エピローグ
「……であり、此度の爆発事故に関して、妾たちはあまりにも多くのものを失った。しかし妾たちとこの国の真の礎たる国民の皆は、この悲しみを乗り越えることができると信じておる。妾も新たなる王として、この国を、城下を、城を、必ずや再興することをここに誓う。これはこの世界の王としての責務でもある。世界をより良くするため、妾とともに闘ってほしい」
ジェニー王女の声。豪雨の如く鳴り響く拍手。
目を開けたおれの目に飛び込んできたのは、おれの左右からおれの顔を覗き込んでいるらしい、絹の清楚な服を身にまとった双子の幼女たちだった。
「だから幼女じゃないけど!」
「立派なレディだけど?」
「心を読むな」
おれはそういってから、改めて二人の顔を順に見た。
「いま、おれはなにを考えてると思う?」
「わかるわけないし」
「心を読めるわけじゃないし」
ああ、そう。
「死んだのかな、おれ」
「死んでないに決まってるじゃん」
「生きてるに決まってるじゃん」
だ、そうだ。
上半身を起こしたおれは、ここが小さな木造の部屋であることと、おれが白く清潔なシーツを使ったベッドに寝ていたことに気づいた。左手側には壁の代わりのような薄いカーテンが張られていて、どうやら病室のような場所らしかった。
「救世主さまのお目覚めだ」
幼女たちの声ではない。固まった首を動かしたおれは、右側の出入口らしい扉の前に立つ黒マントの男を見つけた。フードはなく、顔はすぐに確認できる。間違いなく、レイだった。
「なにがあったんだっけか……」
「ヘリで脱出する際に王女を庇った。後頭部と背を強くヘリの壁に打ちつけて失神した。覚えているか?」
「いや……覚えていない」
頭を触ってみたが痛みも包帯の類はない。背についても同じだ。
「脳筋な王女で良かったな。王女たちを城から遠ざける際、温泉を選んだのは王女だ。あの温泉には身体能力と思考速度を上昇させる効果があった。同調の力と合わせて、一般人でありながら超人的な力を手に入れていたわけだ」
「王女は……助かったんだな」
「いまスピーチが終わったところだ。城は跡形もなく消え去ったが……この国はまだ死んじゃいない」
「王が死んでも、王の遺志はしっかりと継がれたってことか」
隣のカーテンが勢いよく引かれ、人間の姿の王が姿を現した。
「死んだのではなく引退じゃがな」
「生きとるんかい」
思わずツッコミを入れてしまったがさすがにこれは赦してほしい。
「救世主さま。あなたの知恵のおかげで、我が肉体は爆発を免れ、こうして五体満足で生きております。改めて感謝をば」
「おれはなにもしてないです。それにしてもアレで生きているとは……爆発しましたよね?」
「爆発したのはゴリラの外殻だ。炸裂装甲みたいなものだな。そうして大量に落とした俺と瓦礫の底で助けを求めていた王を助けたというわけだ」
王の爆発。それを抑えるためにおれは、平行世界のおれ自身を大量に投下する作戦を選んだ。物量作戦で爆発を抑え込もうとしたのだ。
しかしレイがいった通り、この作戦には後悔という名の副作用があった。
そもそもこの方法を賢人会議との戦いで選んだことが、おれのモラル低下、延いてはおれのもとの世界への帰還が阻まれる原因だったのだ。
それをもう一度やってしまった以上、おれはーー。
「ステータス・オープン!」
唐突にレイがいった。
おれの前方に拡張現実のような透過性のある画面が表示された。
お名前:火要零
コスト:1
体力 :72
知力 :81
センス:29800
モラル:394
ん?
