酒の肴に勇者達を
ハイドの言葉に全員興味をそそられた。
ハイドを知らないバレックは勿論、ルイスとイリアも武術の先生として、稽古をつけて貰っていたたけで、余りそういう話題をした事が無い。
一番長くハイドと居るイリアも、他の聖騎士の話は良く聞いていて、その話に夢中になり、軽く聖騎士マニアになっているくらいだ。
「私は、シャンデルの聖騎士を務めてました。自分で言うのも何ですが、聖騎士の中でも、そこそこ筋が良い方でした。しかし、とある盗賊集団の討伐任務の時に右腕を負傷してしまい、その怪我の場所が悪く、それ以降剣を握れなくなりました。生活に支障は出ない程度には回復しましたが」
ハイドは、そこでワイングラスを右手で持ち、このくらいは全然大丈夫というように、軽く中のワインを回して、飲んだ。
バレックは、ほうほう、と一々大きい相槌を打って、ちゃんと聞いている事をアピールしていた。
二人はバレック程、明るくは聞けない、聖騎士として、右腕の負傷は大問題だ。
それを笑う事も、憐れむ事も出来るはずがない。
それが辛い事だとわかるから、だから、どんな表情をしたら良いのか分からず、真剣に話を聞いていた。
ある意味、バレックのように余り考え過ぎずに聞いているのが、正解なのかも知れないが、そこは性格の問題もある。
「その怪我が原因で、聖騎士を辞めました。シャンデルの王は、残ってくれて構わないと仰って下さったのですが、まだ三十だった私にも安いプライドがあって、その行為を無下にしてしまった事は、今でも申し訳なく思ってます」
ルイスもシャンデルの王を思い出す。
きっとあの王なら、憐れみ等ではなく、ハイド程の男なら、他の役職に回してでも残って貰いたいと純粋に考えていたのだろう。
片腕が使えないとは言え、剣を教わった身として、ハイドの強さを知っている。
片手でも聖騎士として、通じそうな程には、十分強い。
ルイスが、勇者の地区選抜に残れたのも、ハイドの稽古の賜物と言っても、何も可笑しくない。
「それから、暫くは腐ってしまい、家に引きこもりだらしない生活を過ごしてました。そんな時に見るに見かねた友人が、ここの村の村長さんと知り合いで、村長さんが貴方達二人の為に、稽古をつけられる人間を探してるから来ないか、とお話を貰いました」
「あれ? じゃあ、先生が来たのは、アタシ達の為だったんですか?」
ハイドは、こくり、と頷いく。
初めて知る事実だった。
村長は、怪我で引退した騎士がいるから、セリナの子供達に武術の指南を頼んだ、と言っていたので、深くは考えてなかった。
村長自身、二人が組手をやり始めた頃から、誰もまともに武術を教えてやる事の出来ない環境に、この二人の才能が埋もれていく事に、嘆いていたそうだ。
「そして、私はここの武術指南の先生になりました。数は多くありませんでしたが、何人か武術を習いに来る子供の中に、一際才能が輝いている子供が居ました。それがイリアさんでした」
ハイドは、勇者のルイスではなく、イリアを指して、イリアはビックリして照れながら、何言ってるんてすか、等満更でもなかった。
ルイスはというと、意外にも悔しそうでもなく、残念そうでもなく、当たり前のように喜んでいた。
ルイスにとって、イリアは憧れの存在で、イリアに劣等感等を抱いた事なんてない。
バレックはそんな二人を見ながら、楽しそうにワインを飲んでいた。
「彼女の才能は素晴らしく、勇者は男しかなれない、という規定があった為に、勇者にはなれませんでしたが、その後の彼女の成長ぶりは、もう聖騎士クラスである事は間違いないと思える程でした」
「なんじゃ? 勇者になるのに、男だ、女だとそんな馬鹿馬鹿しいルールがあるのか? かはは! 何の為にわざわざ制限なんてかけておるのやら」
バレックとしても、勇者が毎回男である事が、こんな理由があったと内心納得しながら、そんな意味の無い規制を笑い飛ばした。
「って、ちょっと先生! いつの間にか、私達の話に移ってません?!」
そこで、今更ながら、話の内容がハイドの過去ではなく、昔の自分達に移行している事に気付いて、イリアは指摘した。
「いやぁ、しかし、ここに来て以来は、貴方達の事がほとんどなんでね。どうしても、自分を語る上では貴方達を外せないんです」
白々しい言い訳をするハイド。
最初からこのつもりだったのだろう。
