31.死を乗り越えて
オオオ……。
オオオオ……。
巨大ショッピングモールのどこからか、地鳴りのような音が響く。
遅れてパラパラと天井から破片が落ちてきて、縦一列の前進を止める。周囲は暗く、見通しは悪い。しかし自分たちに危害が及ぶような距離ではないように思う。
「なんだ、どこかで戦闘をしているのかな?」
「あー、さっき連絡のあった奴らじゃねーの? ほら、勝手に突入してきた奴。C班だかD班だかのどっちか」
そうガニ股座りをする誠さんから言われ、脳内で館内地図を思い浮かべる。
方角と距離からして彼の言葉は合っているかもしれない。僕らと同じ北方向に向かっていれば、だけど。
ぴくぴくと耳を立て、微細な振動を感じ取る。
「距離からして反対の吹き抜け通路側かな、翆姉さん」
そう隣の姉に尋ねると、暗闇のなかで彼女の瞳は鋭さを増していた。どこかで危険な何かが起きているかもしれない。猫のように瞳孔を大きくさせ、きらりと瞬かせる。
「たぶんそうね。今からでは間に合わないし、戦力にならない再構築者なら放置すべきよ」
確かにそうだ。再構築者なら死亡しないと聞いている。それよりも機動隊、そして救難者への対応をしたほうが良い。
そう小声で相談していると、前方のほうで何やら動きがあった。先頭にいた機動隊員は振り返り「仲間だ」と告げてくる。
暗がりから身をかがめてやってきたのは、単独行動をしていた五十嵐さんだった。よく戻れたと労われながら、彼は無表情でうつむく。
「済まない、彼らを見かけたときには、もう魔物と交戦中で手が出せなかった。数は10体ほどと少なかったが、代わりに魔物の質が高い」
「……せめて無駄にならないよう先を急ごう。行くぞ」
機動隊の言葉に僕らは頷き、潜入は続行された。
レベルの高い敵がいるということは、奴らの拠点に近づいている可能性が高い。すぐにでも救助、そして避難をさせなければ。
どずん、どん、という振動を受けながら前進を再開した。
止まれという合図に足を止める。
前方には吹き抜けのホールがあり、この二階から見下ろしている魔物がいた。金属製の全身鎧、さらには二対の腕を有しており、見るからに強敵だと分かる。
「あれだ、奴の後方にあるシャッター。そこに救難者が潜んでいる。通用口は閉じられているから、開けるのには手間取るかもしれん」
機動隊から囁かれ、小さく頷く。
奴が離れてくれれば良いのだが、石像のようにじっと動かない。
「鍵がかかっていれば焼き切る必要がある。器材はあるが音は大きい。近くにいる奴は反応するはずだ」
そうなると少し引き離した程度では無理か。いっそのこと倒してしまうべきか、それとも待つべきか。
悩ましいのはこの通路だ。後方から魔物がやって来たら、今よりも悪い状況で戦うハメになる。
しかし、思わぬ形で変化が起きた。
下の階から助けを求める声が響いて来たのだ。
「た、たひゅけて、たひゅけれ……」
その微かな声に、目の前にいるオークは身を乗り出す。オレンジ色に瞳を輝かせ、そして全身の筋肉を膨れ上がらせる。
ひどい選択肢だ。先ほどの再構築者を救うべきか、あるいは見殺すことを選ばなければならないなんて。
「いや、どちらにしろ魔物を引き離す必要がある。奴が飛び降りれば、二階から攻撃を仕掛けることも……はあっ、嫌だっ、よしやろう!」
たぶん下の階に敵はいない。
でなければあのオークは見下ろして観察していないだろうし、男も救いの声を漏らせない。
奴の飛び降りる体勢を見て、頬を叩くと駆け出す――ところを、ぱしんと姉から手首を握られた。
振り返ると、大きな瞳が目の前に迫る。
「分かったわ、私も行く。だからまず先に詠唱を開始して」
息を飲むようなその黒曜石じみた瞳に、こくんと頷く。
そうだ、まず先に詠唱をしなければ。慌てちゃだめだ。皆にもきちんと行動を伝え、落ち着いて確実に行かないといけない。
「私も準備をするわ――刀術、闘気刃……」
ぶおん、と姉の刀が輝きを増す。これは一時的な火力増強技だ。それを横目に眺めながら僕も魔術の詠唱を命じる。
「業炎の罰、LEVELⅢ、詠唱開始……。では皆さん、救助を開始してください。あの敵の引きつけ、再構築者を保護するために行ってきます」
「おい、待てって由紀ちゃん、翆ちゃん!」
誠さんに声をかけられたが、足を止めることなく僕らはあっと言う間にトップスピードに変わる。
ぴんと尻尾を後ろに伸ばし、姉は菊御雷抜き放つ。
あとはもう一瞬の判断だ。
奴は既に一階へ飛び降りている。柵に辿り着いた瞬間に位置を見て、そこを狙って飛ぶだけだ。大丈夫だ、信じろ。脅威の敏捷18を信じろ。
涙目になっているのを腕で拭き、それからさらに速度をあげた。
敏捷は姉よりわずかに1高い。一歩先にたどり着くと、眼下に巨大なオークがいる。思っていたより高さがあったし、泣きたいし止まりたい。でもそうはいかない。今は姉がついて来ているし、そうしたら彼女だけが飛び降りちゃう。
それは無理だ。無理無理、止まれっこない。
よし飛べ、さあ飛べ、自分というか敏捷度18を信じろクソがあああ!
