Vs.賢人会議(後編)
おれは作者の気持ちを想像して代弁するのが得意な人間だったので、賢人会議側の気持ちも手に取るようにわかった。
はるか上空へ展開した無数の魔法陣の下で、彼らは得意げな顔を浮かべていた。勝ったと信じ込んでいた。今夜の夕食を考えていた。故郷の恋人を想っていた。
なんせゴリラの大群だ。おまけに山ほどの体躯を持つとびっきりのもいる。万に一つも負ける算段など必要なかった。
その魔法陣の上に別の魔法陣が浮かび上がったことに、何人の人間が、何匹のゴリラが気づいただろう。星々を繋ぐような青い光で描かれた魔法陣のさらに上、燃えるように赤い、禍々しき魔法陣。
それはおれが召喚された部屋に刻まれていたものと同じだった。
悲鳴。
そう、悲鳴だ。
空から降る無数の悲鳴に、まず何人かが気づいた。同時に赤い魔法陣に気づいた者もいたかもしれない。
その光景に驚き、空に迎撃を放ったゴリラや人間は、しかしそれ以上の抵抗を諦めたことだろう。
人間が空から落ちてくるのだ。それも一人や二人ではない。
いつしか賢人会議の空は、黒く染まっていた。
圧倒的物量の勝利である。
※
召喚され、魔法陣からどうにか出たらしい銀山も、いまはその黒い塊の下だ。
魔法陣を生成、維持し続けた黒マントに、おれは拍手を送った。
「エグいですね」
おれはその地獄絵図を眺めながらいった。
「ええ。まさかこんなことになるとは」
黒マントの男がそれに答えた。
先ほど黒マントから提供された情報をまとめるとこうだ。
一、現在黒マントはコスト0のおれしか召喚できない。
二、上空の魔法陣よりも高くこちらの魔法陣を展開できる。
三、平行世界からの召喚はコスパがいい。
コスト0というものがいまだによくわからないのだが、言葉通りに理解するのならば、召喚に必要な対価が存在しないということなのだろう。
そして平行世界とかいう唐突に説明された新概念。
これらから導き出されたもの。
「おれには悪いですけど、そこはまぁごめんなさいってことで」
敵の上空に平行世界から召喚した無数のおれを落とす。
延々と落とす。
物理的に相手を潰すまで落とす。
別の世界のおれの悲鳴が聞こえても落とす。
以上だった。
「降参! 降参だ!」
積み上がった平行世界のおれの下から、か細い町内放送が響いた。
※
ふたたび、円卓。
疎開していた者たちへの伝令に見張りが走っているから、人数は変わらず十五人だ。
「まさか本当にこの危機を救ってくださるとは……」
まさか本当にこの危機を救うとは欠片ほども思っていなかったような口ぶりで王がいった。
「感謝の言葉もございませぬ」
「おれにできることをやっただけです」
「妾からも重ねて感謝を……」
妾とはまた随分古いいい回しをと思って声の先を見てみれば、なぜかそこには鎧姿のジェニーが。あれ?
「いまの声はジェニーさんですか?」
「そうでございますわ、救世主さま」
「え、なにそれは」
おれの口からたったいま出ようとしていた言葉を一語一句違わずにいってくれたのは王だった。その艷やかな声はなんのつもりなのだろう。
「お前らしくもない。喜びに頭を打ち据えられたか」
「またそんな。いつもこうですわよ、父上!」
父上?
