灼熱の卓球バトゥ
温泉はいいぞ。なんたらがなんたらで文化の極みだ。
正直もとの世界で温泉に入ったことは二度しかなかったが、これはとても気持ちが良いものだ。
帰ったら温泉巡りでもしてみようか。
そう思っているおれは、もちろんいま、温泉に浸かっている。
世界征服を成し遂げたことで世界中の情報が回ってくるようになり、もちろんもとの世界へと戻る方法も探してはいたが、それ以外の情報にも興味を惹かれるものは多かった。
たとえば空飛ぶ絨毯。おとぎ話でしか知らない産物がここにあるという事実は心を踊らせるに充分すぎたが、なにやら話を聞くとこれもまた召喚によってこの世界にもたらされたものらしく、おれはひとまずそれに触れることをやめておいた。
そもそも基本的にこの世界の摩訶不思議な産物は召喚によるものであるようだ。異世界から生物非生物を問わずに召喚し、自分たちの文化に組み入れる。それがなければおれの世界とそう変わらない。つまりこの世界とおれの世界の違いは、単に召喚魔法があるかないかという点にあるようだった。
とすればこの世界の召喚対価とは、たとえばおれが牛肉や豚肉を食べる際の犠牲や、買った本の裏で伐採された木々とそう変わらないのだろう。生きるための、文化的な生活を送るための仕方のない犠牲と誰もが割り切っているのだろう。
まぁ、その考えはおれには無理だ。
岩に囲まれた天然の露天風呂は、おれにそれ以上の思考を拒ませた。
良い塩梅に濁った温泉からたくさんの効能をもらいながらたっぷり一時間。温泉宿、いいものだ。
さて。
温泉を上がったおれの前に、浴衣らしき服を着た双子の幼女が立っていた。
「幼女じゃないけど!」
「心を読むな」
「立派なレディだけど?」
「そうだな」
適当に流そうとしたのだが、
「適当に流すな!」
見事にハモった二人に心情をいい表されてしまった。
「ところで二人は誰なんだ?」
「はー、救世主さまはこれだから!」
「なにも知らないだろ」
「こんなんだから王女さまも怒ってるんだよ!」
え、王女さま、怒ってるの?
そもそもこの温泉旅行を計画したのは王女さまだ。完全に厄介払いのような感覚で王さまはおれたちを送り出したのだが、たとえば反逆を企む者が襲撃してきたらどうするのだろう。
おれはそんなことを考えながら乗用車に揺られていた。もちろん答えはすぐに明らかになった。いまこの温泉街は完全に兵士たちによって囲まれ、貸し切りとなっているのだ。
いやいや。
頭上に展開できる召喚魔法なんてものがある世界でこの防御策がなんの役に立つんだ。
そう思ったがおれは努めて口には出さなかった。これで大丈夫だとこの世界の人間が考えるのならば大丈夫なのだろう。
話を戻して。
「おれ、なにか気に障ること、したかな」
「さぁ?」
「参ったな……」
「参れ参れ」
煽ってくる二人の幼女は、見れば手に懐かしいものを持っている。
「この世界に卓球があるとは……」
双子が右手と左手にそれぞれ持つ、片面の卓球ラケット。まさかおれの世界から召喚されたんじゃなかろうな。
「たっきゅう?」
「たっきゅうってなに?」
「ああ、訳せないってことは違う遊びか」
「テイボゥテニスだよ!」
「またの名をピィンポング!」
「卓球じゃねえか!」
※
激闘だった。
もともと卓球なんてやったことがなかったし、そもそもルールもわからなかった。しかしそんな事情はおれたちの前には無意味だった。
「おれのスマッシュを受けてみろ!」
「なんのこれしきファイヤー!」
幼女が飛ぶ。
「やるじゃねぇか!」
「どういたしましてボンバー!」
幼女が跳ねる。
「ちょ、ちょっと休憩しよう」
「あとスリーゲーム終わったらねフレイム!」
おれは倒れた。限界だった。
もとの世界を含めてこんなに動いたのは久しぶりだった。日が沈むまで友人たちとサッカーに明け暮れていた懐かしいリア充な日々を思い出し、おれは泣いた。
「悔しい?」
「悔しいの?」
二人の幼女に見下ろされ、煽られ、それでもおれは大の字のまま立てなかった。
「コンティニューする?」
「コイン一つちょうだいね!」
「いや……いい……」
ちょうどいい。息を整えるついでに訊いてみよう。
「ジェニー……王女さまはどうして怒ってるんだ」
「さぁ?」
「知らなーい」
二人が首を捻った。
「なんだ。てっきりおれは二人が知ってるのかと思った」
「どうして?」
「なにゆえ?」
「この宿のなかにいる時点で大層な身分だろう? そもそもこの宿に入れるのはおれと王女と側近に近衛兵だけだったはずだ」
「わたしたちはね、褒美としてきたんだよ!」
「ご褒美なの!」
「なんのご褒美?」
問うてみると、なにやら二人は突然肩車を始めた。なにをやっているのかと思っているうちに二人は綺麗に立ち、そして外套を羽織ってターバンを巻く。
あれ。どこかで見たことがある。
「あ、三時」
「いまさら気づいたの!」
「遅いよ!」
そうだ。円卓の三時の位置に座っていた者の外見だ。立ちくらみで倒れたことくらいしか覚えはなかったが、なるほど。円卓の人間たちは彼女たちが二人なのを知っていたから、人間を見た目より一人多く計上していたというわけだ。
「そうだよ!」
「召喚士の知恵なの!」
召喚士とは黒マントのことだろう。
「ここには円卓に残ってた人たちも招待されてるんだよ!」
「ご褒美なの!」
「そうなのか?」
初耳だった。ほかの人物を見ないが、まぁ温泉街はほかにも宿がある。そちらにでも行っているのだろう。
「ほんとは王女さまは救世主さまと二人で来たかったんだって!」
「けどみんなついてきちゃったの!」
「いやじゃあそれが原因だろ……」
あの王女さま、なにを考えてるんだ。
「王女さまもそれなら強引におれだけ連れてくれば良かったんじゃ?」
おれは素直な感想を述べてみたのだが、二人は首を振ってそれを否定した。
「なんかね、お城でやることがあるらしくて!」
「みんなで行ってきなさい! って!」
二人の言葉に、おれはふむと考え込んだ。
お城でやること。そりゃいろいろあるのだろうが、たとえば目の前の双子はどう見てもなにかをやるのに邪魔な存在だとは思えない。さらにおれたち以外はこのような暇を与えられていないはずだ。
円卓に座っていた者たちの誰かが邪魔な存在だった。
王女に命令できる立場となれば人物は限られてくる。
どうにも嫌な予感がする。ここに来ているらしい円卓の人物たちと会ってみるべきか。