話をバレックに戻す訳にもいかないので、諦めて流れに身を任せる事にした。
「そして、彼女のもう一つ驚くべき所が、武器の扱いが下手くそな所です。何故か彼女、武器を持つと弱くなるんです。不思議ですよね? 素人でも、素手よりそこら辺の棒切れを持った方が強くなるのに、彼女は明らかに弱くなってしまうんです。どういう仕組み何でしょうね?」
「それは異な事だな! かはは!」
「あぁ! もう! そういうのはもう良いでしょ!!」
ハイドは、バレックを焚き付けるように共感を求めて、それを一笑する。
さすがに自分の醜態を話題に盛り上がられては堪らないと、椅子から立ち上がり、てんに両手を叩きつけて大声で止めに入った。
「そして、そんな彼女は素手では、武器を手にした私なんかでは、もう勝てないんですよ」
最後には、一応フォローのようにそう言って、イリアを宥めた。
「そして、次はルイス君だ」
「げっ!?」
次の矛先が自分に向いた事をあからさまに嫌がり、イリアとバレックはニタニタと笑ってルイスを見ていた。
「彼も才能は、ありました。センスも良いでしょう。ただ、イリアさんと比べると残念でした」
「わざわざ言わなくても良いでしょう」
別に自分には、類いまれなる才能があるとも思ってないし、イリアに憧れてるから、比べられても何とも思わないが、口に出して言われると自分の普通さが恥ずかしく思えてきて、小声で呟いた。
「努力家で、真っ直ぐな子供だったので、教え甲斐がありました。ただ、精神面が弱かったですね」
「ほぉ! というと?」
バレックがいつも以上に大きくリアクションを取り、更に細かい事を聞き出そうとする。
ルイスは、もうなるようになると諦めていた。
「精神的に打たれ弱いんです。すぐに泣き言を言うし、自分は駄目だ、とすぐ否定するし、その癖ちょっと格好つけたがって、調子に乗る所なんて、本当に格好悪くて見てられないですね」
「そこまで言わなくて良いじゃないですかっ?!」
諦めたはずが、余りの言われ様に我慢出来なくなって、今度はルイスが立ち上がり、両手をテーブルに叩きつけて大声で止めた。
その反応に、ハイドは、ふふ、と穏やかに笑い、話の続きをした。
「彼はね。とっても優しいんですよ。だから、等身大の彼の優しさが、私が見ても格好良いって、思える時がよくありました」
その言葉に、誰にも気付かれないようにイリアは小さく頷いた。
イリアが、その優しさに救われ、その時に少なからずハイドの言う格好良さを実感していた。
「彼はね。剣の技術や、不屈の闘志で世界を救う勇者ではなく、優しさで世界を救ってくれる勇者だと、私は信じています。彼は優しさで周りを救い、彼もその周りから救われる。そんな勇者だと思ってます」
ルイスは、何か心の中の重みが少し取れた気がした。
勇者としての使命とか、責務とか、やらなければいけない重さに堪えられなかったけど、自分はそんな今まで通りの勇者にならなくても大丈夫だと、何があっても周りにきっと頼れる味方が居てくれると、そんな安心感を与えてくれた。
「そして、それは、貴方からも感じました」
ハイドがそう言って、バレックに視線を移す。
バレックも、ほぉ、と興味を示した。
「貴方が例え、どんな人物であったとしても、私は貴方を信じましょう」
その時、不意にルイスは、子供達に話を聞かせていて、自分が重圧に押し潰されそうになった時に、肩を叩き、声を掛けてくれて事を思い出した。
あの時は自分に余裕がなくて、強がる事しか出来なかったが、バレックはそれでも笑ってくれた。
全てを察してくれている様に、黙って受け入れてくれた気もした。
自分も優しさで救われたのか。
勇者が魔王に。
それでもやはり複雑な気持ちは拭い切れない。
相手が、魔王である以上、受け入れてはいけない。
ハイドは、それを知らないのだから。
「かっはっはっは! お主やっぱり面白いのぉ! 良い話を聞かせて貰ったわ!」
豪快に笑う。
この男の笑いが、この男の優しさが全て偽りで無いことを願いたい。
この先の不安は消えないが、それでもハイドのいう通りに、等身大で優しさで救う事が出来る様に頑張ろうと思った。
--そんな会話を遠くから睨み付けるように、じっと見ている影があった。
そこからは、憎しみと嫉妬渦巻く、黒い視線が。
その影は何もする事は無く、宴が終るまで、ずっと張り付いているのだった。




