まで溜め込んだ想いをぶつけた。
理解出来なかった想いを。
責めて貰った方が、まだ気持ち的に楽だと思える。
「なんだ、お主。責めて欲しかったのか?」
まるで空気を読まない。
惚けたように言ってくる。
そうやって、本心を隠しているんだろう。
「そうじゃない! なんでアンタは関係無いはずなのに、身体張って、子供助けて、喜んで、周りの奴らまで許せるんだよ?!」
許すのが当然、助けるのが当然だとでも言うのか。
それじゃあ、聖人君子である。
魔王が何の目的も無く、自分を邪魔者だ、悪者だと言う人を助けられるはずがない。
「お主の言いたいのは、そんな事か? どうもお主は、履き違えておるようじゃ。思っておったが、お主は勇者として、周りの期待を背負い過ぎておる」
なんだよ、いきなり何を言い出すんだよ。
なんで、またあの時のような、子供達の前で不安に押し潰されそうになった時に声を掛けてきた時のような顔をしてるんだ。
「今は、そんな事を聞いてない!」
「聞いておるさ。ワシが魔王で、お主が勇者じゃ。じゃから、ワシはその為に倒すべき悪の存在でいなければならんと思っておるんじゃろ?」
言い返せない。
不安で仕方ない。
ルイスは、村の皆の為にも、シャンデルに住む人達や騎士、王の為にも、大陸に住む人々の為にも、イリアの為にも、勇者であらねばならない。
「お主は、人々の期待に応える為に勇者になったのならば、そんな期待は捨ててしまえ」
つまらなさそうに、呆れたように言ってくる。
何も分からないくせに、この重圧の苦しさを理解しようともしないくせに。
「そんな事出来る訳ないだろ!!! 俺は勇者として、アンタを封印しなくちゃならないんだよっ!!!!」
そうでなければ、世界が終わる。
それが出来なければ、皆が、イリアが……
「だから、分かっとらんのだ。お主は勇者の前にお主自身なんじゃよ! 周りの期待を気にして、格好つけて、勇者を気取っておるから、訳の分からん重圧に耐えられなくなるんじゃ! お主はお主として、みっともなくとも、這いつくばっても、意地汚くても、それでもお主の信じる、お主の理想の勇者をやれ! 周りの期待のせいで勇者が出来ない等、言い訳にならんわ!」
自分自身のなりたい勇者……?
そうだった。
ずっと周りの事ばかり気にしていた。
勇者とはこうあるべきだと、格好つけて、周りの期待で構築された勇者になろうと無理をしていた。
そんなものが格好良いはずないんだ。
だって、目の前にいるこの男は、惨めにやられて、ボロボロになって、みっともなく這いつくばっても、尚も格好良かったのだから。
だからって、そんな簡単に割り切れない。
ルイスは、バレックの言う事が正しいと思っていても、受け入れ切れない。
全てを、中にある全てを吐き出したい。
「だからって、アンタが、あの子供を命賭けで助けるのは、納得出来ない!」
納得出来ないから、なんだと言うんだ。
もうそんな事なんて関係無い。
分かってる。けど、この男の心を確かめたい。
「目の前で大切な者の命が奪われる悲しみを知っておるか?」
「……え?」
急に表情が悲しげになって、真剣に問い掛けてきた。
突然の事で、何も考えられず、すぐには答えられなかった。
「ワシはな。嫌なんじゃ。そういうのが。だから、あの母親を助けてやりたかった」
そうバレックは、母親も助けてやりたいと思ったのだ。
その為にニース君を助けたと言うのだ。
「お主の悩んでおる気持ちなんて、正直、ワシは知らん。じゃが、お主の優しさは、ワシは嬉しかったぞ」
本当に嬉しそうに笑っていた。
やっぱり理解出来ない。
見捨てていたのに、何もしなかったのに、出来なかったのに、信用なんてしてなかったのに、何が--
