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05.再構築の朝

 AM2:00 東京某所――……



 ふらふらと路地裏を歩いていた酔っ払いはおかしなものを目にする。

 それは黒いゴミ袋のようなもので、もぞもぞと動いていた。据わった目でそれを見ていた男性は、ひっくと喉を鳴らしてから近づいてゆく。


「なんだあ、気持ち悪い。どっかのバカが猫か犬でも袋に入れやがったか? よしよし、いま出してやるぞー」


 助けてやろうと結び目を探したが、彼が思っている感触とはまるで異なった。分厚いゴムのようで、表面はぬるぬるとしている。

 妙な温度もあり、思わず悲鳴をあげた男性は尻餅をつく。そして、きっと酒のせいだと思い直して歩き去った。


 実際のところ、そのような物体は、あらゆる場所に生まれていた。

 路地裏だけでなく公園やバス停、山間部から畑にまで。おおよそ人の居住空間を除いた場所で、無数のゴミ袋らは増殖してゆく。


 明け方の5時くらいになると交通事故が起きた。そして現場に駆けつけた警察官も不可思議な物体を見つけ、それから幾つもの報告が相次いでゆく。


 しばらくすると報告のなかに、おかしな物が混じった。


 ――なにかが歩いている。


 その抽象的な報告に上の者は眉をひそめ、しかし時間が経つにつれ、同じような報告は増してゆく。

 現場の混乱をあらわすよう悲鳴混じりの報告が増え、そして明るい時間になると本格的な調査へ乗り出さざるを得ない状況となる。


 彼らは「人型の未確認物体」と名づけ、ゆっくりと日本各地の情報が集められてゆく。

 そのような状況のなか、神桜かんざくら 由紀ゆきは目を覚ます。




 ぼんやりとした視界。

 なぜか焦点がなかなか合わず、身を起こそうとするも力が入らない。身体は粘土のように重く、汗だくの額に触れるくらいしか出来なかった。


「あれ、朝――? いつの間に寝たんだっけ……」


 ああ、気持ちが悪い。吐きそうだ。

 どこか身体の感覚もおかしいし、ちゃんと起き上がれる気がしない。

 仕方なく目だけを左右に動かし、自分の部屋であることを確認する。どこもおかしな点は無いし、いつも通りの自分のベッドだ。


 ふうー、と長い溜息を吐き、それからまた目を開く。

 おかしいな、確か昨夜はデバイスを着けたままで――どこに行ったんだ、あれは。


 装着している感触はまるで無いし、そもそも視界はリアルだ。いくらデバイスが優秀であろうと、解像度は現実のものと比較にならない。

 すると、どこかへ放って眠りについたのか。そういえば、あれから姉さんはどうなったんだ。自分の部屋に帰ったのかな。


 激しい筋肉痛のような痛みは全身にあったが、どうにか顔をそちらへ傾ける。すると布団の向こうにおかしなものが見えた。


 ぴんと立った三角形の黒いもの。

 あれはどこかで見た記憶があるけど、いったい何だったか……。


 じいと眺めていると焦点が合い、それがわずかに動いていると気づく。浅い呼吸のような速度で、ぴくぴくと小刻みに揺れていた。

 その不思議なものが気になり、ゆっくりと身を寄せてゆく。すると呼吸が当たったせいか、ぱたたと大きく揺れた。


 そして唐突に、それが何なのかを理解した。

 視線を下に向けると、青白い顔色をした姉が瞳を開いてゆく。先ほどの黒い三角形は間違いなく……。


「その耳、まさか――昨日の猫耳!?」

「由希、ちゃ…? 助けて、身体が痛くて……熱い」


 苦しそうに眉間へ皺を刻み、姉はどうにかという風に腕を持ち上げる。ぎゅうと僕のシャツを掴み、それから唇を開いた。


「由希ちゃ、も、猫耳、どうしたの? はあーー、はーー、風邪ひいちゃった、かなあ」


 なんだって、と自分の頭に触れてみると妙な感触が……。

 いやそれよりも、これはまずい。喉はからからだし、気を抜いたら倒れてしまいそうだ。すぐにでも水分を摂らないといけない。

 救急車を呼ぶべきか迷いつつ、僕はどうにか身を起こす事にした。




 それからどうにか階段を降り、冷蔵庫にあった大きなペットボトル等を持って部屋に戻った。ゴクゴクと水分を補給した姉は、ほうと溜息を吐いてまた眠りにつく。

 いくらか顔色が戻ってくれたことに安堵し、同じように水分を摂る。


