その身は全ての為に
「さぁ、ワシはいつでも構わんぞ?」
何を言ってるんだ?
自分が何をされるのか、分かってるのか?
魔王の肉体でもない、ただの人間の肉体で、魔法と鈍器の攻撃に耐え続ける事が出来るというのか?
いや、最終的には、彼奴らは、魔王を殺すつもりなんだぞ?
「ふん、流石は魔王だ! 良い度胸してるじゃねぇかっ!!」
ラバンは、棍棒を勢い良く片手で振り下ろし、バレックの頭に直撃する。
バレックは、その衝撃で前のめりに倒れた。
一応は、甚振るつもりのようで、手加減はしている様だが、棍棒のような鈍器を直撃するだけでも、想像したくもない痛みだろう。
倒れたバレックは、すぐに立ち上がろと腕で地面を押し返すように身体を起こす。
額からは既に赤い血が一筋流れていた。
片膝を着いて立とうとした瞬間、それを待たずして、雷撃がバレックを襲う。
バチバチと音を立てて、バレックの全身を焦がして、今度は仰向けに倒れる。
「ははっ、これは良いね! 生身の人間相手になかなか魔法使う機会なんてなかったから、気持ちいいー!」
「下衆なヤツ……」
ルイスの隣にいるイリアが怒りを抑えるのに、必死になりながら、小声で呟く。
ルイスも気持ちは一緒であった。
何も抵抗出来ないのを良い事に、やりたい放題で、しかもそれを楽しんでいるときている。
グスタフもその光景を見て笑いながらも、ニース君へのナイフと周りへの警戒は緩めていない。
「やめてよ! ボクのせいで……おじさんが…………」
ニース君は自分を責めるようにバレックの痛々しい姿を見て泣いてしまった。
グスタフは、子供にも容赦なく、うるせぇ、黙ってろ、と怒鳴り散らした。
その怒鳴り声に、怯んでしまい口を噤んで、黙ってしまい、目には涙を堪えたものが、溢れだしていた。
バレックは立ち上がる。
そして、ラバンが今度は軽めに左右往復で棍棒を顔面の頬の辺りをめがけて殴りつけ、ぐらついたバレックの腹部を棍棒で突く。
噎せて咳き込み、前屈みになるバレックの尻にフルスイングを放った。
バレックはそのまま前に飛ばされて、顔面から地面へ突っ込み、地に付した。
「だっはっは! 見たかよ? あのみっともねぇ吹っ飛びかた!! 傑作だぜ!」
アドス、グスタフもそれを見て笑う。
地面に這いつくばったバレックを散々に馬鹿にする。
そこに炎の魔法で、地面を這うバレックの背中を焼く。
イライラする。
ムカムカする。
胸糞悪くて、吐き気がする。
こんな状態を見て、勇者である自分には何も出来ないのかと、自分自身に腹が立つ。
「アンタ達! もういい加減にしなさい!!! それ以上やったら--」
「やったら何だよ?ああ?このガキを死なせて良いなら、勝手にやれよ?お前がこのガキを殺すって事になるんだぜ?」
「くっ…………」
イリアは何も言い返せなかった。
ただ、見ている事しか出来ない自分の不甲斐なさを、ルイスと同様に腹立たしく思い、強く握りしめる拳から血が滴っていた。
「それに感謝してもらいたいくらいなんだがな? お前らが殺せねぇ、っていうから、代わりに俺達が魔王を殺してやるって言ってるんだぜ? なぁ? 村の連中だって、さっきまで、それを望んでただろ?」
村の人達に聞こえるように、大きな声で賛同を求める。
村の皆も、心の内では魔王がどうなろうと、ニース君が戻ってくれば、別にそれで良いという思いも少なからずあった。
だが、こんなやり方には、無論賛同出来るものでも、見ていられるものでもないのも、本心である。
「かはは! 構わんさ。この身体が死んでも、また別の身体に魂を宿せば済む話じゃ!」
バレックは、いつものような力は無く、空元気に笑って言った。
確かにそうかも知れない。
本当に別の身体に魂を宿す事が出来るのかも知れない。
だが、今受けている痛みは、下衆な連中にいい様にやられる苦痛は、そして、魔王であるが故に誰からも心配されない心の傷は、耐えられるものではないはずだ。
誰も責めない。
正義の勇者であるルイスも。
才能溢れる拳闘士のイリアも。
元聖騎士のハイドも。
人質にされたニースも。
その息子の母親も。
自分には関係ないと言わんばかりに沈黙する村の人達も。
バレックは、誰一人何も動けない、動かない事を責める事はしない。
自分の痛み等関係無いみたいに。
自分の苦しみ等知らないみたいに。
自分の孤独等気づいていないみたいに。
自分の辛さ等感じないみたいに。
尚もバレックへの攻撃は続く。
棍棒で殴られ、突かれ、吹っ飛ばされて。
魔法に、焦がされ、切られ、穿たれて。
何度倒れても、起き上がる。
到底、別の身体に魂を宿せば済む話には思えない。
「なんでだよ…………」
無関係のはずだ。
一番関係無いはずだ。
セリナの村の子供の一人の命くらい--魔王からすれば、人間は家畜同然ではなかったのか?
