酒の肴に魔王を
夜になり、セリナ村の酒場では、宴を繰り広げていた。
シャンデルの大衆酒場程の広さは無いにしても、酒を製造している村だけあって、村の規模と比較すれば、それは大きい方だと言える。
多くの大人達が集い、既に出来上がっている様子で、歌ったり、踊ったり、暴れたり、と勇者そっちのけで騒いでいた。
どうも人間というのは、何かと理由をつけては飲んで騒ぎたいのだろう。
その当人の勇者というと、隅の方の席でイリア、バレックと共にテーブルに出された食事とワインを嗜んでいた。
いや、食事を食べているのは、バレックだけで、二人はそれを呆れるようにみながら、ワインだけをゆっくりの楽しみ、たまにつまみを、軽く口に放り込む程度だった。
だが、ルイスの家での食事を断った理由は、察しているので、別に良く食べる事に呆れている訳ではない、豪快過ぎる、悪く言えばガサツ過ぎる事に呆れているのだ。
「いつもそんな感じで食べてるの? もうちょっと綺麗に食べれないかな。」
堪えきれなかったのか、素直な感想をバレックへとぶつける。
「いやぁー、すまんな! 飯なんて、封印されてる期間を含むと千年近く食ってなかったもんでな」
バレックは、口の中の物を飲み込んで、そう言って笑った。
喋る時は、食事を止めているのを見ると、行儀が良いのか、悪いのか、分からなくなってくる。
「は? 全然食べてないじゃん! ダイエット?」
さらっと、千年も絶食していると言われて、さすがに二人は驚きを隠せない。
イリア的には、食べない=ダイエット、なのだろう。
確かに魔王がどんな体格かなんて分からないので、意外とぽっちゃり豊満ボディなのかも知れないと想像を膨らませる。
「あほう、違うわ! ワシら魔族は人間を食うからな! 人間の食う飯等、不味くて食えん!」
じゃあ、今ガツガツ美味そうに食べてるのはなんだ?という目で見てしまった。
恐らく人間の身体だから、当然味覚も人間のものになっているのだろうと推測はつく。
「その人間を食べるのを、バレックは止められないのか?」
「無理じゃ。同胞に飢え死にを勧める事は出来ん。お主らも家畜を食うのを止められるか?」
ルイスの提案は、ピシャリと却下され、おまけに人間を家畜扱いする始末。
「家畜と一緒にすんな!」
イリアは喜怒哀楽が激しいらしく、思った感情がすぐに出てしまうようで、それを抑えるつもりはないのである。
「そうじゃな。人間は家畜以外も食えるが、魔族は人間しか食えんからな」
一々礼儀正しく、食事の手を止めて話す魔王の姿が可笑しくはあるが、魔族は人間しか食べられない、つまり人間を食べない、という事は、魔族にとって死活問題になるという事だ。
「だけど、バレックは、食べなくても平気なんだろ?」
そう、魔王は封印時期含めて、千年も食べてないのだ、つまりここ五回の復活において、一度も食事をしていない。
封印が解けて、また封印されるまでの期間はバラバラのようだが、歴史を学んだ時にルイスが教えてもらったのは、一年前後らしい。
「平気とは言っておらん。まぁ、ワシは魔王だからのぉ、やった事はないが、封印無しなら、十年、二十年は余裕じゃろう。じゃが、他はそうはいかん」
意外と長い間食べずに生きていけるのだな、と感心しつつ、それでもどうにかならないかと思考する。
そんな様子を見てか、バレックは更に詳しく説明する。
「それに魔族の中でも魔獣と呼ばれる者共は、知能が低くワシの言うこと等聞かん。下級魔族は言うことは聞くが、それでも馬鹿が多くバレなければ良いと考えおるわ。上級ともなると、なるべく死体しか狙わんようには、しておるみたいじゃ」
魔王もどうにかしようと試みてはいたようだ。
しかし、制御出来ない。
出来るはずがない。
人間と同じように飢えれば死んでしまうのに、それを食われたくないから食うなと言われて、はいそうですか、と納得し、承諾してくれるはずがない。
人間とて、じゃあ、仕方ない、身を捧げるか、という訳にはいかない。
平行線の話だ。
ここでルイスの頭の中で疑問が生じた。
歴史を学んだからこそ、矛盾している事があった。
「じゃあ、なんで、二千年以上前は、互いに別々で暮らせていたんだ?」
魔族の暴動が起きたのが、約二千年前で、それ以前は、それぞれが違う土地のみで干渉し合わずに暮らしていたはず。
なら、何で今はそれが出来ないのか?
