30.死亡
ショッピングモールの入り口は、大規模な破壊でもあったのか周囲は黒く焼け爛れていた。由紀の放った火炎レベルⅣによるものだが、それをのんびり眺める彼らは知らない。
4名の男性たちは周囲を見回すが、オークどころか物音ひとつしない。
目つきの悪い男は、頭を掻きながら呟いた。
「なーんもいねえ。あんだけいたのに、どこへ消えたんだ……」
「あいつらを追ってったんじゃねーか? それか、もうほとんど残ってないか」
マジかよと先頭の男は呻き、それから「さっさと進むぞ!」とがなり立てる。レベルアップというものに魅了されている彼らは、ゆっくりと建物へ足を踏み入れた。
内部は3階建ての吹き抜けで、静寂に包まれているため足音が響く。周囲は暗く、そして腐臭漂う変わり果てた景色をしており、彼らの目にも恐ろしく映った。
その一人が近くにあった服へ袖を通そうとし、唾液か何かが付着しているのに気づいて投げ捨てる。
「あークソ、なんか気持ち悪い所だな。こんな場所でほんとに生存者がいんのか?」
「さあー、もう死んでるかもよ。あ! 美人だったらどうする?」
「おまえにやるよ、そのオークの美人を」
はははという笑い声はホールに響く。
しかし怪物の気配はまるで無く、4人は肩透かしを受けたような顔をする。
彼らは知らないが、いま歩いている道は北へと続いており、その先のエリアはまだ人が立ち入ったことは無い。
本来であれば十分に警戒をし、身を潜めながら進めるべきだろう。しかし彼らは、ようやく物陰から現れたオークに喜び、獲物を持って襲いかかる。
「おーー、来た来た! 超ダンジョンじゃん、これ!」
「タケちゃんかっけーー! そいつの首持って写真撮ろうぜ!」
イェイ、と指を向けたポーズをし、映像規制が必要そうな写真が撮れた。
彼らは初めて自由というものを満喫し、敵を倒して強くなるという喜びを知った。そのせいで足は止まらず、ずかずかと敵の本拠地を歩んでしまう。
近くの店にある菓子やジュースを手に取り、それから「時計欲しい!」「それだ!」という誤った方向へ向かいかけたとき、とある男性から接触された。
暗がりから、ぬうと現れた姿に彼らは悲鳴をあげる。
「んわーーっ! びっくりしたあ!」
「え? わーーっ、なんかいる!」
男性の名は五十嵐といい、現職の警察官だ。彼は狩人としての技能を有しているため、こうして身を隠しながらの接触に成功した。
ただ、危険度の割にはひどい救出対象であり、少しばかり冷めた顔をしているが。
「静かにしろ、ここは危険地帯だぞ」
「あ、なんだ、狩場を独占してる連中かよ。ったく、好き勝手しやがって。こっちの迷惑も考えろっつーの」
ポップコーンを顔にばら撒き、彼らは「見た?見た?」と笑い合う。五十嵐の静かな怒り程度では、このヤンキー達は黙れない。
ふうと息を吐き、そして努めて冷静に五十嵐は胸についたカスをはたいた。
「君たち、この先は危険だ。我々と合流するか、外に避難しろ」
「はあーー? 関係ねえし! おっさん、ちょっと奥に行って魔物をつれて来いよ。もう歩きまわるのも面倒臭いし」
そうだそうだ、そうしろと仲間も同意する。
人数の多い方が偉いという認識が彼らにはあり、再構築者という自負もある。恐らく止めることは困難だろう。
「あっ! すげえ美人がいたろ、そっちの隊に。迷惑料だ、ここに連れて来い。やっぱさあ、美人がいねえと始まらねえって。ゲームの基本だろ」
翠のことかと脳裏に浮かべ、つい五十嵐は溜息を吐いてしまった。あれは見た目通りの娘ではないし、恐らくはひどい目に合うだろう。彼らが。
そのように思いながら五十嵐は踵を返す。馬鹿な救出任務を早々に諦めたらしく、最後に彼らへ言葉を放った。
「死にたいのなら勝手にしろ。おっと、関係無いんだったな」
「んーー? なに言ってんだ、俺ら別に死なねえし。頭沸いちゃった系?」
「そーそー、再構築者は死なないんだよ。イベントが終われば生き返るし」
ようやく、ふっと五十嵐は笑った。
それから振り返ると、拳銃を彼らへ向ける。
たかたん――ッ!
一瞬、呆けた彼らのうち1人、頭部に2つの穴が開く。
振り向く彼らの前で、その頭は割れたスイカのように砕け散る。急所への貫通攻撃、それは対象の持つ防御力突破エフェクトを空中に残し、全てのHPを消滅させる威力だった。
倍近いレベル差ともなると、こんな芸当もできる。
「え? わーーっ! わああああ!」
どすんと遺体は崩れ落ち、何度か痙攣する様を彼らは見ることになった。わあわあと悲鳴を上げ、その遺体の名を何度か叫ぶ。
「なに、やってんだ、おっさん……! おいおい、死んじゃったじゃんかよーー!」
「ん? 死なないんだろ、お前たちは。ちゃんとよく死体を見ろ。脳漿やら目玉やら、リアルに再現されているだろう。友人の中身を見れる機会だ。そうだ、さっきのように記念写真を撮ったらどうだ?」
その言葉により再び遺体を見てしまい、げえと一人が吐き出した。
「どうした、だらしないぞ。それでも再構築者か」
「おいおっさん!!」
無造作に伸びてくる手を五十嵐は狙ったが、それは盾役による不可視の障壁に弾かれる。貫通攻撃に対し、盾はすこぶる効果を発揮するものだ。
「タケちゃん、ありがとーー!」
「ふざけろよ、てめえ! 遊び感覚で殺しやがって!」
んー、と五十嵐は小首を傾げ――それから後方の通路へと銃を撃ち放つ。すると、暗がりの奥から何かが目を光らせた。
おおお、おおお、という地の底から響くような声に、彼らはゆっくりと目を見開いてゆく。
「魔物をご所望だったな。そうだ、言い忘れていた。再構築者が死なないという話。あれはデマだ。だいたいおかしいと思わなかったのか。今はチュートリアル期間じゃないんだ。死なないわけが無いだろう?」
嘘だと彼らは目を剥くが、五十嵐 重造はひっそりと笑う。
他地域の、特に死亡に関する情報は通信ネットワーク監視により伏せられている。そして彼らのやる気を削がぬよう「死なない」という情報を関係者らは捏造した。
バレたらバレたで「誤情報だった」と告げれば済む。
さて、彼らの背後、二階から巨大な存在が降りてくるのを見て、五十嵐はゆっくりと身を潜める。狩人の技能があるため、先に見つかることはまず無い。
どずずん!という地響きに、彼らは滑稽なくらい怯えた顔を見せる。金属製の全身鎧を身にまとい、両手斧を手にした最上位オークだ。レベルは恐らく20近くだろう。
最後に、五十嵐はこう囁いた。
「そら、早く逃げろ、タケちゃん。仲間をかばう気は無いんだろ?」
それきり、彼の姿は消えた。
低級MP回復薬の、青い消費エフェクトだけを残して。