「何が優しさだよ!! 適当な事言うな!! 俺はアンタを魔王だから、見捨てようとした! 俺は勇者だから魔王なんて助ける義理も無い!!! 正直、アンタが現れたせいで、不安だらけで、どうして良いのか分からないだよ!! なのに、人の気も知らないで、心の底で何企んでるのか分からない事を良い事に、好き放題かき回しやがって!魔王なら、魔王らしくしろよ!!! アンタがそんなんじゃあ、俺がどうして良いのか分からないだろうがっ!!!!!」
ぶつけてしまった。
真夜中に酒の勢いもあるかも知れない。
バレックは何も悪くないというのに、もう自分でも分かっているはずなのに。
全てを吐き出したかった。
ルイスは肩で息をして、俯いていた。
今、アイツはどんな表情をしてるのだろう。
呆れているのか、いつものように笑ってるのか、怒っているのかも知れない。
沈黙が痛い。
今、バレックは何を考えているのか。
顔を見る事が出来ない。
「ワシはな……」
ゆっくりと穏やかな口調で話し始めた。
「お主が、周りの事を気にせずに仇を討つと言ってくれた、その言葉が嬉しかった。お主が勇者であり、見捨てておけば良いはずの存在のワシの為に、仇を討つと言う、お主の優しさに、ワシは少なからず力を貰った。ありがとう」
魔王が頭を下げた。
魔王は穏やかで、ニース君の母親に向けた時のように慈しむような表情だった。
あれほど怒りをぶつけた相手に、見捨てようとした相手に、何も出来なかった相手に、ただ一言怒りに我を忘れて言い放った一言を大切に受け止めてくれていた。
「なんでだよ……なんでそんなに……格好いいんだよ。」
ルイスは再び俯いた。
ひょっとしたら、涙を隠しているのかも知れない、そんな微かに震えた声で呟いて。
あの時、ニースを助けた時に感じた格好良さを、優しさを感じてしまった。
分からないものは、分からないままだったが、全ての黒い気持ちを吐き出して、それを受け止めて、尚も感謝の言葉を口に出来るこの男が、どうしても憎むべき対象にする事が出来なくなった。
「俺は……これからどうしたら良いんだ……?」
小さな頼りない声で呟く。
もうこれ以上、バレックを傷付けたくない。
それでも、自分は勇者として魔王封印しなくてはならない。
「それは、これからお主が自分で見極めれば良い。暫くは、共に旅をする事になるのだ。今ここで、ワシがどんな言葉で取り繕った所で、それが真実等と誰にも分からん。だから、お主が勇者として見極め、最後にどうするのか、決めてくれ」
例えそれが封印される事になったとしても。
ルイスがどういう選択をしようが、きっとバレックは全てを受け止めるだろう。
「俺なんかに、そんな事出来るのかよ」
「お主だから出来るんじゃよ。お主は優し過ぎる。口では、散々な事を言っておきながら、肝心な所でワシまで心配をして、お主自身を苦しめておるだけじゃないか。お主は、お主の思う通りにやれば良いんじゃ。その結果がどうであれ、それがお主自身の正義なんじゃないかの」
肩に手を置かれ、バレックと目が合う。
迷いの無い真っ直ぐと力強い瞳で、ルイスを見ている。
ルイスが勇者として、重圧を感じるのは、それは周りの期待であり、過去の勇者達の歴史であり、何よりイリアとの約束であった。
そして、バレックが現れた事により、頭では魔王を拒絶しようとしていたが、心の方では憎む事が出来ず、何とかしようとすら思ってしまっていた。
その全ての期待に応えようとする優しさが、勇者の責任と突如現れた魔王の問題の両方を抱えてしまい、矛盾が生じて、ルイス自身を苦しめていた。
バレックを格好いいと思ってしまったのも、イリアに憧れを感じているのも、自分を貫く強さを感じたからなのだろう。
だから、ルイスももう誰かの為に勇者をやるのではなく、自身の信じる道で勇者を貫こうと決意した。
