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たまには魔王も旅をする  作者: きげん
1章 魔王と勇者の優しき苦悩
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夕暮れを眺めながら

 夕方になると、ロマンチックな赤がセリナ村を染めて、煉瓦(れんが)や木で造られた家が妙に懐かしさを(ただよ)わせる。


 夕食には、ルイスの家でイリアの家族も招待して、食卓を囲んだ。

 久しぶりの団欒(だんらん)を噛み締めながら、テーブルには、好物の母の作るクリームシチュー、揚げた鶏肉や、サラダ、スパゲッティー、パンにワインと取り揃え、それらの料理を堪能して、村の事、シャンデルの事、お互いの話を聞きながら、この尊い時間を大切に刻んでいた。


 バレックはというと、気を利かせて、ルイスの招待を断り、広場でただただ座りながら、人々の生活を楽しそうに眺めていた。

 セリナ村は、農家、特にお酒等を造る為のブドウを主に作っており、お酒の製造まで担っていた。

 その為か、生成(きなり)色(淡く赤みと黄みがかった白色)のワークシャツや少しお洒落を入れてウエスタンシャツ等を着て、ジーンズやオーバーオールを作業着としている者が多く見受けられた。

 家の周りに樽が置かれているのは、そのせいなのだろう。

 勿論、ブドウだけでなく、他の果物も農作し、フルーティーなお酒を造ったり、子供用のジュースも造ったり、またはそのまま出荷する物と数多く育てている。

 そういう事が出来るのも、セリナ村が果樹を育てるには適した気候なのだろうとも言える。


 バレックは、本当に何気ない日常風景を楽しそうに見ていた。

 いや、彼に至っては、常に楽しそうな顔をしているので、内心では どう想って見ているか、なんて分かり得ない事だ。


 「貴方は、ルイス達と食事されないんですか?」


 少し遠くの方から声を掛けて近付いて来たのは、セリナ村の雰囲気と違って、半袖のグレーのミリタリーシャツに、無地で黒色の長ズボン、右腕にはサポーターを着けている。

 顔は面長で、穏やかそうな顔立ちだが、怒らせたら恐いんだろうと思わせる印象もする。

 髪は短く茶色がかっており、体格はバレックに引けを取らない程にがっちりしている四十代男だった。


 「せっかくの水入らずじゃ。無粋な真似はせんよ」


 声の人物を首の動きだけで確認した後は、また村の人達へと目を戻していた。

 存外、本当に日常風景を見るのが好きなだけかも知れない。


 「おや? 私の事覚えてませんか?」


 バレックのすぐ近くまで行き、そこで立ち止まり、隣に座る。


 「かはは! 勘違いじゃないか? ワシはアンタを知らん。それとも鎌を掛けとるつもりか?」


 何の動揺も無く、探りを入れてきているのであろう事を察して、探り合いをする気はないようで、直球で切り返した。


 「いやはや、気を悪くされたら申し訳ない。ただ、その喋り方が気になってね」


 「なんだ? この喋り方に心当たりでもあるのかのぉ?」


 指摘しても隠そうともしない、魔王としての威厳なのか、器なのか、よく分からないところで、そんな態度を見て男も笑う。


 「はは、いや、逆ですよ。バレックさんはそんな喋り方をしてなかった」


 確実に別人であると判断はしている男だが、だからと言って、それに警戒をしていると言うよりは、興味本意で確かめているように見えた。


 「むぅ? さっきも言った通り、お主とは、会った事は無いはずじゃが?」


 眉をしかめて、そんな筈ないと言わんばかりに考え込む。

 バレック、もとい魔王は、身体を借りる時に、バレック本人の魂に触れ、一通りの記憶は所有していて、バレック自身より覚えている自信すらあったので、この男がバレックを知っているとは、到底思えなかった。


 「考えても無駄だと思います。確かに貴方の言う通り、私達は会ってません」


 焦らしてくる男の言葉に何かを悟ったらしく、あぁ、と発した後は、いつものニヤリ顔に戻っていた。


 「それは失念じゃったわ! お互いが会わんでも、一方的に見る事は出来る訳じゃからな」


 そう、出会った訳では無く、バレックがバレックとして、生きていた時に、この男はバレックに一方的に出会い、その風貌や仕草、話し方を覚えていたのだった。


 「その通り。私が昔聖騎士をやっていた時に、バレックさんを見た事があるんです。普通なら覚えてませんが、バレックさんは、マーセルの街では、そこそこ有名な自警団の団長さんなので、なかなか印象深く覚えていました」


