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平穏を目指す野望

 本当にいまさらな話なのだが。


 異世界転移を果たしたにもかかわらず、おれにはなんの能力も備わっていない。


 嘘だと思うだろうが本当の話だ。せめて召喚士の才能があるだとかそういうのがほしかった。


 つまりなにがいいたいかというと、おれはいま、窮地に立たされている。


「とりあえず武器を降ろせ」


 おれは目の前の囚人を刺激しないように優しい声音いった。この男、冷静になってよく見れば宿の浴衣を着ており、腰には団扇を差している。この男もおれと同じようにここで羽を伸ばし、ストレスを解消しているはずだ。温泉で頭はほっかほか。刺激しなければ穏便に済ませることもできるはず。


「ああ、武器。忘れてた」


 団扇の隣に差していたナイフが抜かれた。頭がほっかほかなのは事実だったようだが、冷静にしてしまったのはおれのミスだ。


「誰からの命令だ」

「俺は誰からの命令も受けねぇ」

「金のために働いてるんだろ?」

「なに? くっ、誰がそんなことを!」


 目に見えて狼狽える彼は微笑ましくもあったが、だからといって現状を打破できるとは思えない。おれは武道の経験もないし、ナイフを持った男に立ち向かう勇気もない。


「とにかくてめぇはここで大人しくなるしかねぇんだ。いいか? 少しばかり痛いだろうが我慢してくれ」

「悪いがおれはもとの世界に戻る。雇い主にもそう伝えてくれ。おれは不都合な存在かもしれないが、すぐにこの世界から消える。いなくなる。だから赦してくれ」


 後ずさりしようにもおれの背には壁があり、逃げられる場所はすでにない。


 囚人は鼻を鳴らして笑った。ナイフをの切っ先を揺らし、おれを挑発してくる。


「そりゃいい。よっぽど帰りたい理由があるんだな」

「なに?」

「そうだろう? もとの世界になにがあるのかは知らんが、お前みたいな生活を送っておいて不満なんぞないだろうに」

「そうはいうがな。家族も友人も向こうなんだ」

「はっ。人間関係なんざ、あとでいくらでも作れるだろうが!」


 囚人が突き出してきたナイフを間一髪で避け、おれは一目散に扉を開けて部屋を飛び出そうとした。しかし開かない。押しても引いても、念のために横にスライドさせても上下に動かしてみても一向に扉は開かない。


 冷静になれ。この部屋は馴染みのある外開きの扉のはずで、それが開かないということはドアノブか鍵部分が壊れているか、外になにかがあるということだ。


「逃げるな!」


 危機のなかで、なんとか頭を回す。斬りつけてくる囚人のナイフはどう避ければいいのか。腕を抑えにいくのは危険すぎる。しかしやらなければ斬られる。


 結局おれは扉を背にその場に腰を落とした。ずり落ちた、というほうが正しいかもしれない。腰を抜かしたおれは恐怖で体勢を維持できなくなり、手で顔を庇いながらずるりと尻餅をついたのだった。


 そして次の瞬間。


 頭上から扉を叩き壊す音が響き、囚人が吹き飛んだ。


「な……なに?」


 衝撃のままに強く地面へと叩きつけられた囚人が呻いたが、それはこちらの台詞でもある。おそるおそる上を見上げてみれば、そこにあるのは扉を器用に突き破る、角ばった機械的な()だった。


「機械の腕……?」


 おれはなにも理解できずにその腕を眺めていたが、囚人はそれを理解できたようだった。彼は歯噛みをし、おれとその腕をきつく睨みつけた。


「クソッ……見誤ったってわけだ」

「なんなんだ、こいつは」


 おれは地面を這って、安全だと思われる場所で立ち上がった。倒れた囚人と扉の前からちょうど半々の距離になるように立ち、おれは周囲を警戒する。


火要零(カヨウゼロ)サマ。オ迎エニ上ガリマシタ」


 唐突なその機械音声は、扉の外、腕のもと(・・)から響いてきた。こういう場合は『お迎えに参りました』のほうが正しい気がするというツッコミを心のなかでしようとして、おれは当たり前のように聞こえる日本語があくまで翻訳魔法によるものであることを思い出した。







 王女も護衛も、もちろん招待された者たちもいないヘリコプターに揺られ、おれはキング王国まで舞い戻ってきていた。


 初めて召喚されたときとは比較にならないほど、城には絢爛豪華な装飾がなされ、堅固な城壁が築かれ、近代的な警護が敷かれている。


 土台は中世の西洋城であるにもかかわらず、その上には昼夜を問わずサーチライトが照らしている巨大ヘリポートが存在している。夢のなかの支離滅裂な舞台などでなければなかなかに珍しい光景だろう。


 しかしここは現実である。異世界ではあるが、ここもまた現実に違いはないのだ。


 場所は先述の城壁ヘリポート。先刻に死の恐怖を感じたばかりのおれは、幸か不幸か最大限の警戒をもっておれを出迎えてくれた二人と対峙した。


 すなわち、王さまと、黒マントの男である。


「おお、無事じゃったか! まさか本当に襲われておるとはな……」

「この機械は、王さまの?」


 おれは先導してくれた機械を指して問うた。


 機械といえば幅広いが、強いていうならばアンドロイドか。おれよりも背が高い、スリムな二足歩行ロボット。頭部はフルフェイスヘルメットのようになっていて、目元保護(シールド)部分が点滅することである程度の意思疎通が可能なようだ。


「うむ。この城で長く世話になっている守り神のようなものでな」


 王が説明してくれた。かつて異世界から召喚されたという多機能型の完全自律ロボット。人としては数えないが、ときとして人よりも役立ち、人よりも尊ばれる貴重な存在。


 しかしいまのおれには、はっきりといってしまえば些末な話だった。それよりも訊きたいことが心のなかには準備してあるのだから。


「なるほど。その守り神でこの平穏を守るべく、おれの存在を消そうとしたわけですね」


 王も黒マントも、表情を変えずにおれを見ていた。

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