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王女はご機嫌斜め

 石畳に岩の建物、硫黄の匂い、白煙くゆる温泉街。

 おれは五時の青年とベンチに腰かけていた。いくつもの温泉卵を食べながら、会話は世間話、世間話、世間話の三連コンボからの王女に関する話だった。


「なにかおかしいとは思いませんか」

「ど直球ですね」

「あまり時間はないので」


 五つ目の温泉卵を頬張りながら、青年はうーんと唸る。卵はいくつ食べても健康を害しはしないと最近の研究にあった気がする。おれが小さいころはコレステロールがどうたらで一日一個といわれていたものだが、いい時代になったものだ。


 もっともこの世界の鶏卵がおれの世界のそれと同じかどうかは不明である。


「ここへの旅行が少し変だなってのは思ってましたけど。俺は一般人ですのでなにもわかりません」


 本当に知らない様子だったため、彼との会話はここまでだった。おれはキング王国宛に書いてもらった領収書を大切に懐へとしまいこんでから、次の人物と接触した。


「わしゃなにも知らん」

「そうですか」


 九時の老人は瓶牛乳を一気に飲み干した。


「しかし王女はわしのようなものにもこんな褒美をくださって、本当にありがたい限りですじゃ。それに比べて息子夫婦はなんたることか。わしを放って豪遊三昧。平和な世の中を噛みしめるのは良いが、もうちょっと先にやるべきことがあるじゃろうに……」


 また始まったので退散、というわけにはいかない。おれは徳のためにひたすら老人の会話コンボを受け止めていた。


 これでは埒が明かない。やはり直接王女へ問うてみるしかないな。







(わらわ)とステータス、どっちが大事なのじゃ!」


 近衛兵に半ば脅すようなかたちで王女の居場所を聞き出し、温泉端のゲームコーナーでようやく彼女を見つけてみれば、開口一番これであった。


「ステータスだけど」

「なんじゃと?」

「じゃあこっちからも一つ。おれとゲーム、どっちが大事なんですか」


 王女の視線はおれと筐体の画面をいったりきたりしていた。まさか彼女がそこで悩むとは思っておらず、結果的におれは彼女がラスボスに完敗するまで、ずっとその格闘ゲームの画面を見続けていたのだった。


「くー! なんでラスボスだけこんなに強いのじゃ! 強すぎじゃ!」

「むかしはそうでしたね」

「昔とはなんじゃ! ボタン一つで超必殺技が出ているみたいな反応速度をしおって……!」


 そろそろいいだろう。おれは王女がなぜ怒っているのかについて問うた。デリカシーの欠片もない問いだったが、回りくどいことを王女は嫌う気がしたのだ。


 王女はおれの問いにすんなり答えてくれた。


「どうして! どうして覗きにこないのじゃ!」

「はぁ?」

「このここの露天風呂はどこも柵で男女の温泉が切り分かたれているのみ! どこからでも覗きようはあるじゃろうが!」

「なにをいってるんだ」

「父上に重要なのは既成事実だといわれてのう。ならばこれしかなかろうと温泉を選んだわけじゃ」


 随分とライトな既成事実だったが、彼女がそう思うのならそうなのだろう。そういうことにしておこう。


「悪かったよ。ところで訊きたいことがあるんだけど、いいか?」

「良いぞ。なんなりと答えよう。ささ、ここに参れ」


 王女がポンポンと椅子を叩いた。目の前の格闘ゲームの筐体は対人戦を横に座ってプレイする形式のものである。つまりレバーとボタンが二人分横に並んでおり、椅子もそれに合わせて横に長くなっている。


「もう一つ謝っといてもいいか?」

「なんじゃ?」

「たぶん、おれは強いぞ」


 慣れた手つきでコインを二枚投入し、おれは口端を曲げた。







 おれたちが座る液晶では、動かない2PとCPUが戦っていた。王女が操作していた1P下部の表示は『乱入可』に戻っており、筐体に突っ伏した王女におれはそろそろいいかと声をかけた。


「質問なんですけど」

「いやじゃ」

「王女?」

「妾は機嫌を損ねた」


 おれは黙って彼女が顔を上げるのを待つことにした。おれの操作キャラが反撃を開始してから、四ステージ後。


「申してみよ」

「え?」

「質問をじゃ!」


 横を向いた隙に敵が一勝をもぎ取った。おれは筐体に顔を戻し、言葉を選びながら問うた。


「王さまよりも偉い立場の人がいるのか?」

「なんじゃ、言葉選びが下手よのう」

「心を読むな」

「そうじゃなぁ……」


 沈黙。王女の顔を見る余裕はない。敵は中ボス。心してかからねばなるまい。


 幸運にもおれがゲームに集中するための沈黙は、彼女に言葉を紡ぐ時間を与えてくれたようだった。


「ゼロじゃな」

「いないのか」

「違う。お主じゃよ、(ゼロ)。この国で父上よりも偉いのはお主じゃ。もしくは……お主を召喚したあの召喚士じゃな」

「召喚術ってのは、この世界じゃ割と普通の技術だよな。けどこのキング王国の召喚士は彼一人だ」

「むかしはもっとおったのじゃがな……」

「むかしって、戦争の前ってことか?」

「うむ。そもそもやつは純粋な召喚士ではない。人手不足を補うために自ら立候補したのじゃ。それまでやつは、ある近衛魔術師の弟子であった」


 画面はすでにラスボスへと切り替わっている。この筐体の難易度調整はかなり易しいものであるが、ラスボスだけは話が別だ。もともと別格なのか、難易度調整がラスボスにだけ適用されないのか、あるいはその両方かもしれない。ハメ技でもあれば喜んで使うのだが、ジャンルとしてはともかくゲームとしてはこれが初プレイだ。為す術もなくラウンドを取られ、おれは画面を睨みつけた。


「弟子っていっても召喚士ではあったんだろ? そこで純粋って言葉が出てくるのは変じゃないか?」

「うむ。そうじゃな……」


 ゲームオーバー。レトロゲーム特有のとんでもない超反応に飛ばれ、長すぎる無敵時間に起き上がりを重ねられ、コンティニューをする気にもなれないおれがふと王女に顔を向けると、彼女は腕枕をして憂鬱な表情でおれを見上げていた。


 なんだろうか。ゲームコーナーの暗さと画面の光のせいなのか、少し色っぽく見える。しかしそれ以上に、彼女の暗いトーンが気になった。


「やつはな、戦争孤児だったのじゃ」

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