 これでも魔王は、なるべく知る人間の居る時はバレックの記憶を頼りに、バレックとして装うつもりだったが、バレックを一方的に見た事があり、覚えている人間がいるのは、考えてみれば当然だが、指摘されるまで気付かなかった。

 まぁ、気付いた所で、こっちには、どうしようもなく、魔王本人は、ずっとバレックを演じようなんて気持ちは更々無かったので、それが次の機会に活かされる事は無いのであった。


 「それで、差し支え無ければ、貴方は一体何者なのか、教えていただけますか?」


 男も笑顔は崩さない。

 別段、責めている訳でも、怪しんでいる訳でも無い。

 最初に村へ入って来た時、そして喋り方の変化に疑いを持ち、ルイスを、勇者を欺いて、何かを目論んでいるのかを確かめようとはした。

 遠くの陰で気配を消し、そこからのバレックの行動を監視していた。

 子供達にせがまれ、話をするルイスの顔がどんどん暗くなり、血の気が引いて青白く、今にも倒れそうな顔になっていく。

 きっと語りながら自分の勇者としての立場が、重く感じてしまったのであろうと思い、監視を止めて声を掛けに行こうかと考えていた時、バレックもルイスの表情を見て察した様子で、一瞬悲しそうな顔になったが、すぐに優しく笑みを作り、肩を叩いて、声を掛けていた所を見てしまったのだ。


 彼に悪意が無いと判断して、監視を止めた。

 今はたまたま通りがかった所に、バレックの姿を見たので、誰もいない今なら何かしら教えてくれるかも知れないと、声を掛けたのだった。


 「それは言えんな! だが、安心せぇ! 勇者はワシが誰かは知っておる。信じられんかもしれぬが、あやつを陥れるつもりも、利用するつもりも無い! ただ、ワシの目的の為に途中迄は、一緒に同じ目標を目指しておるだけじゃ」


 明け透けに、言えない物は言えないと、言える範囲は全部話す、というように爽快なまでの歯切れの良さだった。


 「貴方の目的っていうのは?」


 恐らくは、ちゃんとした答えは返ってこないだろうと思いつつも聞いてみた。


 「この世界を変えたいんじゃよ」


 バレックは、冗談半分のような笑顔で言う。

 だけど、その笑顔はどこか悲しそうだった。

 世界を変える……何の為に?

 そう思ったが、それ以上は言わないだろうと、思ったのもあるが、簡単に口に出来る話では無さそうだと思って、この話を終わりにした。


 「この後、夜からルイスを祝う為の宴を、酒場で開くみたいなので、是非そちらに参加してください」


 男なりの誠意であった。

 色々語れない過去を持っている人間は、少なからず見てきたつもりだ。

 それなのに、色々と追及したのだ。

 せめて、村の歓迎は受けて欲しい。

 それが男なりの、今の気持ちの表し方なのだ。


 「そうか。それは楽しみじゃな! ありがとのぉ! えぇと、なんと言うのかの?お主」


 ここで初めて、この男が誰なのかを知らないままである事に気付いて、問い掛ける。


 「ハイド・シューレン。元聖騎士で、今はここで子供達の武術指南をやってます。ルイスとイリアも多少ではありますが、私が手解きしました」


 「なるほどの。お主が師匠なら、あやつ等が立派なのは、納得じゃわ」


 得心がいったバレックは、豪快に笑う。

 日も落ちてきて、少しずつ赤いセリナの村に黒が混ざり始めてきた。

 ハイドは、腰を持ち上げて、その場に立った。


 「私は、大した事は教えられません。彼らが良い子だっただけですよ。」


 謙遜しながら、バレックへと向き、ではまた、と軽く挨拶をして立ち去っていった。


 「お主も随分良い男じゃよ」


 そんなハイドの背中に、讃えるように投げ掛けた。

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