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たまには魔王も旅をする  作者: きげん
1章 魔王と勇者の優しき苦悩
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漆黒の影

 イリアの家に昼食へと招かれて、そこでイリアの家族と食事した。

 どうしても納得がいかずに、バムクーの魅力をルイスとバレックで力説するも冷たい眼差ししか返ってこなかったが、イリアのお父さんだけは味方してくれた。

 男の友情に年齢は無い、それを確信する事が出来た。


 その後は、ハイドの家へ行き、こちらもイリアの要望で、軽く稽古を皆でする事にした。

 朝、身体を動かしたのと一日経ったという事もあってか、バレックは昨日とは別人(昨日のは弱すぎただけだが)なくらいに、動きが良くなっていた。

 それでも、当人曰く、まだまだ身体が重いと言っているので、見た目の鍛えあげられ方からしても、そうなのだろうと思った。


 イリアも軽くハイドと組み手を交わして、再び汗を流していた。

 身体を動かしている時のイリアは、非常に生き生きとしていて、一番楽しそうに笑っている。


 「なかなかの戦闘マニアだのぉ」


 ルイスに手加減してもらい、感覚を取り戻そうとしているバレックは、横目でイリアの組み手を見て、感心していた。


 「ハイドも、片腕が利かんと言っても、そこそこには腕が良いと見えるが、見事なまでにもて余しておるわ」


 「格好良いだろ?」


 「かは! 意外と勇者と共感出来るもんじゃな。」


 そんなイリアの組手に、見とれてしまい、いつしか二人の手は止まっていた。

 拳で突き、脚で蹴る、肘で打ち、膝で挫く、そんな徒手空拳の動作が舞踏の様にも見えてしまう程に、緩急があり、流水の如しの身のこなしであった。


 「お主負けておるのではないか?」


 茶化すようにルイスに問いかける。


 「アンタに負けなかったら、それで良いさ」


 ルイスも皮肉混じりに切り返した。


 「かはは! 全くその通りじゃな!」


 二人は少しずつではあるが、打ち解けあってきた。

 それはバムクーの事も多いにあるが、共に働き、共に汗を流し、共に拳を交えたから、得たものもある。

 そうやって、お互いを茶化し合っているのに気付いたのか、イリアが動きを止めて、怒りながら言った。


 「ちょっと二人共! なにサボって話し込んでるの?! 真面目にやんなさいよ!」


 どうやら、ストイックなのは、自分のみにあらず、他人にも適用されているようだ。

 やれやれ、と思いながらも、二人も再び組手を再開した--


 組手は小一時間程行われ、それが終わると、ハイドに一礼してその場を後にした。

 食後の運動もした事なので、お茶でもしようと、提案したのは、勿論イリアだった。

 朝の仕事以来、イリアに振り回されていたが、特に何も決めてなかったので、有り難いといえば、有り難かった。

 ルイスにしても、明日にはこの村を出て、勇者として、使命を果たさんが為に、旅立つのだから、せめて今はイリアとの時間を楽しめると思うと、この瞬間瞬間を大切にしたかった。

