闇より出る者
光をも食らい尽くさんばかりの闇の中に、そこに存在する者が居た。
いや、正鵠を射るには、そんな闇に居る人物を認識し得る筈もなく、何故そこに居ると解るのかは、その者の息遣いや、僅かな衣擦れの音や聴覚に頼る所も大きい。
とはいえ、姿はまるで闇そのもので量子力学的に存在を危ぶまれそうにはなるが、もし仮に同じ部屋に同伴するとなれば、その質量、存在感に気付かない者は居ないであろう。
それほどに威圧感を放っており、聴覚のみならず、第六感がその者の存在を断定してしまうのだ。
何やら動いている。
行動一つ一つに空気が、空間が歪む。
「漸くだ…この時をどれ程待ち望んだ事か」
微かに聞こえる低く唸るような、それでいて何処か悦びを噛みしめる声が発せられた。
闇の中で空間が歪む。
――それは闇の中の者かが動いたのだ。
自身の身体を確かめるように、自身の感覚を味わうように……何も見えない漆黒を纏って。
一通りの確認を終えたのだろうか、ベタベタと素足だと聞いて取れる足音を立てて歩みを始めた。
何も見えない闇の中で、迷う事無く、惑う事無く、厭う事無く、出口を知っているように、出口があるのだと確信しているように--
「さて、始めるとしよう……いや、終わらせるとしよう…だな」
その言葉を皮切りに、漆黒に何やら金属の擦れる音と共に、一筋の光が射し込まれた。
扉が開かれた。
闇が放たれた。
一筋の光は決して綺麗な線を描く事は無かった。
その光は闇と同化した者の影を象って、徐々に光は部屋へと広がっていった。