 救急車を考えているうち、僕も気絶するようベッドに倒れこんだ。


 命の危機があると、身体は頑張ってくれるらしい。

 無意識にペットボトルを飲み、みるみるうちに減ってゆく。。


 熱っぽい姉の吐息を受け続け、互いにすがるよう身を寄せ合う。今度は寒さにガタガタ震えだすと、密着するほどの抱擁に変わる。

 陽が暮れるまでそうして過ごし、また朝日を浴びたころ、身体の調子は戻ってくれた。




 伸びを思い切りすると、べったりと湿ったシーツに驚く。

 どうやら汗を大量に流したらしく、そばに置いていた飲み物もすっかり空になっていた。


「ああー、身体がベタベタする。やっと動けるようになったけど――そうだ、翠姉さんは!?」


 慌てて上半身を起こすと、どきっと心臓が跳ね上がる。

 すやすやと眠る姉のパジャマはすっかりと乱れ、胸がこぼれそうになっていた。


 たっぷりの谷間といい、はちきれそうな様子といい、ボタンが耐え切れずに弾けたのかもしれない。それにしても、こんなに胸のある人だったかな。

 ぶんぶんと頭を振り、それからまた視線を戻す。


「うーん、昨夜のはやっぱり見間違いじゃなかったか。なんだろう、これは」


 彼女の頭には猫を思わせる耳があり、毛並みの艶や細かさからして本物としか思えない。熱に浮かされながら見た光景が、目覚めてもそのまま残っていた事に少なからず動揺をする。


 思わず手を伸ばして触れると、ぱたたとくすぐったそうに揺れる。この反応はどう見ても本物としか思えない。

 そのように観察をしていると、長いまつ毛をした姉の瞳はゆっくりと開いた。


「あれ、由希ちゃん? あー、すごい眠った感じがするわぁ。でもいつもより由希ちゃん格好良いし、猫耳もついてるし、たぶん夢だろうから寝ぼけて抱きついちゃおうかしら。きゃっ」


 とろんとした眠そうな顔は、途中からしっかりとした表情に変わり、すぐさま抱きついてきた。ぬるんとした汗だくの抱擁は、その服装だと……ちょっとマズい。彼女自身、普段よりもずっと魅力的な外見をしているのだ。


「……翠姉、けっこう余裕あるね。高熱で死にかけたのに」

「んー、夢だから分からないわ。ねえ由希ちゃん、この固いのは何かしら? お姉ちゃんに教えて?」


 うん、それは間違いなく僕の頭蓋骨だね。

 すうと息を吸い、僕は迷うことなく頭突きをした。

 んぎゃんっ!と悲鳴をあげ、ようやく夢ではないと姉も分かってくれたらしい。良かった。




 日付を見て驚いた。丸一日のあいだ眠っていたらしく、貴重な夏休みを浪費してしまったようだ。

 耳といい尻尾といい、デバイスからの「リビルドしますか?」という謎の問いかけといい、気になる事は数多い。カレンダーにバツ印を書きながら眉をひそめる。


 でもその前に、僕は線香を焚いてから仏壇に向かって合掌をする。

 遺影には父と母が写っていた。四角い写真立てには左にやや開いたスペースがあるけれど、写真にちょうど合うものが無かったので仕方ない。


 互いに幸せそうな笑みを浮かべており、僕の知っている限りではとても仲が良かった。

 しかし今日のような夏休みに旅行へ出かけた時に事故を起こしてしまい、この家に帰ることは無かった。


「お父さん、お母さん、昨日は大変だったよ。こういう時、助けてくれる人がいないと大変だね。やっぱりおじいさんの家に移ろうかな」


 そうしろ、と幻聴が聞こえたような気がした。

 かすかに僕は笑みを浮かべ、黙祷をする。


 この家は両親が残してくれた。何度と無く祖父からは一緒に暮らそうと誘われているが、この思い出が詰まった家から離れる気にはなれない。


「僕は弱いけど、もう少し頑張ってみるよ。今は姉さんもいるから」


 そう呟くと、がららと風呂場から音が響く。どうやらシャワーから戻ったようだ。


「由希ちゃーん、あがったからシャワー浴びてー」

「はーーい。じゃあまたね、お父さん、お母さん」


 畳部屋を離れ、僕は風呂場へ向かうことにした。

 振り返ると窓の外には入道雲が広がり、どこまでも綺麗な青色だった。まるで拡張世界リビルドをしていた時のように。


 じいじいとセミ達も夏休みを賑やかにするべく鳴き始めていた。


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