そう決意すると、胸の中にずっとつっかえていた物が取れた気がして、清々しい気分になった。
「ワシは、これでもお主の事を気に入っておる。良き友になれそうじゃ」
勇者と魔王が友達等、聞いた事が無い。
何処までもふざけた事を言っているが、そこに嘘は感じない。
全てが心から、本心からそう思って、言っているのだろう。
「勇者が魔王と友達になれるかよ。……だけど、今のアンタは人間だからな。俺もアンタと友になりたいと思う」
ルイスは、少し照れながら、だが誠意をもって伝えた。
きっと村長の高祖父も、魔王のこういう想いを感じてしまったから、子孫に想いを託したのだろう。
そんな事を想いながら、手を差し出して、握手を求めた。
バレックも、それに応えてくれた。
「もし、俺がアンタを封印するって決めたら、アンタは本当に封印されるのか?」
もうその言葉に疑いや探りを入れるようなものではなかった。
単純に、昨日…もう一昨日になるか、その時言っていたように、本当に大人しく封印されるのか、気になって聞いた。
「そうじゃのぉ。お主が勇者として、その決断をしたなら、ワシは魔王として、戦うとするかの」
ニタリと笑った。
話が変わってるじゃないか。
だけど、そっちの方が、嬉しかった。
最初の時のは、勇者に耐えられない自分に対する哀れみで、今のは勇者としてのルイスを認められた、そんな気がした。
「あー! なんかスッキリした! ありがとう、バレック。」
素直に気持ちを伝える事が、ようやく出来た気がする。
色々な柵から解放されて、今本当の意味でルイスは勇者としての自分を受け入れる事が出来た。
バレックは、もう何も言わなかった。
ただ、いつもの笑顔でそれに応える。
それで十分だった。
「遅くまで付き合わせて、悪かった。おやすみ」
「構わん。おやすみ」
お互いに軽く手を振って、別れた。
帰るルイスの背中を暫く見送って、バレックも家の扉を開けた。
ハイドに言われた通り、静かに入ってきて、鍵を閉める。
「お主、なかなか良い性格しておるの」
暗闇に呟くバレック。
勿論、それは独り言ではなく、その暗闇の中には、寝ると宣言したはずのハイドが、しっかりと起きていた。
「はは、申し訳ない。やっぱり可愛い教え子が悩んでいるのが気になってしまってね」
惚けたように暗闇の中とは思えない程明るく嘯く。
「ワシはお主が一番分からんわ! 元聖騎士なら、もう少しワシを警戒しても良さそうじゃがな」
バレックは、手探りで前へと進んでいく。
別にハイドを探している訳ではなく、昨日もお邪魔して寝ていたソファーへと向かって、寝ようとしているのだ。
「私にも、色々と勉強させられる過去がありましたから」
ハイドは、自分の右腕を擦って何かを思い出しているようだった。
「なるほどの。まぁ、誰とて過去に何かしらの事はあるもんじゃ。お主の事が気に入っておるのも、事実。その右腕のお陰でワシはこのソファーに今眠る事が出来ると思えば、お主の過去も悪くない」
既にバレックはお目当てのソファーへと到着し、横になっていたようだ。
「それは確かに光栄ですね。この右腕の負傷により、今ここで暮らして、魔王様の寝床を提供出来ているなんて、素晴らしい発想をありがとうございます」
右腕の負傷が人生を狂わせたはずなのに、その狂った人生すらもバレックは、悪いものではないと言うのだ。
お互い何も聞かない、何も深入りしない、冗談で濁して、最後まで話はしない。
それでも、この二人は、お互いに信用していた。
過去に傷があるからこそ、認め合える、受け入れ合える、理屈だけでは語れない、想いがお互いを信頼させていた。
「それでは、おやすみなさい」
「おぉ、おやすみ」
そして、二人は眠りについた。