「コスト1じゃねぇか……」
「そう。コスト1だ」
答えたレイが口端を曲げた。
「ゼロが眠っていた五日間で、世界中から集った復興支援の連中に調査を頼んだ。俺に関する調査だ。つまりなぜ俺たちだけがコスト0なんていうイレギュラーなのかって話についての答えだ」
「出たのか」
「いいや。確実なものは出なかった。しかしわかったことはあった。俺たちはな、運命共同体だったんだ」
どういうことだ? おれの問いに、レイは指を鳴らした。横に、おれと同じようなステータス画面が展開される。
おれの前方に拡張現実のような透過性のある画面が表示された。
お名前:レイ・フレイムニード
コスト:1
体力 :112
知力 :95
センス:64800
モラル:394
「体力つっよ」
「そこじゃないが」
「わかってるよ。コストとモラルだな?」
レイが頷いた。
「平行世界の人間を召喚し、この世界の人間と比較したデータはあまりにもサンプルが少ないために信憑性は薄いが……少なくとも俺とゼロはモラルの数値を共有している。だから……」
「それに伴うコストも共有している」
おれがいい、レイが頷いた。
「俺たちは王女たちを救うという明確な意思とともに召喚行為をおこなった。ゆえに召喚された俺たちの分身もまた、王女たちを救うという理念を持って落下した」
「だからモラルが回復した?」
「あくまで推察だがな。そうでなければ、ゼロ。お前の成果だ」
「なに?」
「皆を救うための捨て身の行動の数々。徳を積むには十分すぎるものだったはずだ」
「しかしあれはそんなつもりでやったんじゃない」
「だからこそ、なのかもな」
先ほどまでレイが立っていた扉が勢いよく開いた。王女らしい煌びやかなドレスを身にまとったジェニー王女だ。化粧も相まってまったく印象が違う。
「良かった! まだ行ってなかったな!」
しかし口を開けばこうである。
「ジェニー! まだ各国への挨拶の時間だろう!」
「面倒なこというなよ父上! 連絡があって駆けつけたんだぜ?」
耳元をぽんぽんと指で叩いた王女と、敬礼をする双子の幼女。彼女たちの手にはトランシーバーらしきものが握られていた。
「起きたらすぐにもとの世界に行っちまうって話だったからよ……」
「そうなのか?」
「当たり前だろう。俺の話を聞いていたか? コスト1はチャンスなんだ。コストという概念はこの世界にしかないはずだが、断定はできない。別世界の俺たちがやらかしたら、またコスト0になるかもしれないんだぞ?」
「いや、それは初耳だが」
おれは急いで立ち上がった。
「どこに行けばいいんだ」
「ここでやる。準備はいいか?」
おれはすぐに頷いた。そこに声を上げながら駆け込んできたのは、包帯だらけの囚人だった。
「おい、忘れ物だ。見張りのやつが届けてくれってよ」
肩で荒く息をする囚人に感謝を述べてから、彼が持っていた風呂敷を開く。そこにはここに来る際に着ていた制服とスニーカーだった。
「忘れてた。ありがとう」
そういってそれらに着替えようとしたおれを、慌てて王女が止めた。
「デリカシーのないやつね!」
「変態かもよ!」
幼女たちの口を塞ぎながら、屈んだ王女がくしゃっとさせて笑った。
「その臭い服と靴じゃ、センスが下がっちまうぜ?」
いわれて気づいたおれは笑った。王女も笑った。レイも笑った。王も笑った。
しかしそうやって皆で笑うと、なぜか急に寂しさが心に迫ってきた。
「レイ、さっさと頼む」
だからおれはあえてそういった。レイはおれの意思を汲んでくれたのか、すぐに魔法陣を展開させた。
「最後に聞かせてくれ、ゼロ」
魔法陣の光の外で、レイがいう。
「なぜ躊躇なく皆を、王女を助けに行けたんだ」
「それは……」
単純な答えだ。
戦争孤児を拾い育てた近衛魔術師も。
すべてを投げ打ってでも父と慕う近衛魔術師とまた会いたいと願ったレイも。
父を救うために剣を取る覚悟を決めたジェニー王女も。
「レイ。それはな……」
「嫌じゃ嫌じゃ。妾はゼロと結婚するのじゃ!」
病室に響いたのは、とびっきりに空気の読めない王女のひとことだった。
「すみません、尺の都合があるので勘弁してください」
「尺とはなんじゃ! なぁゼロ! 妾の救世主、妾の王子、妾の好敵手よ! いま一度考えてほしい! ここに残るという選択肢を! それか一回戻ってまたきてほしい!」
「王女。送還の際に同調の力は消失します。ステータスの値はすべてもとに戻ります。再度訪れることが万が一起こっても、言葉すら通じなくなっていることでしょう」
「それでもいいだろ! こいつの心をオレァ好きになったんだ!」
「悪いけど……」
ジェニーに応える。光の中へと消えていくなかで、おれは目を細めて笑った。
「大事な友人や……家族が待ってる」
「そうか……それはしょうがないのう!」
次の瞬間、おれの意識はふたたび途絶えた。
※
家のベッドだった。
風呂敷に包み直して手に持っていたはずの制服を着ていて、家のなかだから当然なのだが、なぜか靴は履いていなくて。
スマホを確認する。たぶん、これは異世界転移した日だ。頭のなかにわずかに残る記憶が正しければ、最後に時計を確認してから五分も経っていない。
なぜか買っていた60kgの握力強化道具を握ってみたが、握り込めなかった。どうなら能力はすべて戻っているらしかった。
なにか一つくらいは残してくれてもとは思ったけど。
そう思って立ち上がったおれは、ふとやるべきことを思い出した。
なんとなく、なんとなくではあるが。
友人への連絡を返し、部屋を出て、家族がいる居間へと向かう。
「母さん、父さん。肩でも揉むよ」
ソファに仲良く隣りあい、テレビを見ていた父と母が、油を差していない機械のように首を動かし、驚愕の表情でおれを見た。
「アンタ、どうしたの?」
「いやぁ、嬉しいなぁ。じゃあ、ぼくから頼むよ」
母と父の対応に笑いつつ、おれは二人のもとへと歩いていった。
【完】
完結です。平成に間に合いました。令和でもよろしくお願いします。
改めて、この作品を読んでくださり、ありがとうございました!