王とジェニーの会話にますます困惑の色を強めるおれに、五時の青年がそっと耳打ちしてくれた。
「ジェニーさまはこの国の王女さまでございます」
「は?」
嘘だろ。
「百歩譲って王女さまだとして、どうして鎧姿なんだ」
「譲らずともよい!」
地獄耳だった。
「妾は敵と戦い、また敵の目を欺くためにこの姿になっておったのじゃ!」
「口調の変遷が激しいですね」
「妾も正直困っておる」
「ええ……」
ジェニーは唐突に円卓を周り、おれの横まで駆けてきた。彼女はそのまま篭手をはめた手でおれの手を力強く取った。
「妾は強い者が好きじゃ。つまり零、お主のことが好きだということじゃ!」
「前半、口に出す必要ありました?」
「ああ、皆の前でなければいますぐ一太刀交えるものを……零、これは恋なのじゃ!」
「口に出す必要ありました?」
「ゴホン!」
王の咳払いだった。助かりました。
「ジェニー。おふざけはそのあたりにしておきなさい」
「おふざけじゃねぇですわよ!」
「しかし平行世界の自分自身を召喚するコスト0の魔法……なるほどな」
「無視しないでください父上」
彼女をまったく見ずに王は一人頷いていたが、そのあと顎に手をあてて疑問符を浮かべた。
「しかしコスト0である利点を考えれば、お主の頭でも思いつきそうなものじゃが……」
「父上! そんなことはありませんわ!」
彼女に続いて黒マントも深く頷いた。
「ええ、その通り。このわたしの頭脳を持ってしてもまったく及ばなかった考えにございます」
「うむ、そうか……。たしかに結果だけを見ればいくらでもいえる。発見者はいつの世も英雄というわけか」
「そうですわよ!」
「お前はそろそろその話しかたをやめなさい」
騒ぐジェニーに手を取られ、振り回され、うわなんだこの怪力、やめて振り回さないで。
王さまが強く咳払いした。
「静かに。さて零どの、いや、救世主さま。よろしければ後日執り行う歓待を受けてはもらえぬだろうか。我々の感謝の気持ちを受け取ってほしいのじゃ」
王の話を断る理由はなかった。とりあえずいまはジェニーのスイングを止めてほしかった。
※
当面の危機は去った。いや、ジェニーの話ではない。
おれの知識と黒マントの召喚術によって、キング王国は最強の力を手に入れたといってもよかった。歓待の席では余興として遠くに控えていたらしい賢人会議の本隊を強襲してみせた。酔っ払った見張りの兵士が降伏の使者を円卓まで連れてきたときには謎の大歓声が上がった。もうなんでもありだ。
ほぼ無尽蔵に圧倒的な質量を敵の頭上へと降らせる力。はっきりいって強すぎた。無敵というやつだ。
城下に疎開していた民衆が戻りきるころ、すでに戦況はこちら側に傾いていた。
というよりも、キング王国は世界征服目前だった。
※
「救世主さま。もとの世界へと戻る術式を発見いたしました」
大出世し、世界中の領土間を行き来する伝令役となった元・見張りがおれと黒マントのもとへと現れたのは、賢人会議を倒してひと月ほど経ったのちのことだった。
おれがその間なにをやっていたのかといえば、なにもやっていなかった。ひたすらに惰眠を貪っていた。異世界という慣れない暮らしはなにもせずとも多くの体力と気力を消耗する。
そもそもこの世界からもとの世界に戻る必要はあるのかと自問自答してみたこともあったが、いやまぁ、旅行感覚でいる分には構わないが、永住と考えると少し戸惑う。王宮料理は美味いが日本食――日本食という名のジャンクフードや中華料理や母のカレーである――が恋しくなっていた。風呂も入りたかった。水浴びはできるのだがボディソープとシャンプーがないのは辛い。泡立ちの悪い石鹸に塩というのは、正直現代人には辛いものがある。
それらを解決するべく開発をしようにもおれには知識がない。
はっきりいって、ホームシック気味であった。
だからこそ、その伝令におれは心から感謝した。
「でかした! それで、その方法は?」
「それが……」
見張りが口を濁す様子に、おれは眉をひそめた。
「どうした?」
「条件があるようでして……いえ、あるとはいってもないようなものなのですが……」
「構わぬ。申してみよ」
王宮暮らしで口調が移ったおれだった。
「はい。術式の条件が『コスト1』以上なのです」
「……は?」
おれはコスト0だけれども。
あとそろそろコストについて説明してほしかった。