世界征服のそのあとで
説明!
コストとは、召喚に必要とされるコストのことである。
昼食どき。兵士が利用できる城のテラス。黒マントの男にそういわれたのだが、言葉の説明をその言葉で説明するなというツッコミを思わずしてしまった。
たとえばコスト1の召喚に使われるコストは以下の通りである。
・美味しく味つけされたお肉
・ネズミをはじめとした小動物
・優れた金属
・人間
いや人間ってなんだ。
人間は最小でコスト1だが、記録では最大でコスト20になった事例もある。そう黒マントは親切に教えてくれた。おれが人間じゃないみたいないいかたはやめてほしい。というかコスト8のゴリラを召喚するのに相当な手間がかかるのをおれはここで初めて知った。
コスト2で召喚したエルフを訓練し、成長させてコスト4として使うなどの方法もあるらしい。さすがに引いた。やはりここはおれのいるべき世界ではなさそうだ。
また召喚者そのものにも制約があるらしく、召喚者以上のコストを持つ者の召喚にはさらに多くのコストが追加でかかるらしい。
おれはそこで一つ質問を投げた。
「召喚者自身のコストを上げる方法もあるんですね」
「その通りでございます」
そういうと黒マントは手元にディスプレイを出現させた。
お名前:火要零
コスト:0
体力 :36
知力 :58
センス:200
モラル:-162218
「ちょっと待て!」
おれは表示されたステータスに思わず叫んだ。センスとモラルが著しく低下していたのだから叫ばないわけにはいかなかった。モラルに関しては振り切ってマイナスだ。
「なんでございましょうか」
「下がってる! 下がってるよ!」
「おや、たしかに。体力が1下がっております」
「そこ? 逆に気づかなかったわ」
握力が下がってるがそこは完全に誤差だろう。
「まずセンスってなんだっけ? あれ、そういえば教えてもらってないな……」
「センスは、ファッションにかけている金額でございます」
「え、そこ?」
そこらしかった。おれは自分の服装を確認し、なるほどと苦い顔で頷いた。
おれは長い滞在のなかでもとの私服ではなく、王国からの支給品を着ていた。肌さわりの良い絹の上下は見た目では高そうだが、たしかに金額といわれると200かもしれない。
「でももとの服装、安物の既成品とはいえそんなに安くはないぞ。そもそもブレザーだし。制服だし」
「減価償却では」
「そこかよ。むちゃくちゃな減りだな。そんなに価値がない服装だったか」
「わかりかねますが……」
「じゃあもういいよ。それよりもモラルってなんだ。なんでこんなに減ってるんだ」
「それは……」
黒マントの男が顔を逸らした。ただでさえ顔が見えないのに。
「おお、ここにおったか」
ふと声をかけられた。向いてみれば王さまだ。
「どうなされましたか」
頭を下げた黒マントに、王さまは豪快に笑った。幸せそう。
「めでたく最後の国が降伏した」
「おお、それはつまり……」
「うむ。世界征服じゃ!」
昼飯を食べながら聞く話なのかはわからなかったが、どうやらキング王国はめでたく世界征服を成し遂げたらしい。
「これも救世主さまの知識あってのこと。感謝のしようもございません」
世界征服を成し遂げた王さまに頭を下げられる経験なんて今後の人生でも起こりそうにない。おれは満足感を覚えるために数秒王さまに頭を下げさせたままにした。
それから申し訳なさそうに頭を上げるようにいい、おれは黒マントの男に向かって笑みを投げた。
「おれの役目も終わりってわけだ」
「いえ、それは……」
「気にするな。あとはもとの世界に戻るだけだ。で、なんの話だったっけ。ああ……」
嫌なことを思い出した。
「モラルだ。なんでこんなにモラルが低いんだ」
王さまが笑う後ろで、元・見張りがひざまずいて報告する。
「賢人会議の降伏についてですが、ロックルック氏はどうなされますか」
「首を切ってほしいと懇願しているのは向こうじゃ。せめて立派に死なせてやるが良い」
「承知いたしました。帝国領に落とした『肉体』について、あちらから処分の方法を問うてきておりますが」
「好きにさせておけ。献体代わりじゃ」
なんというか、昼飯を食べながら聞きたい話ではなかった。
王さまたちが奥へと消えていくのを見送ってから、黒マントはおれの問いに口を開いた。
「おそらくですが、徳でございます」
「徳」
徳?