 バレックとも、少なからず良い距離感で、旅に出る事が出来るのも、かなり重要な事だ。

 このまま、猜疑心を持ち続けては、勇者の旅も精神的に持たないだろうし、そんな状態で、二人きりは堪らなかっただろうが、今は幾分かは、辛抱出来る範囲にはなっていた。


 旅人が良く来る事もあり、お茶菓子を出す店も何軒か用意はされている。

 イリアは、その内一軒、自分のお気に入りだというお店を指差して、案内した。

 お昼ご飯は、しっかりと食べたのだが、軽く運動もしたので、小腹が空いてる程度には、消化されていたので、二人も甘い物目当てにイリアの後をついて歩いていく。


 その時だった。

 空から影が見えた。

 大きくはなかったが、鳥サイズ程小さくもなかった。

 丁度人間くらいの大きさの影が三人の上を通った。

 反射的にそれに目がいく。

 その影は、すぐに三人の目の前に降りてきたのだった。


 漆黒の翼を生やし、黒い形容しがたい服はノースリーブで胸元もはだけており、グレーのズボンは割りとゆとりがあり、裾の方に掛けて幅が広がっていた。

 顔は凛々しくも、険しく、黒々とした髪はまるで風に(なび)いているみたいにウェーブしている。

 身体は細めだが、筋肉で引き締まっており、柔さは一切感じない。

 そして、禍々(まがまが)しいまでの魔力を放っていた。


 ルイスとイリアは、一瞬で臨戦態勢に入った。

 敵、味方と問われずとも、敵であると判断するしかない程に、禍々しかった。

 村で生活をしている人達も何事かと、そこへ視線が集まった。


 「お前が勇者だな?」


 漆黒の男がルイスに問う。


 「そうだが、お前こそ何者だ?」


 ニヤリと不気味に笑む漆黒の男。

 そして、片手をルイスに(かざ)して、ルイスも警戒を強める。


 「俺は魔王だ」


 漆黒の男は、そう言うとルイスに向けた手のひらを別方向に向けた。

 そこには、何が起きているのかも分からず固まって漆黒の男を見ていた、村人の男性がいた。


 「危ない! 逃げろ!!」


 「遅い」


 ルイスの叫びも虚しく、漆黒の男から放たれた黒く歪んだエネルギーの塊。

 村人の男性は、もはや動く事が出来ず立ち尽くしていた。

 黒い塊が村人へと向かっていくその時、バレックがそこへ飛び込んで、真正面からエネルギーを受けた。

 激しい爆風と共に轟音が鳴る。

 バレックの身体が少し焼け焦げ、その場に膝を着いた。


 「ほぉ」


 庇ったバレックを見て、無駄な事だというような表情を浮かべて、自身の身体と先程の一撃の威力を確認した。


 急ぎ、ルイスとイリアは皆に隠れる様にも声をかけて、バレックの下へと駆け寄った。

 幸い、バレックは意識もあり、苦しんではいたが、大丈夫だと、返す余裕もあった。


 「おい、どういう事だ! お前が魔王じゃなかったのか?」


 ルイスは、小声ながら、まるでどういう事か意味が分からず、責め立てるようにバレックに聞いた。


 「あぁ、間違いなくワシが魔王じゃ。しかし、予想以上に最悪の事実が判明したわ!」


 バレックから笑顔が消え、悔しがるように言った。


 「どうやら、ワシが魂だけじゃったのは、ワシの身体を何者かが、何らかの方法で奪っておったようじゃな」


 魔王は、魂だけ先に復活した訳でも、身体だけ本拠地にあり、魂が別の場所に復活した訳でもなかった。

 別の何者かに、身体を先に乗っ取られて、行き場を無くした魂がバレックへと宿った、そういう事だった。

 つまり、目の前にいる魔王を名乗る者は、中身は別の何者かで、何らかの目的で、魔王の身体を乗っ取ったのだろう。

 そして、魔王の身体を乗っ取とるような奴の目的は、百歩譲っても世界平和では無い、と言う事だ。

 魔王の身体に魔王の魂を戻して封印するだけならまだしも、魔王の身体を乗っ取った奴を魔王の身体から追い出して、魔王の魂を戻して封印しなくてはならなくなった……ルイスも何がなにやら、ややこしくて意味が分からなくなってきた。


