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偉大なる魔術師

 おれの姿を見つけたらしい九時の老人は、自身が座るベンチの横を叩いた。こっちにきて座れということらしいが、実は用があるのはおれのほうだ。


「早かったのう。王女としっぽりやっとったんじゃなかったのか」

「なんの話だ」


 思わずタメ口になってしまった。いけないいけない。老人には敬意を払う。徳ポイントを貯める基本である。


「どういった噂を聞かれたのでしょう?」

「お主らが温泉宿の隅でえっちな声を出しておるという証言があった。匿名でな」

「えっちな声はゲームキャラクターのやられボイスですね」

「王女の声であった、あれは間違いなく王女の声であったと話しておったぞ」

「じゃああれですね。おれがゲームでボコボコにしたときの王女の呻き声」

「いい感じだった、近寄り難い雰囲気であったという証言もあったぞ」

「そりゃもう後半は殺伐としてましたね。ところでさきほどからどうして感想が二人分あるんですか?」

「証人保護プログラムをご存知か?」

「あの双子め……」


 とぼける老人の横でおれは卓球少女たちを思い出していた。いや、いまはそれよりも重要な話だ。


「王女から、近衛魔術師の話ならあなたのほうが詳しいと伺いまして」

「近衛魔術師……おお、懐かしいのう。やつはわしが育てた」

「はい」

「なんじゃその返事は。本当の話じゃ。わしは若いころやつの教育係じゃった」

「それはすごい」

「正確には学校の先生だったというだけじゃがな……その顔をやめよ。ゴホン。やつは普通の人間じゃったが、飛び抜けて優秀で、飛び抜けて優しい男じゃった」


 過去の人物を語る際にはいくつかの感情が伴うのが常だが、老人の場合、もっとも大きく見えたのは喜びの気持ちだった。よっぽどの人物だったのだろう。


 しかし、その人物の結末を、おれは王女から聞かされている。どんな人物にでも、平等に不平等な死は訪れる。


「召喚士としても一流だったとか」

「そうじゃな……残念ながらやつは、召喚士としても一流じゃった。この世界に生まれていなければ、やつはもっと平和に暮らせたのかもしれん」


 温泉街に建てられた多種多様な文化の建築物。温泉のあとの牛乳に温泉卵、卓球にアーケードゲーム。見たこともあればないものもある。これらのほとんどは、もともとこの世界にはなかったものだ。召喚士は多くの別世界からこの世界にないものを召喚し、文明を発展させていった。


「増やすだけならば良かったじゃろうが……周囲には賢人会議をはじめとして多くの敵がおった。優秀だったあやつは、戦場においても大した活躍だったそうじゃ。しかし健全な精神は長くもたなかった」


 おれは相槌も打たず、ただ老人の話を聞いていた。


「壊れる心をギリギリでつなぎ留めたのは、やつが戦場で拾った親なき子たちじゃった。もちろん本当に彼らのおかげだったのかどうかはわからん。ただ子どもたちと接するとき、廃人同然だったやつの表情は、ほんの少し明るさを取り戻していたそうじゃ」

「そのなかに、いまの召喚士も?」

「ああ。あの坊主はやつが初めて拾ってきた男児じゃよ。ちなみにわしが育てた」

「すごいですね」

「棒読みをやめよ。ちなみにこれは本当じゃぞ。近衛魔術師(やつ)はあの坊主を仕事から離したがってな」

「え? でもいま召喚士は……」

「うむ。ちなみにお主、王女からどこまで聞いた?」


 おれは事前に王女から聞いた話を簡潔にまとめた。


 王国所属の近衛魔術師は、事故によって逝去している。優れた召喚士であった彼は、しかし不意の事故によって突然その命を絶たれた。召喚の際に危険区域内へと入ってしまった人物を庇い、召喚の対価(コスト)としてこの世から消滅してしまったのだった。


「その人物が召喚士(ぼうず)じゃよ」

「なんですって?」


 おれは驚いた。間接的とはいえ近衛魔術師の事故を引き起こしてしまった人物。その人物こそ当時近衛魔術師の弟子として働いていた召喚士――黒マントの男であるという。


「あの事故で親同然の存在を失ったのち、坊主は召喚の研究に没頭するようになった。親孝行のつもりなのか、贖罪なのか。たしかなことがあるとすれば、坊主がいなければこの国から召喚士という存在は消え失せていたじゃろうな」

「……もう一つ、訊いてもよろしいでしょうか?」


 おれの問いはきわめて不適切(・・・)で、しかし同時におそらくきわめて真実に近いものだった。老人は目を見開いて、おれの顔を見返した。







 宿へと戻ったおれは、そのまま自分の部屋の布団へと潜り込んだ。この温泉街への滞在期間はあと三日予定されていたが、明日王女からふたたび伺う話次第では、もっと早く王国へと帰る必要がありそうだ。


 暗い部屋。おれの家よりもふかふかの布団だが、どうにも材質がなじまない。麻なのだろうか、絹なのだろうか。人生経験の少ないおれは、そういえば自分の家の布団が何製なのかすら知らないことに気づいた。


 布団のどこかに記載されているのか。両親はちゃんと知っているのだろうか。あれは通販で買ったものだから、CMを見ればわかるのだろうか。


 もとの世界が、少し恋しい。


 そこに。


 おれは目を瞑ったまま、ゆっくりと布団のなかで姿勢を整えた。ゆっくりと布団の端へと移動し、深呼吸。


 間を合わせ、おれは一気に毛布とともに転がり、立ち上がると同時に部屋の端へと走った。壁を背に、急いで電気をつける。


「おっと、気づかれるとは」


 なにかの気配を感じたおれの勘は正しかったらしい。布団の横に、男が立っていた。体格はおれの二回りほど大きいようだ。この坊主の男、どこかで見たことがある。


「あんた、円卓の……」

「円卓? ああ、そういえば一応あそこが初対面か」


 召喚直後の王国にて円卓を囲んでいた逃げ損ね(・・・・)のうちの一人。たしか六時か七時のどちらかに座っていたはず。たしかその後聞いた話によれば、再逮捕で偶然地下の勾留所にいたために逃げ遅れていた囚人のはずだ。この男も招待されていたのか。


「悪いな。金のために、お前の命をもらいにきたぜ」


 男がいった。短く、とてもわかりやすい台詞だった。

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