なのに、全身から血を流しながら、意識が朦朧としながら、心配するな、と言いそうなくらい笑顔を向けて立ち上がる。
「リオ・エンス・フルラン・ヴォルグ」
アドスは、呪文を唱え、先程までの魔法とは比べ物にならない程の雷を掌から、空へ上げて、バレックへと落とした。
「おいっ! やるなら言えよ!! 巻き添え食らう所だったじゃねぇか!」
ラバンは、呪文を唱え始めたのに、一瞬驚いて慌ててバレックから退避していた。
バレックは俯けに倒れて、今まではすぐに起き上がっていたが、今回ばかりはぴくりともしなかった。
それほどまでに呪文を唱え、精霊の力を借りた魔法は強力なのだ。
「ちっ、もうやっちまったのか? 俺がトドメさそうと思ったのによ」
「いやぁー、悪いね。戦闘じゃあ、呪文唱えさせてくれる余裕無いから、一度試して見たかったんだよね! 凄いよねー! 予想以上の威力!!」
アドスは、実験が成功したかのように喜んでいる。
結局、ルイスもイリアも何も出来なかった。
何も出来ないまま、バレックを、魔王を見殺しにしてしまった。
馬鹿にしたり、一緒に酒樽を運んだり、酒を交わしたり、食事もした。
バムクーの魅力も二人で語った。
悪いヤツではなかった。
それでも、動けなかった。
人質が居たからか?
いや、きっと同じだ。
魔王だから、どうなっても良い存在だから、きっと何処か心の片隅に小さくとも、その思いが無いなんて言い切れない、そんな自分に吐き気がする。
何が勇者なんだ、何が正義なんだ、何をもって悪だと言うんだ、それは誰が決めたんだ、アイツのやってる事の方がよっぽど………よっぽど格好いいじゃないか。
「許さねぇ…………」
「あぁん? なんつった?」
「お前だけは許さねぇ!!!」
そんなルイスの怒りなど、お構い無しにグスタフは笑った。
「なんだそれ? 魔王を殺してやったのに、何キレてんだ? なんだ、てめえ、魔王と共謀でもして世界征服でも企んでたのか? おぉ、恐い恐い!」
グスタフの言葉の一言、一言がルイスの怒りの炎をより大きくさせていった。
ニース君は、依然として人質に取られている状態だが、ルイスは限界だった、
剣を握る力が強くなる。
一歩踏み出そうとした瞬間、ハイドがで横から左手で、ルイスの右腕を掴んで止めた。
「先生、止めないでください。俺はもう、誰からなんて言われても良い、アイツの仇を討つ」
「お主、誰の仇を討つつもりじゃ?」
聞き覚えのある声がして、向いて見ると、バレックが立っていた。
「おいおい……今ので死なないとか、冗談だろ……」
「そんな、さっきの相当ヤバいやつなんだけど……」
ラバンとアドスは、それぞれに驚愕し、取り乱した。
「お、お前ら! しっかりしろ! どうせアイツは何も出来ないんだ! 死ぬまでやりゃあ良いんだよ!!」
グスタフも慌てた様子で、何とか冷静になろうと、状況は変わっていないんだ、と自分に言い聞かせるように言った。
「そうでもないぞ? ワシはもう止めた! やはり貴様らは、殺す事にした!」
急にどうしたというのだ?
何か作戦があるというのか?
それとも本当に気が変わっただけなのか?