 「どうするの? 魔王となんて、こんな所じゃやりあえないし、導きの一族も居ないんじゃ、どうしようも無いじゃない!」


 そうである。

 魔王は、その強さ故に倒す事が出来ずに封印してきたのだ。

 それを導きの一族無しで、封印はおろか、太刀打ち出来るかどうかも怪しい話で、尚更この小さな村で戦うとなると、村は消し飛ぶ事になるだろう。


 「それについては、大丈夫じゃ。安心せい」


 先程まで悔しそうな表情を浮かべていたのが、再び余裕を取り戻したような笑みを浮かべていた。


 「どういう事だ?」


 ルイスは分からなかった。

 自分の強さを知っているなら、そんな余裕は出せないはず。

 それとも自分自身だからこそ、知っている重大な弱点でもあるのだろうか。


 「忘れたか? ワシの弱さを!」


 バレックは、別に今、自身の弱さを誇って言っている訳ではなかった。

 バレックと出会った時に言っていた事だ。

 復活したばかりだと、ほとんど魔力が無いという事。

 身体が馴染んでいないので、力を発揮出来ないという事。

 そして、少なからず魂の方にも魔王の魔力が配分されている事。

 これらを含めて考えると、勝ち目が無い勝負ではありそうだ。


 「更に踏まえていうとじゃ。ワシが弱い人間の身体を使いこなす事は可能じゃが、魔王の力を使いこなす事等、ワシ以外不可能じゃ。恐らく先程の一撃は挨拶代わりのつもりじゃろうが。ほぼ無意識で全力であの力しか使えておらん。つまり、今のワシでも耐える事の出来る力しか奴には出せんという事じゃ。」


 「そうなのか?」


 バレックは、コクリと頷いて、更に続ける。


 「奴は自分が有利だと思うておるから、恐らくそのままお主達だけに攻撃するじゃろう。変に自分が弱いと分かれば、村人を襲いかねん。じゃから、苦戦を装って、腕一本切り落とせ。さすがに腕を切り落とせば、退散するじゃろう。」


 「良いのか? アンタの身体だろ?」


 「かはは! 心配しとるのか?大丈夫じゃ、魔力によって再生はする。ただし、かなり時間がかかるから、奴も切り落とされれば、当分は動く事は出来んさ」


 ルイスが心配してくれたのが、少し嬉しかったのか、更に機嫌を良くしながら、遠慮はいらんよ、ありがとう、とお礼まで付け加えた。

 なるほど。

 今のが全力というなら、確かに恐れる程でもない。

 確かに村人を盾にされれば、戦いは不利になる。

 皮肉にも、故郷であるセリナの村の地の利は向こうにある。

 なので、こちらが劣勢を()いられている状況で、隙を作らせる。

 なんなら、この状況自体、既に向こうは余裕を表している。

 簡単なミッションだ。


 「よし、やるか」


 「任せたぞ!」


 「お前は手伝わないのか?」


 「ほら、ワシは弱いし、既に手負いじゃ」


 全く、魔王とは思えない発言だ。

 目の前の奴の方が、見栄えのせいもあるのか、よっぽど魔王らしい。

 本当に騙されてないか、なんて心配にもなるが、バレックの説明が魔王であると証明している。


 「おい、さっきから何ぐちゃぐちゃと言ってる? 怖じ気づいて、逃走の相談でもしていたか?」


 漆黒の男は、まるで余裕だった。

 自分が力を使いこなせていない等、信じようはずがない。

 バレックの見た目から、かなりタフな男と想定して、挨拶代わりに放った一撃が、そのタフな男に膝を着かせたというのが、更に自信へと繋げていたのだ。


 「いやぁ、まさか魔王がいきなり出向いて来るとは思わなくて、驚いてしまってな」


 軽口を言うルイス。

 これも向こうにしてみれば、ただの強がりにしか聞こえないだろう。

 ルイスはハイドとの稽古の時に、必要と思い持って行った剣(実際にはバレックとの組手で弱すぎて使う事がなかったが)を抜き、イリアに目配せして、左右に分かれて漆黒の男へと突撃する。

