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08.魔物ボアヘッドとの戦い

 外へ出て、すぐに僕は驚いた。

 テレビで見たのとまったく同じ、モンスターっぽい何かが畑にいたのだ。


 うちの畑……じゃあ無かったか。親の趣味だったけど、今は管理も出来ないから売り払ったんだっけ。


 そのナスやキュウリが栽培されている畑に、二足歩行の魔物が歩いているのは軽くショックだ。手に何も持たず、背丈は僕らとそう変わらないが横幅は異なる。

 豚のような鼻、空へ向けて伸びる牙は猪に近しい。


「うわー、さっそくいた。あれは何ていうモンスター?」

「ボアヘッドよ。レベルは低いし、突進しか攻撃方法が無いはず。落ち着いて戦えばダメージも受けないわ」


 見てくれは迫力あるけれど、あれで低レベルだったのか。首周りの剛毛といい、ごふごふという呼吸といい、この距離で見てもおっかない。


 おやと感心するのは説明をしてくれる姉の声が、いつもより冷静で落ち着いている事だ。まさか根っからのゲーマーを頼もしく思う日が来るとは。

 その彼女はくるりと振り返る。


「じゃあ戦闘モードとやらを試しましょう。もう少し家から離れた方が良いわね」


 どすん、どすん、という足音が聞こえてくる。畑に足跡をつけているあたり、以前のゲームとは異なり実体があるのだ。

 家からゆっくりと離れながら、僕の心臓はどきどきし始める。


 待ってくれ、あれと戦うのか? この僕が?

 実体があるということは、本物の血を出してくるかもしれない。それだけでなく、こちらが怪我をする可能性だってある。

 などと思うが、心の準備を待ってもらえないらしい。


「始めましょう、由希ちゃん。私が剣士になれるかどうか、ちゃんと見ていて――コンソール・戦闘バトルモード」


 突風に服をあおられ、ばう!という音が響く。

 するとそこには以前に見た姉がいた。


 襟高のシャツには蝶結びの紐があり、ベストは窮屈そうに胸から押し上げられている。手にした武器は日本刀――ではなく、細身の剣。そういえばレベル1に戻ったとか呟いていたので、ひょっとしたら初期装備なのかもしれない。


 脚全体を覆うタイツ、膝下までのブーツ、膨らみのあるスカートは拡張世界リビルドのなかで見たままだった。


「……できた。見て見て由希ちゃん、かっこいいでしょ! やあだもう緊張しちゃった。かっこよく言っておいて何も起きなかったら恥ずかしい思いをする所だったわ」


 ころりと表情を変える姉。

 しかしその肩の向こうで、じいとこちらを睨む魔物がいる。前傾姿勢になるのを見て、心臓の鼓動は一段階ほど高まった。


「翠姉、やっぱり来るよ!――コンソール・戦闘モード!」


 ごうと響く突風と、身を包む姉デザインの衣装。

 尻尾に合わせた穴もあるので、これなら快適に動けそうだ。


 いや安心している暇はない、これで奴からターゲットにされた。

 キュウリを吹き飛ばして迫り来るボアヘッドに、姉は長い髪をたなびかせて振り返った。


 奴は一直線に突進を仕掛けてくる。

 距離はまだ50メートルほどあり、今ならまだ僕の魔法で先制できるはずだ。


「あれ、どうやって撃つんだっけ。詠唱ってどうするんだ」


 とっさの事で、ぱっと手順が頭に浮かばない。

 前に試したのはごく短時間で、きちんと情報を整理できていない。さらには迫り来る魔物により、頭は真っ白に染まってしまう。


 それを見て、口端に笑みを浮かべた姉は「可愛い」とつぶやいてから歩き出す。

 向かう先にはもちろん魔物がおり、既に半分以上の距離を詰められていた。低レベルな相手と聞いていたが、迫り来る獣というものは恐ろしく思う。


 呼吸をすることも忘れていると、流れるような動作で姉は横にステップをする。突進をかわされたボアヘッドは急ブレーキをかけ、しかしその背後にぶすりと細身の剣は突き刺さった。


 グモオオ、グモーーッ!!


