Vs.賢人会議(前編)
外から軽装の兵士が駆けてきた。円卓に座っていたおれ以外の十一人が一斉に立ち上がった。ちょっと待て三時が立ちくらみで倒れたぞ。
三時を二時が介抱している間に、兵士が王の前に立って敬礼した。
「なにごとじゃ!」
「敵襲です!」
情報量ゼロの質問に情報量ゼロの返答だった。
おれはため息を吐いて五時の位置に座っていた青年に問おうと口を開いた。
「おれになにかできることは?」
「救世主さまにできることは、知恵を練ることでございます」
黒マントの男が割って入ってきた。気づけば五時は消えていて、円卓の広間に残ったのはおれと王と黒マントとジェニーと見張りだけだった。
「知恵……」
「そうでございます。わたくしどもを勝利に導くための知恵をお貸しいただきたいのです! たとえコスト0でもその知恵は素晴らしいものをお持ちのはず!」
「いい方よ。しかし、なるほど。わかりました。おれで力になれるのなら」
おれと黒マントの男は力強い握手を交わした。
「まずはこちらの戦力を」
戦力把握は大事だ。一騎当千の無双ゲームでも彼我の戦力は確認するものだろう。
「わたしです」
「さすがです。それで、ほかには」
「残念ながら……」
頭を振られてしまった。おれはさすがに困惑した。
「さっきの円卓に座っていたかたたちは」
「あれは疎開の際に逃げ遅れた城下の老人や子どもたち、地下牢の囚人などにございます」
「ええ……さっき敵襲を知らせにきたあの見張りは?」
「荷物をまとめている途中に逃げ残った町民です」
「強欲が仇になったパターンですか。では大臣のような身なりをしたおじいさんは?」
「家族に置いていかれたと語る町民です」
「急に可哀想な話はやめてください。じゃあ戦力じゃなくて、ここに残っている人数は?」
「王を含めて十六人でございます」
円卓の十二人に目の前の黒マント、ジェニー、そして見張りというわけか。計算が合わない気がするが誤差だろう。
「無理では?」
「そこをなんとか! とりあえず外だけでも見ていってください」
黒マントに促され、仕方なくおれは回廊を進んだ。侵略を受けているらしいが、内装は比較的綺麗で装飾品なども揃っている。
「相手の情報を」
歩きながらおれは問うた。
「はい。いま城を攻めているのは魔術連合『賢人会議』の大幹部・シルバーバックが率いる軍で、その数は目算で約三百ほどとの報告が」
「少なそうに聞こえますが……それでも十五対三百は厳しそうですね」
「しかもその三百はあくまで我々を城の外へおびき寄せようとする陽動部隊。後方には数千という数の敵軍が控えているという噂も」
具体的な数字を出され、おれは少し怯んだ。しかし思考を止めてはならない。
「シルバーバックの部隊は現在なにを?」
「投石との情報が入ってきております。しかしその程度ではこの城はびくともしません」
「城全体の大きさは?」
「臨時で築いた城壁はすでに壊され、ほぼ丸裸の状態でございます。大きさは、地方の三階建て大型商業施設の駐車場部分を抜かしたほどかと」
「めちゃくちゃわかりやすいですね」
めちゃくちゃわかりやすかった。
階段を登り、見張り台として使われている双塔の東側におれたちは到着した。投石機を用いず、素手で大きな石を投げている一団が確認できた。
全身を黒い毛が覆うなか、背中を中心に銀毛を背負う二足歩行の敵たち。遠目に見ても筋肉隆々で、そのつぶらな目は敵を恐れているそれではなかった。
「いやゴリラじゃねえか」
「ゴリラでございます」
「あ、バナナを食べてますね」
「食べていますね」
「あれでコスト8か。なんかむかついてきたな」
石、バナナの皮、石、石、バナナの皮、石、バナナの皮くらいのローテーションでこちらへ投擲を繰り返すマイペースなゴリラ軍。
とはいえ勝てるかどうかとなってくると少々困る。どうしようか。
「一つ質問しても?」
「答えられる範囲でしたら」
「おれはここに召喚されたらしいが……もとの世界には戻れるのか」
「いい質問ですね!」
「急にテンションを上げないでください」
黒マントは大きく咳払いをすると、先ほどステータスを表示させたような拡張現実風半透明ディスプレイを表示させた。おれが召喚された部屋が映し出されており、魔法陣が見えるようにカメラは天井あたりから床に向けられていた。
「このわたしの魔法陣はコスト0召喚専用となっております」
「ほう」
「しかしこれと同じような魔法陣を大陸の帝国が持っているらしく」