 漆黒の男は、両手で、先程同様に黒いエネルギーの弾を二人に放った。

 二人は弾くことも出来たが、わざと防御で受けた。

 これはその威力の確認でもある。

 そして、二人はバレックの言う事が、本当だというのを身を持って確信した。

 二人はダメージを受けた芝居をして、ルイスが先に斬りかかる。

 漆黒の男は、魔力を腕に(まと)い、手刀で返す。

 ルイスは剣もろとも弾かれて後退し、その間にイリアは漆黒の男の懐まで潜り込み、数発の拳を放った。

 その拳も手心が加えられているので、まともなダメージは与えていない。

 漆黒の男は、裏拳でイリアを打ち、これをガードする形で、再び距離を取った。


 「ふん、勇者もこの程度か? つまらんな。そろそろ遊びは終わりにしよう」


 両手を胸の前に(かざ)して、その中心に先程よりも大きな黒いエネルギーの塊が作られていく。

 先に受けた物より、さすがに威力はあるだろうが、その気になれば打ち消す事も簡単だろう。


 もう一度ルイスは、イリアに目を配らせて、この次で勝負を決めんと、合図した。

 ルイスが正面から突撃し、的となった。

 漆黒の男の中心で凝縮された黒いエネルギーをルイスへと放つ。

 ルイスは、自身の魔力を(まと)わせた剣で、それを()ぎ払った。

 黒いエネルギーの塊は一瞬にして霧散(むさん)し、漆黒の男から余裕の表情が消えて、動揺が走った。

 すかさずにイリアが左側面から蹴りを入れる。

 それは、先程までの打撃より遥かに強く、漆黒の男はガードするも三メートル程飛ばされて、追撃してくるイリアに右腕を伸ばし、再び魔力の弾を打ち牽制しようと試みる。

 が、それは叶うことはなかった。


 腕を伸ばした瞬間に、ルイスによって、その腕を斬り落とされたのだ。


 「ぐはぁっ!! 馬鹿な!? どうなっている?!」


 痛みで悲鳴を上げ、腕からは血が流れ出る。

 漆黒の男の血は赤かった。

 魔族も血の色は同じらしい。

 腕から流れる血は、すぐに魔力によって止められ、ポタポタと赤い雫が落ちる程度に治まっていた。


 「こ、こんなはずは無い!! 俺は魔王だぞ!! この程度のはずがない!!!」


 怒鳴り散らすように漆黒の男が吠えた。


 「言っておくが、まだ俺は本気を出してない。まだ続けたいなら、幾らでも相手になろう」


 ルイスがそう言いながら、少しずつ漆黒の男との間合いを詰めていく。

 漆黒の男は、それに怯んでしまい、後ずさる。


 「くっ、そんな……馬鹿な……」


 全くの計算外のようで悔しさを浮かべながら、黒い翼を広げて上空へと上がる。


 「次はこのようにはいかんからな!」


 負け惜しみのように言い捨てて、その場から逃げ去っていった。


 「カッコ悪」


 イリアがその姿を見て、素直な感想を述べる。


 「全く、ワシの身体を奪っておきながら、情けない真似しよって」


 お前も対して変わらないと思うぞ、と二人は思ったが、口には出さなかった。


 「たが、何とかなったな。バレックの言うとおりだったよ。あれじゃあ、普通の魔族くらいだろうな」


 魔族と戦った事が無いので、なんとなく『普通の魔族くらい』と表したが、弱くも無く、強くも無かった、と言いたかったのだろう。

 バレックは斬り落とされた腕へと近付いて、それを手にした。

 そして、自身の魔力と共鳴させるように、黒い光を身体から発して、手にした腕もやがて黒く光り始める。

 腕は徐々に黒い光と変わっていき、バレックの身体へと取り込まれていく。


 「おい、一体何をしたんだ?」


 ルイスは不審げに聞いた。


 「なに、ワシの腕にも魔力がある。その魔力を取り込んだだけじゃ。これで少しはマシな強さにはなったじゃろう」


 「魔族の身体って、意外と便利なのね」


 「かはは! ワシが特別なだけじゃ! 他には出来んよ」


 バレックは、自身で取り込んだ魔力の力により、先程受けた傷は治っていた。


 「お、おい、これは、一体どういう事なんだ?なんで、さっきの魔王の腕を、この男が手にして、この男の身体に入っていったんだ?」


 周りを見渡すと、多くの村人が騒ぎが終わったと思い、隠れるのをやめて出てきていた。

 一人の村人の男性が、恐る恐ると近付いて聞いてきた。


 (しまった!!)

 (しまった!!)

 (しまった!!)


 ルイス、イリア、バレックは、心の中で叫んで、そして後悔した。

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