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07.世界の変化

 すぐに膝枕は中断されることになった。

 テレビから流される映像に、姉がむくりと身体を起こしたからだ。


 それくらい映される光景はショッキングなものだった。

 交差点のど真ん中を進む二足歩行型の存在。それは熊にしては人の骨格に近く、手にした棍棒は丸太のように太い。


『一体なんでしょうかこれは。突如として現れた存在が歩いています。見てください、他にも多数いるらしく東京渋谷の交差点は大渋滞です』


 ぱくぱくと僕らは口を動かすしかない。

 どう見ても魔物としか思えないものが、都会を悠々と歩いているのだ。

 見物人もたくさんおり、スマホなどで撮影している様子をカメラは写す。しかし彼らは襲いかかることもなく、ただ徘徊しているらしい。


 今のところ被害者はいないものの、あちこちで小さな交通事故を起こしており、警察や政府たちは対応に追われているとリポーターは伝えてくる。

 どのチャンネルも同じ内容――アニメを流す所もあったが――の様子に、僕らは思わず顔を見合わせる。


「えぇーー……、なんだこれ」

「信じられないわ、まるっきり拡張世界リビルドの魔物じゃない。これってつまり、ゲームが現実になっちゃった、ということ?」


 淡々と映すカメラからは、妙なリアリティーが伝わってくる。大変な事態だろうに「信じられない」とコメントをする人たちは皆ニヤニヤと笑っていた。

 近くでスマホ撮影しようとしたり、触ってみようとする人たちを警察はどうにか遠ざけているがまるで人手は足りないように見えた。


 全国各地の映像が伝えられるうち、ゆっくりと現実味は増してゆく。人型やスライム状のもの、翼を生やした魔物などを見て、夢や冗談などではないと僕らは理解をした。これほど大きな仕掛けなど、誰にも出来はしないだろう。


「はあ、僕らの格好もこの影響だったのか。そうだ、ゲームと同じなら設定画面は開けるかな?」


 ぺたんとフローリングに座っていた姉は、混乱しきっている顔で見上げてきた。大きな瞳で瞬きを繰り返し、それからぷっくりとした唇を開く。


「え? ああ、どうなのかしら。とりあえずやってみましょうか――コンソール・スクリーン」


 ぶうん!


 突如としてリビングに青い画面が浮かび上がり、僕らはビクンと肩を震わせる。デバイスを通じて見ていたものが、まるっきりそのままの光景で現実に現れてしまった。


「うそでしょ……!」


 ピンと姉の耳は立ち、たぶん僕も同じ姿をしていたと思う。

 目を見開いて振り返る姉に返事もできず、代わりにスマホの操作を行う。すると同様に専用画面が目前に現れた。


「こっちも出た。どうやらスマホ操作は相変わらずできるみたいだ」

「デバイスもつけていないのに一体どうして……。何かのドッキリとは思えないし、こんなことを一体誰が出来るの?」


 それはつまり、技術的に決して出来ないことが出来てしまっている、という意味だろう。何もない場所へ映像を表示させるなんて技術は、どれくらい未来に成し遂げられるかも分からない。


 しかし不思議なのは、猫耳や尻尾が生えたことよりもショックが大きいことか。どこか身体の一部として馴染み始めてはいるのかもしれない。

 魔物が溢れ、徘徊している光景もそうだ。非日常的な様子を見ていると、どこか日本そのものが変わってしまうようで少し怖い。


 ニュースの続報として人工衛星が軌道から外れ、落下する危険性を伝えているけれど……こちらは完全にインパクト負けだ。普段であれば注目されるような情報でも、あっという間に放送枠を終えてしまう。


 しかし重度のゲーマーである姉は、専用画面を眺めているうち落ち着いてゆく。


「レベルと職業が初期に戻ってる……それに見慣れないコマンドが増えているわ。戦闘バトルモード? それとパーティー設定も無かったはず」


 ぶつぶつと呟きながら、姉は画面をタッチする。操作方法は以前と変わらないのか、慣れた手つきで画面を確認してゆく。怯えるより実際に触れていたほうが良いだろう。そう考えて、僕も同じように調べることにした。


 戦闘モード……ああ、こちらの画面でも確かに表示されている。物騒な単語だけど、一番押しやすそうな位置を見るに、きっと重要なものだろう。


 それともう一つ、気になる表示があった。

 画面の一番下に、小さな文字で「チュートリアル中」と書かれている。言葉の意味は短い期間で集中的に教育をすること。ゲームのような場合は慣れるまでの練習と考えて良いだろうか。


「うーん……分からないな。どうしようか、この戦闘モードを試してみる?」

「もう少しお姉ちゃんに考えさせてね。あの徘徊している魔物が襲ってくるようになるかもしれないし、もしも家のなかに入られたら困るわ」


 確かに姉の言う通りだ。

 戦闘モードという表現は、つまり戦闘をするための状態になると言える。


 テレビに映っていた映像で魔物は誰も襲わなかったが、ひょっとしたらこの状態では異なる可能性がある。仮説に過ぎないけれど、ガラス窓を突き破って進入して来られたら目も当てられない。


 尚も画面確認をする姉は、ちょいちょいと指で僕を招いてきた。

 どうやら見て欲しい何かがあるようだ。


「見て、回復薬。これは低級なもので、HPを回復させられるわ」

「うーん、すると怪我をする可能性もあるのか。でも……おなじみの回復薬だけど、瞬時に傷が治ったりすると思う?」


 ゲームでは一般的だけど、この世界では怪我をしたら病院に行くものだ。しかし姉が「分からないわ」と首を振ったように、魔物や猫耳などすでに理解できないものが多数この世界に現れている。


「なら試してみましょう。――アイテムセット・下級HP回復薬」


 ぽん!と空中に何かが現れ、慣れた手つきで姉はそれを掴む。白いキューブ状の物には、赤い十字マークが描かれていた。


「わ、本当に出てきたわ……何かの冗談みたいね。由希ちゃん、これを傷口に当てると、ものの数秒で傷を治す効果がある、はず」


 語尾が自信無さそうなトーンに変わったのは、まだ試していないからだろう。

 同じように自分のアイテム欄を見てみると、回復薬が3つ、そしてMP回復薬が2つほど用意されている。姉にもSPという数値を回復するアイテムが2つあったので、たぶん種類は職業によるのだと思う。


 全てが予測でしかない。

 しかしどうやらゲームは現実になりつつある事は分かった。ゲームに対して人一倍好奇心の強い姉からの誘いを受け、まず僕らは庭先へ出ることにした。


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