無価値からの一歩
「おお、転移魔法は成功だ!」
目を覚ますとおれは魔法陣の上にいて、目の前には歓喜の声を上げている西洋風の男たちがいた。
「ここは……?」
おれはあたりを見回した。薄暗い。ひんやりとした空気感。石造の壁と天井、窓がない様子からして地下のような印象を受けた。
「ヴィヴィダ・リビエルデ・エステテ・トウダ」
「キャルタァライ」
黒マントの男は隣の男――ステレオタイプのサンタクロースに王冠を被せた容姿だ――になにかをいった。そのあと男はなにかを黒マントにいった。
「王はあなたに『ようこそいらっしゃいました』といっておられます」
黒マントの流暢な日本語だ。おれは驚いた。
「日本語が話せるんですか」
「ああ。相互自動翻訳魔法を自分にかけていますゆえ」
「すごいですね」
「ヴィヴィダ・リビエルデ・エステテ・キャスパ」
「レンダレ」
おれが褒めると、また黒マントが王にいい、また王が返答した。
「王はあなたに『すごいじゃろう』といっておられます」
「面倒なのでその翻訳魔法をおれにかけてくれませんか」
「は、はぁ……ヴィヴィダ・リビエルデ・エステテ・ミズバルド・エステテティ」
黒マントは眉間にシワを寄せ、王になにかを伝えた。王は驚いた様子でおれの側を向いて口を開いた。
「その発想はなかった」
「王さまもかかってるんかい」
つい年上(推測)にツッコんでしまった。ごめんなさい。
「シュタラゼン! これでどうでしょうか」
そうしている間に黒マントが杖の先から光の粒を放った。それはその雫を浴び、ふむと考える。
「なにかここの言葉を話していただけませんか」
「なるほど。おい、ジェニー!」
「はい」
黒マントに呼びかけられ、後ろに控えていたガヤの一人が前に出た。鉄の鎧兜に身を固めた女性だ。
「なにか現地語を」
「ん……この臭そうな靴の男がなにか役に立つのか」
「おう一回嗅いでみるか?」
履き古したおれの相棒になんたる言葉。ジェニーと呼ばれた女性の罵りに煽り耐性のないおれは怒って詰め寄ろうとし、慌てた黒マントにぐいと止められた。
「お待ちください! わたしたちにはあなたの力が必要なのです!」
※
おれの名前は火要零。どこにでもいるごく普通の高校生だ。下校しベッドの上でゴロゴロしていたらいつの間にか魔法陣の上で、話を聞くとどうやら制服のまま異世界転移魔法に巻き込まれてしまったらしい。
「どうしておれなんですか?」
巨大な円卓に招かれたおれは、対面に座る王に問うた。席は十二あり、王を十二時の位置とするとおれは六時の位置にいる。黒マントの男とジェニーは王の後ろに立っていた。残りの十席を埋める者たちが誰なのかについてはわからない。
「わしたちはいわゆる弱小国家でな」
「はぁ」
「周辺の敵対国家にいつ攻め込まれてもおかしくはない」
「なるほど」
「わしたちには切り札が必要だったのじゃ」
「それがおれですか」
「そうじゃ」
王さまが答え、おれは頷いた。
「しかしおれはなにも持っていません」
「当然じゃ」
「は?」
王は白ひげを撫でながら目線を黒マントに投げた。黒マントは会釈し、ゴホンと咳払いをした。
「失礼ながら、わたしが説明をば。この国にはもう力がありません。魔法資本力がなく、魔法を唱えることができる魔法使いもわたししかいないのです。ゆえにコストのかかる召喚術は使えず……」
魔法資本力とかいう謎ワード。いやそれよりも。
「コストって?」
「ああ! これは失礼。ご覧になるほうが早いでしょう。ステータス・オープン!」
おれの前方に拡張現実のような透過性のある画面が表示された。
お名前:火要零
コスト:0
体力 :37
知力 :58
センス:980
モラル:272
「これは?」
「あなたのステータスです」
おれのステータスらしかった。
「コストが0なんですけど」
「申し訳ございません。これがわたしの限界なのです」
「と、いうと?」
「コスト1を超える異世界生物召喚魔法……たとえばエルフやゴブリンは、わたしの力では呼び出せず……」
「あー、なるほど」
合点がいったおれは頷いた。
「つまり、優良物件というわけですね」
「ものはいいようですが、その通りです」
前半を口に出す必要はなかったと思うけどどうなの。
「ではなぜ数多くのコスト0からおれを選んだのでしょうか」
気分は面接官である。
「あなたしかおりませんでしたので」
「才能、という話でしょうか」
「呼び出せる範囲の生物のリストのうち、コスト0があなたしかいなかったのです」
「ちょいちょいちょい」
詰め寄ってやろうと六時から九時に移動したところで大臣らしき老人に止められた。老人は明らかにおれより頼りなく、身長も低い。老人には優しくしなければならない。
「生物って?」
「生物です」
「人間ではなく生物?」
「え? まぁ人間でもいいですけど」
「いい方よ。いやいや。ほら、おれの世界にはいっぱい人がいますよね?」
六時に戻ったおれはふたたび口を開いた。
「いえ、ほかのかたがたはコスト1なので」
「はぁ!?」
詰め寄る前におれは驚愕した。
「いやいや、さっきのステータスを見る限りおれはコスト2くらいはあってもおかしくないのでは?」
「コスト2の人間は握力の平均が50以上必要なので……」
「握力かよ。この体力って握力のことか。ゴリラを呼べゴリラを」
「ゴリラのコストは8ですので……」
「そうなのかよ。悪かったな」
黒マントに思わずタメ口でツッコんでしまった。ごめんなさい。
ならばとおれは考え込む。
「この知力は……高校の偏差値?」
「さすがは救世主さまです」
「いまさらご機嫌を取りにきても遅いですよ」
救世主さま。正直まんざらでもなかったが、この気持ちは心のうちに秘めておこう。
「じゃあセンスは……なんでセンスだけこんなに高いんだ?」
独り言。なにが基準なんだろうか。
と。そこへ。
「敵襲! 敵襲!」
敵襲だった。