真意が分からないままに、バレックは一歩ずつグスタフに近付く。
「ま、待て!? こっちには、人質がいるんだぞ?!」
グスタフは、すぐにナイフをニース君の首に近付けて牽制をする。
「それがどうしたのだ? 村の子供一人を死なせれば、この村を敵に回すのは、貴様らの方じゃぞ? まぁ、ワシも多少は憎まれるかも知れんが、ワシは魔王じゃ! 最初から憎まれておるわ! かはは!」
バレックの言う通りだ。
ニース君を殺せば、人質はいなくなり、更に村の全員を完全に敵に回す事になる。
ルイスもイリアもハイドも、気兼ね無く動けるようになる。
そして、魔王は……孤独であるが故に、それを気にしない。
「く、くそっ!! 何やってるてめえら?! ヤツはボロボロだ! さっさと始末しろ!!」
アドスとラバンは、ハッとして恐れながらも、バレックへと襲い掛かった。
しかし、先程までのようにはいかなかった。
ラバンの棍棒は、バレックの片腕で止められ、そして腹部に蹴りを入れられて吹っ飛ぶ。
アドスの雷の魔法は、バレックの魔力により掻き消された。
「魔王に手を出す愚を、身をもって味わうが良い」
徐々に距離が詰まっていき、グスタフは耐えきれなくなり叫び、ナイフの手に力が入った。
「来るなぁーーーーーーー!!!!!」
「ニースゥっ!!!!!!!」
その瞬間、バレックは、一足飛びにグスタフの目の前まで詰め寄る。
グスタフは恐れの余り一瞬硬直する。
バレックの左手には、漆黒の男の作り出していたのと同じ黒いエネルギーの塊があり、それを掌底の構えで打ち込んだ。
グスタフは、凄いスピードで吹き飛び、民家の壁へと激突する。
ニース君を心配する母親は、両手で顔を覆い、泣き崩れていた。
状況を把握出来ていない母親の肩を村の人が叩いて、ニースは無事だと、指をさした。
ニース君は、バレックの腕にしっかりと抱えられていた。
「恐かったじゃろう? 子供よ、すまんかったのぉ!」
バレックは、ずっと人質にされ、心細かったはずのニース君に優しく声を掛ける。
ニース君は、意外にも目を輝かせていた。
「ううん! おじさん格好良かったよ!!」
「かはは! なかなか勇ましいのぉ! ひょっとして、お主勇者か?」
ニース君の無事に喜びながら、冗談を交える。
「じゃあ、ボクがおじさんをやっつけるの?」
冗談を本気に捉えて、普通に質問してきた。
「これは末恐ろしいのぉ。ワシでは、お主に勝てんわ!」
楽しそうに笑っていた。
ボロボロになり、傷だらけのままに、それでも自分の事よりも、子供の無事を喜んだ。
子供を死なせる事をどうとも思ってなかったはずがない。
だから、今まで無抵抗を貫いたのだから。
子供を下ろして、母親が心配しておるぞ、とニース君を促して、ニース君は母親へと駆けていった。
「くそっ! このままじゃ済まさ--」
壁へ激突し、グスタフは怯んでいたが、すぐに起き上がろうとしたが、ルイスによって、首もとに剣を突き立てられていた。
アドスにはイリアが、ラバンにはハイドが、その身柄を拘束していた。
「かはは! 後片付けをさせてしまって、すまんな! 助かったわ!」
バレックの向けてきた笑顔が痛かった。
自分達を恨んでいないのか、見捨てようとした事を怒ってないのか、何も出来なかった無力さに呆れていないのか、何でいつもと変わらない笑顔をこっちに向けられるんだ。
なんでこれくらいしか出来なかった自分達に、助かったとか、すまんかった、とか言えるんだ。
本当にこの男が分からない。
それが魔王としての器なのか、それとも、全ては信用を得る為の謀なのか、分からない。
それでも、この男を格好いいと思ってしまった時点で、ルイスは分からないままに、疑って拒絶するより、この男を信じて、裏切られても良いとさえ思えてしまった。
「あ、あの……ありがとうございました。その……お怪我は大丈夫でしょうか?」
ニース君の母親は、魔王と知って、朝の時のように親しくは話せず、頭では恩人であると分かっているのに、恐怖心を持ちながらでも、勇気を出してお礼を言った。
「これくらい大丈夫……と言いたいとこじゃが、さすがに堪えたわ! それより、子供が無事な事を、もっと喜んでやれ」
その一言に、バレックの自分に向けられた慈しむ瞳に、母親は涙を流した。
バレックは、決して子供の命の為だけではなかった。
心配していた母親自身の為にも、その身を傷付けていたのだ。
今朝、少し話した程度にも関わらず、さっきまで魔王と知って、怯え、蔑んでいたにも関わらず--
「ごめんなさい!! 本当に息子を……ニースを、救ってくださって、ありがとうございます!」
涙を流しながら、今度は誠意を持って心の底から、お礼を言った。
バレックは、それに対して困った表情をして、
「いや、だからの、もっとお主の子供の無事を喜べというのに……」
「はは。バレックさん。この母の気持ちも受け止めてやってくだされ」
どうしたものかと、困っている所に村長がやってきた。
その言葉に、バレックも、まぁ悪くはないのぉ、と少しだけ照れているようにも見えた。
「皆の衆よ。この男を信じるまでは出来ずとも、見守る事にしては、どうかな?この男の事は、勇者様にお任せしよう。勇者様なら、この男の処遇をしっかりとしてくれるだろう。だから、我々は黙って、見送ろう」
それが精一杯の村長の気持ちなのだろう。
村の人達も、先程の対応を申し訳なさそうにして、
「さっきは悪かったな。さすがにすぐには受け入れられないけど、頭ごなしに否定するのは、止めにする」
村人の一人が遠慮がちにそう言うと、他も口々にバレックへと謝った。
「気にするな! お主らは至極真っ当な考え方をしておるだけじゃ! まぁ、ワシが可笑しいから、仕方ないんじゃよ!」
嬉しそうだった。
この男は、いつも笑っているが、それでも、いつもと違う感じがした。
この場の雰囲気がそう思わせるのか、先程の戦いの後だからなのか、それとも、本当に心の底から喜んでいるのか、やっぱり心の底は分からないままだが、ルイスも、イリアも、バレックのその嬉しそうな顔に絆された。
そして、魔王は殺すと宣言しておきながら、誰も殺す事はしなかった。