「帝国が敵か。わかりやすくていいな」
「その術式とそれを動かす魔法力さえ手に入れば、救世主さまをもとの世界へと導くこともできるかと」
「それもわかりやすくていい。で、それを手に入れる方法は?」
「それを考えるのが救世主さまの役目でございます」
「丸投げじゃねえか」
なんにせよ、まずはこの状況を脱することが先決か。
おれは腕を組み、黒マントが表示したディスプレイをじっと眺めた。
「失礼いたします」
悩むおれと黒マントに声をかけてきたのは、先ほど円卓まで走ってきた見張りだった。
「どうした」
「南南西の上空に巨大な魔法陣を確認いたしました」
黒マントはそれを聞くとおれを置いて走り出してしまった。
事情はわからないが逼迫しているのはたしかだ。おれと見張りは目を合わせて頷くと、黒マントを追った。
※
夕陽が赤々と空を染めていた。
砦の見張り台から南南西の方角。そこにそびえる銀の山。山の上に展開されたいくつもの魔法陣。
息も絶え絶え黒マントに追いついたおれは、その光景に思わず口を開けたまま静止した。
「空に浮かぶ魔法陣……」
「ええ。あれはおそらく賢人会議の召喚士による仕業です」
「なんだか幻想的ですね」
「そこですか」
綺麗なものは綺麗なので仕方がなかった。まるで夕焼け空に浮かぶ星々の点が魔法陣の線で結ばれているようだ。星座とか作れそうだった。
「わたしだって魔法陣を宙に浮かせるくらいできますよ」
「そこですか」
「キング城に残る者たちへ告ぐ!」
おれたちの会話を遮って、空に響き渡る声。田舎の町内放送並にハウっていてよく聞き取れなかったが、たぶんそんな感じのことを呼びかけてきていた。
「キング城って?」
「この城の名前でございます」
「つまりキングキャッスル?」
「キング家のお城なのでキング城でございます」
「じゃああの王さまはキングキングなんですか」
「いますぐ降伏すれば命だけは助けよう!」
おれと黒マントの問答を割って、ふたたび町内放送が轟いた。
「これって敵の声ですか」
「はい。おそらく賢人会議のボスであるロックルックの声であると思われます」
「ボスって?」
「つまり、敵の召喚士でございます」
「あいつを倒せばいいのか」
「降伏せねば後悔することになるぞ!」
町内放送とともに南南西の空が一瞬光に包まれた。
なにが起こったのかと見てみれば、空の魔法陣から下側へ、なにかが這い出してきているではないか。まるで空から逆さまにそびえる銀色の山だ。
「あれは……まさか銀山!?」
黒マントの男がそういい、膝をガクガクと震わせた。
「なんということを……」
「銀山って?」
「賢人会議が有する最大最強の魔法陣です!」
そう説明され、おれは改めて空の魔法陣たちを見た。見てから、黒マントに向き直る。
「あの大きさの魔法陣からいったいなにが?」
「ゴリラです」
「いや、魔法陣から出てきているのを見るに、山なんですけど」
「山のように大きなゴリラなんです!」
魔法陣から姿を見せていた逆さまの山。それは背だった。
銀色の山から筋肉隆々の腕が生え、脚が生えた。まるで魔法陣から地へと伸びる四つの柱だ。
「コスト12の大型召喚陣です! あれを止めなければ我々は……!」
黒マントがおれに訴えかけてきた。見張りは気絶している。どうやらおれがなんとかするしかないらしい。
「なんでゴリラなんですか?」
おれの質問に黒マントはポカンと口を開けて静止した。
「聞いてますか?」
「聞いておりますが、そこですか?」
「重要だと思うんですけど」
「ゴリラに拘っているのではなく、ゴリラを呼ぶ魔法陣なのでございます」
「どゆこと?」
黒マントの男が空を指す。
「魔法陣を作成するにもコストがかかります。詳細は省きますが、同じ魔法陣を使用したほうがコスパが良いのです」
「魔法陣のコスパとは」
「あのゴリラたちはおそらく、もとは同一の存在です」
おれは首をかしげた。
「クローンってことですか?」
「少し違います。同一の存在とはつまり、平行世界から呼び出す同じでありながら細部が微妙に異なる一匹のゴリラ、という意味です」
「はぁ……」
よくわからなかった。バナナの皮を投げてくるあのゴリラたちと銀山はどう考えても違う存在のように思えるのだが。
と。
思案と思考の果て。一つの推測へとたどり着き、おれはポンと手を叩いた。
「思いつきました」
「いったいなにを?」
「あのゴリラたちを倒す方法です」
まぁ、これは黒マントの男次第なのだが。