 絶叫が山にこだまし、すぐさまボアヘッドは姉へと向き直る。

 その動きも早いが、レベル1とは思えないほど彼女には余裕を感じられた。


「ね、簡単でしょう? まっすぐにしか進めないから、由希ちゃんもすぐ覚えられると思うわ」

「そ、そうだね。自信ないなぁ。ええと、魔法を撃つのは確か――」


 だんだん思い出してきたぞ。

 魔法を扱うには、主に「詠唱」「発動」「敵への命中」の3つの要素がある。詠唱は呪文として言うことも出来るが、それは趣味の領域に近しい。


「――火炎ファイア、LEVELⅠ、詠唱開始……」


 そう呟くと、視界にいくつかの表示がされた。

 時計回りに動く矢印と数字は、詠唱完了までの十秒間カウントダウン。そして詠唱によりじわじわとMPは減少してゆく。


「この辺りも同じなのか。おっと、敵に狙いをつけないと」


 ぼうっと見ている時間は無い。

 手のひらを前に突き出し、こちらへ背を向けるボアヘッドを狙う。すると視界には目標ターゲットをあらわすカーソルが表示され、攻撃対象を設定できた。


「どうにかなりそう、由希ちゃん?」

「うん、なんとか。あと少しで詠唱が終わるよ」

「なら良かったわ。じゃあもう少しだけ時間を稼ぐわね」


 あ、倒そうと思えば倒せているのか。

 よく見れば数箇所から血が流れているし、姉はまったく攻撃を食らう気配がない。単調な突進を見破り、ひらひらとかわしてみせる。


 うーん、さすがは経験者だ。などと見とれていると、いつの間にやら時計の針は一周し「詠唱可能」の文字が表示されていた。


「よし、奔れ、火炎ファイア!」


 そう発動を命じると、手のひらに熱が発生した。しかしそれだけではなく、ごうと指先まで燃え上がる光景に目を見開く。

 これはただの演出なのに僕は慌て、そのせいで放つ炎は目標から大きく外れてしまった。

 ちょうど攻撃をかわしていた姉は、横ステップをしかけた所で……。


「きゃあっ! あちちちち!」


 あああーー、しまった!!

 肩のあたりで炎は燃え上がり、その熱気に姉は顔を背けた。

 タイミングとしても最悪で、溜めを終えたボアヘッドは好機と見て牙を突き上げる。腹に突き破ろうとする攻撃へ、情けないことに僕は固まったまま動けなかった。


 これは現実なのか、ゲームなのか。

 もしも前者なのだとしたら、あの攻撃を耐えられるわけがない。姉を失うのではという恐怖に、どっと汗があふれ出る。


「――剣術ソードアーツ疾風ツイスト


 その落ち着いた声は姉のものだった。

 牙が突き刺さる寸前、姉の姿は忽然と消える。ぎゅんと真横に移動をし、そして細身の剣をひらめかせ、吸い込まれるよう頭部へ突き刺さる。

 それは一瞬のことで、ビクンと魔物は痙攣をし、そのまま地面に崩れ落ちてゆく。


 はーー、と安堵の溜息を吐き、僕まで地面に崩れ落ちかけた。


「良かった……じゃなくて火傷! 翠姉、火を消さないと!」


 炎を上げているシャツに慌てて駆け寄り、それはもう無我夢中で叩いて消し止める。無残にも布地には穴が開き、彼女の腕にも火傷が広がっていた。

 白く綺麗な肌が赤くただれている光景に、ぐらりと視界が揺れてしまう。


「びっくりしたけど、そこまで熱くなかったわね。だから由希ちゃん、そんな顔をしないで」


 困ったような笑みを向けられてしまった。

 たぶん僕はいま、激しい自責の念により情けない顔をしていたと思う。姉は手を伸ばし、くしゃりと僕の髪に触れる。


「ごめんなさい、翠姉さん。僕が失敗したせいだ」

「まだ初心者なんだから、これくらいでクヨクヨしちゃ駄目。それにちょうど回復薬の効果を確かめられるじゃないの」


 再び取り出した回復薬を僕は持ち、火傷のある腕に近づける。

 すると粒子が飛ぶように放たれ、赤く腫れた皮膚はみるみるうちに消えてゆく。同じように洋服まで修復してゆく様子に、僕らは瞳を大きく見開いた。


「やっぱり、普通の傷薬なんかじゃない。どうなっているんだろう」

「それだけじゃないわね。あの火傷なら、もっと痛くてもおかしくないのに。確かに熱かったけど、我慢できないほどじゃ無かったわ」


 そして気がつけば、先ほどの魔物は煙を上げて消滅しつつある。煙の匂いといい、見た目といい、そして踏んでも感触があることから、ただのゲームじゃないと分かる。


 むう、と僕らは眉間に皺を刻んだ。

 このおかしな事態がなぜ起きているのか。それを考えるための情報をいくつか手にしたが、まだまだ答えには至らない。

 分からない事が多すぎて、頭が情報整理を始められないのだ。


 そのように悩んでいると、ぽーんという明るい音が隣から響いた。


「あら、ひょっとしたら……やっぱりレベルアップしているわ」


 手馴れた動きで画面を呼び出すと、確かに姉のレベルは2に上昇していた。一方の僕はというと、レベルはおろか経験値さえたまっていない。

 その理由は、先ほどの謎よりも簡単に解くことができた。


「あ、パーティー設定があると言ってなかった?」

「そうだったわ! すぐに戦闘になったから、少しだけ損しちゃったわね。せっかくレベル5の敵だったのに」


 先ほどの戦闘は姉の活躍によるものだし、そもそも僕は足を引っ張っていた。経験地を全て手に入れるのは当然だ。

 そう答えかけたが、彼女の言葉に気になる点があった。


「え? レベル5? さっきは低レベルって言ってなかった?」

「うふふ、バレちゃった。でも、あれくらいなら問題無いと分かっていたわ。実際に余裕だったでしょ?」


 ぺろりと舌を出され、僕はわずかに眩暈を起こしかけた。

 まったく分からない世界だというのに、姉はいつものゲームとして遊んでいたのだ。命の危機さえあったかもしれないのに。


「やーん、怒っちゃだめ。でも可愛かったなあ、さっきの呪文を忘れてオロオロする由希ちゃん。そうね、ひと夏の思い出ってところかしら」

「……ああ、忘れたいことばっかりだ。耳も尻尾も、さっきの件も」


 いったいどうなるんだろう、今年の夏休みは。

 はあ、と大きな溜息を僕は吐いた。


 さて、そんな僕らをじっと眺めている人がいた。

 年配の彼は帽子を取ると、手を振ってこちらへ歩いてきた。

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