柵に足をかけ、ばうっと宙へ身を飛び込ませる。ひゅるるという落下音、そして気配を感じたのか奴はこちらを見上げてくる。
おお、ばっちり。近い、当たる、ちょい右にずれてるけど……どっせい!
――どぐしゃり!
奴の右頬あたりに両膝がめり込む。
膝の皿が割れそうな痛みを食いしばり、それから魔術を……あ、そういえば衝撃を発動してない!
べちんと奴の頭をチョップし「接触」「秒読み」のダブル制御を乗せた業炎の罰を発動。
『 接触を完了しました。
魔術発動は成功しました。
カウントダウンを何秒にいたしますか? 』
「ごっ……10秒でお願いします!」
脳裏に響く落ち着いた女性の声は「了解」と告げてくる。
そして背中から無様に落ちてしまうが、お次は本物のジャンプ攻撃がやってくる。姉の持つ菊御雷は一時的強化によりいつになく輝き、そして力強い雄叫びを上げる。
「おオオオッ! 一閃LEVELⅢ!!」
ブレて見えるような一刀。
半円状の斬撃エフェクトは背筋が震えるような美しさで、しかし頭部を半ばまで断ち切ったところで止まる。
そして彼女を捕まえるべく丸太のような腕が迫ってきた。
「チッ!!」
肩を蹴ると身を回転させ、背中から落ちた僕とは正反対の着地を見せる。じいと刀身に瞳を向けると、そこには微かな刃こぼれがあった。
「……硬いわね。こいつレベル幾つかしら」
「いででで、そうだね、かなり強いんじゃない。20くらいとか?」
何となく言ったつもりだけど、姉はこくりと頷く。恐らくそれくらいだと、彼女も感じたのだろう。
――ウルル、ウウー……オゴアアアアッ!
ばくりと口のあたりの甲冑は裂け、乱杭歯を覗かせる。
衝撃さえ感じるような咆哮に、一瞬だけ僕は身を強張らせた。
『 …ゼロ。起爆します 』
ピンと音を残し、顔面に設置した魔術が炸裂する。
口を開けていた奴はたまらない。顔面から口内、喉の奥まで真っ黒い炎に飲み込まれ、咆哮はオギャアアアという悲鳴へ置き換わる。
「ナイス由紀ちゃん。空気を読むのが上手いのかしら」
「た、たまたまだよ。それよりも今のうちに救助を……」
振り返り、そこにいた人影へぎょっとした。
脱臼しているのか腕は異様に長くて地面につきそうだ。歯をほとんど失った口。そして左側の顔面から頭部が、ぼこんと異様にへこんでいた。
周囲に転がっている遺体も見るに耐えない状況で、かなりの攻撃を受けたようだ。
それを見て、わずかな疑問が脳裏に浮かぶ。それは「これで本当に蘇生されるのか?」というものだ。
以前の死亡状態は、身体が灰色になって頭の上に輪っかが乗っているというコミカルな表現だったのに。その時とはまるで異なる惨状に、思わず疑問を浮かべてしまう。
「たひゅけ、たひゅけ……はがああ、死にたく、ひゃい……!」
思わずごくりと唾を飲む。
普通であれば死んでいるが、再構築者はHP制のため生き永らえているように見える。
しかし再び起き上がろうとする最上級オークに、彼は片目を見開いた。正確には、そのオークよりも頭上にいる五十嵐という男を見て。
「おひゃあああーー!!」
「ちょっと、勝手に逃げな……誠さん、そこから遠距離回復を出来ませんか!?」
「おい、動くな! 俺のは一定時間止まっている必要があるんだよー! あーーバカくそ! 待てっての! 俺の美少女的な癒しがいらないってのか! オイコラ童貞!」
二階から叫び、誠さんも駆け出す。
それから思い出したように背後を振り返った。
「五十嵐、こっちを援護してくれ! 俺は美少女だから戦闘能力が無いんだよ!」
「……そうしよう」
彼が逃げて行く先には止まったエスカレーターがあり、その進行先へ向かうようだ。心配だけど五十嵐さんも後を追っているので任せることにする。
それよりも、問題はこっちだ。
ごきりと太い首を鳴らした最上級オーク。
右側面は焼けたただれて黒煙をあげ、頭部は半ばまで切断されている。しかし闘争本能は一向に衰えておらず、奴は床に落ちていた大斧を拾う。
二階からは他メンバーが遠隔攻撃を仕掛けているが、跳躍ひとつをして斧をふるい、どかん!と足場ごと崩されかける。
さらには鉄製の武器を持った上級オークがそちらへ押し寄せ、上階も恐慌に陥りかけていた。
ぱらら、ぱらら、と響く射撃音とフラッシュマズル。
しかし、この場にそぐわぬ静かな笑みを姉から向けられた。
「由紀ちゃん、集中しましょ。お姉ちゃんだけだと勝てないから」
「うん、分かった、まずはこの一番厄介な最上級オークだ」
ぱしんと最後の下級MP回復薬を消費し、僕はそう答えた。
考えれば、これは一番良い状況だと言える。最も厄介な敵を、僕らが引きつける事に成功した、と。
えづく最上級オークは、真っ黒い息を吐いてから巨大な斧を身構えた。