「それは、昔は食うもんがあっただけじゃ」
魔族は、人間以外に食べる事が出来る物があった。
至極当然である。
食べる物があったから、人間を食べる必要が無かった。
ただそれだけの事ではあるが、つまり、その食べる物が、失われたから、今は人間を食べるしかない、という事。
では、何故失われたのか--次は、その問題に直面する。
「何が原因で、その食べる物が失われたんだ?」
聞いてみて、どうなるものでもないのだが、それでもやっぱり、襲われる側として、そんな重大な原因を聞く権利はあるだろう。
「知らん。ワシが産まれた時にはなかったのだからな」
バレックにしたら珍しくつまらなさそうな表情で言ったのが気になったが、それよりもその通りだった。
食べる物が無くなって、暴動が起きた事により、前魔王と戦いになり、何とか倒す事が出来た。
バレックの話だと、魔王が産まれるのは、前魔王が死ぬ十年前後。
もし暴動前に産まれていても、産まれたばかりの時だろう。
それは、覚えていなくても当然である。
「じゃあ、はい! アタシも質問!」
さっきは機嫌が悪そうだったのに、何か気になる事が出来たようで、前のめりになりながら、元気に手を挙げて主張する。
「なんでアンタは人間食べてないの?」
そうである。
人間しか食べられないのに、食べるのを止めた魔王。
それは、自殺行為というもの。
例え、魔王が特別で、少し長い間食べずに生きていけたとして、いずれは直面する空腹、飢えである。
なのに、食べないというには、余程の事情があるに違いない。
そう考えながら、魔王の回答を待つ。
「それは、いくらワシとお主らの仲とは言え、秘密じゃよ」
悪戯に笑って返してきた。
一体、昨日、今日あったばかりの、勇者と魔王、どういう仲だというのかは、知りたい所ではあったが、誤魔化されてしまった。
まぁ、秘密と言っている以上言うつもりは無いと理解出来る以上、深掘りする事もない。
教えてもらった所で、魔王を封印する事に変わりはないはずだ。
「かぁー、美味かったぞ!! 店主よ! ここの料理は最高だな!!」
テーブルの食事を余すことなく平らげて、最後にワインを飲み干し、店主に向かって、そう叫ぶ。
店主も得意気な顔をして、当たり前だ、と返し、それにバレックは満足そうに頷いていた。
「しかし、こんな美味いもんが食えるとは羨ましいのぉ」
その言葉に、今度は何の意図も無い純粋な疑問を持つ事となった。
「なんで、魔族は人間以外不味く感じるんだろうな。それは知ってたりするもんなのか?」
多分、知らないと思った。
だって、人間が食べる物を何故、美味しい感じるのか、と聞かれると旨味や甘味や塩味や苦味や辛味を味覚が美味しいと判断するからで、向こうは逆という事で、人間の味覚がそれらを美味しいと捉えるかなんて、知った事ではないからだ。
「噂……というより、完全な眉唾物な話じゃが、人間は精霊に愛されておるから、自然の恵みが美味く感じるそうじゃ。」
精霊…………そう、魔法を使うのも、リオメタルを加工出来るのも人間の、魔術師の特権と言っても良い。
魔族も魔力を使うが、魔法というより魔力のエネルギーをそのまま具現化しているような感じに思える。
「ワシら魔族は、闇の精霊の加護を受けており、闇の精霊だけは、他の精霊と仲が悪く、他を受け付けんから、自然の恵みを拒絶しとるらしい。唯一人間の作るもので、口に出来るのが酒じゃ」
そう言いながら、空になったグラスにワインを注ぎ入れる。
「精霊の影響ねぇ……なんか嘘っぽいわね」
「かはは! ワシも信じてはないが、強ち間違って無いとも思っておる! 人間は精霊の加護を受けていながら、闇の部分も多く持っておる。なら、人間は食えるというのも納得じゃ」
確かに、魔族との争いより、人間同士の争いの歴史の方が長い。
人間の私利私欲を少なからず見てきているので、否定的にもなれなかった。
魔王というのは、雑学好きなのか、意外な所の話のネタを持っている。
真実にしても、紛い物の話にしても、なかなかに無い発想のネタだ。
酒の肴に丁度良い。
そして、そんな酒だけは魔族も飲めるという事実に多少ビックリもした。
バレックの話では、自然の物にして、意識を混濁させる闇の飲み物らしい--ここまで聞くと嘘っぽさか勝ってくる。
「何やら盛り上がっているみたいですね。私も混ぜて貰っても良いですか?」
ルイス達が魔族の豆知識に夢中になっていると、ハイドがワイングラスを片手に声を掛けてきた。
流石にルイスとイリアは慌てて、そんな事はないです、等言いながら、話を誤魔化そうとしていた。
今、魔族の知られざる生態の話を魔王様の口から直々に聞いているんてすよ!一緒どうですか?とは言えまい。
「おぉ! ハイドよ!! 来ていたか! こっちは十分満喫させてもらっておるぞ!」
「参加してくださって、良かった。私は、今来たばかりですよ」
そう言いながら、バレックとルイスの間に座る。
「せ、先生。夕方にバレックと会ってたんですか?」
ハイドとバレックの口振りから、二人が接触していたのは、確かだった。
それなら、バレックが一人だった夕方以外有り得ない。
「えぇ、少しお話させて貰いました。面白い方ですね」
「かはは! お主もなかなか面白かったぞ! ハイド!」
些か、何を話したのか気になる二人ではあるが、余り聞くと怪しまれないとも限らないので、ハイドの出方を伺う事にした。
「そうじゃ、こやつら、ワシにばっかり話をさせるんじゃ。お主は何か無いのか?」
その二人の変わり様を見て、悪い顔をしながら、ハイドに主導権を握らせた。
ハイドもそれを察して、やれやれ、という感じに軽く笑って、話を切り出した。
「では、私の話でもしましょうか。退屈だと思いますがね」
そう言って、ワイングラスを口へと運び、一口飲んで、ゆっくりとテーブルへおいた。