「この世界に来て、おれがなにか徳が低まるようなことをしたってことか?」
「ええ……それが……」
奥歯にものが挟まったような黒マントの口調に、おれはしびれを切らして早急に答えを提示するようにいった。
「これは推測ですが物量作戦に用いた『自分自身』の大量な犠牲が、モラル低下最大の原因と思われます」
「は?」
そんな話は最初のうちにしておくべきでは?
いやそもそも。
「これ、どういう話の流れだったっけ?」
「コストを上げる方法についての話でございます」
黒マントは頭を深く下げた。
「実はコストを上げるには、体力、知力、センス、モラルの全数値が一定以上必要なのでございます」
後出しでひどすぎる真実だった。
※
帝国の技術とやらでキング王国の城下は異様に発展した。
鉄の箱と呼ばれる車が行き交う城下。おれは円卓で九時に座っていた老人の買い物袋を持ち、横断歩道を一緒に渡ってあげていた。
「まさか救世主さまに買い物袋を持っていただけるなんて、長生きはしてみるもんじゃなぁ……」
老人に褒められるのはまんざらではない。
「それに比べて息子夫婦はなんたることか。わしを放って豪遊三昧。平和な世の中を噛みしめるのは良いが、もうちょっと先にやるべきことがあるじゃろうに……」
老人の愚痴を延々と聞いてあげたおれは、別れたのちにすぐに通信機で黒マントの男に連絡を取った。
「モラル、どうなった?」
「現在、-160029でございます」
「あっ、そう……」
前述の後出し重大発表からさらにひと月。おれはモラルの数値を上げるために「良いこと」をひたすらに積み重ねていた。異様ともいえる発展についていけない民衆たちのさまざまな困りごとを解決するというのが基本的な方針である。
大量に放置されたプラスチックなどの新種なゴミも、おれは見慣れたものだ。といってもおれはただの高校生でゴミについて詳しいわけではない。とりあえず洗って分別するだけだ。高温可燃処理やリサイクルといった細かな技術もすぐに帝国から輸入されるか王国が開発してしまうだろうから、これらでモラルの数値を稼ぐために必要なのは早さだ。
モラルの数値は不思議なもので、同じことを続けると上昇値が下がっていく。毎日同じことをやるほうがよっぽど偉いと思うのだが、この世界ではひたすらに新しい善行に取り組んでいかなければならないというわけだ。
学校機関が生まれればみんなと一緒に教科書類を運び、給食サービスを提案し――これは食糧が足りずに却下されたが子どもたちのためだと熱弁するとモラルは上昇した。ちょろいものだ――子どもたちの登下校を見守るお兄さんとなった。たまに車に轢かれそうになったがまぁ轢かれなかったからセーフだろう。
東に図書館を民間運営にしたいという司書があれば活版印刷を慣れない手つきで手伝い、西に反乱分子があれば行ってやめなさいと脅し、そんなこんなで月日は巡り。
気づけばおれは過労で倒れていた。
考えてみればわかることだが、もとの世界でこんなに世間さまのために働いたことはなかった。学生の身分だから仕方ないといえばそうなのだが、おれは合同清掃などを含めたボランティアという行為に参加したことがなかった。学校に通い、遊び、遊び、仕方なく学び、疲れれば眠り、また遊ぶ。品行方正な部類に入る人間だとは思っているから、世の高校生すべてがこんなものだとは思うのだけれども。
点滴はない。回復魔法もない。おれは豪華な部屋に豪華なベッドをあてがわれ、医者を名乗る男たちに倣ってひたすら安静にしていた。嫌味ないい方にもなろう。なんせ薬の一つもくれはしなかったのだから。
さて。その退屈な生活を崩した人物が誰かといえば、
「救世主さま! 温泉に行きますわよ!」
病室のドアを蹴破らん勢いで突入してきた鎧姿のジェニー王女だった。




