28.突入任務②
どお!と側面の店舗が爆発する。
いや爆発などではなく飛び出してきたオークであり、皆を押しつぶす寸前に盾役の障壁が巨体を止めた。
盾を挟んで睨みつけてくる化物に、彼の相貌は見開かれる。その後方、暗がりからも一体のオークが現れたのだ。
もう一段階、彼の表情は恐怖側に傾く。
びすびすと側頭部に穴を生み、その五十嵐さんの狙撃により頭部はスイカのように弾け飛ぶ。暗がりのなかに真っ黒い血が噴き出し、腰が抜けそうになった所を機動隊員が肩を掴んだ。
「進めええ、足を止めるなーー!」
消音機を外しながら彼らは叫ぶ。消音よりも威力と精度を高めたかったのだろう。すぐさまタイヤ付きの盾を持ち上げ、それを構えながら前進を再開した。
走りながら僕は五十嵐さんを眺める。
いつの間にか彼も職業分岐を済ませていていたのか。今のはどう見ても普通の銃ではないし、以前は背負っていた弓矢が見当たらない。
すると銃士のような職業だろうか?
銃を乱発する警察というのは如何なものかと思うが、かなり頼もしいので目をつぶらないと。
それよりも、前方からやってくる数体のオークに対応しなければ。
この辺りで、救出任務はかなり無謀な作戦だと皆は気づいていた。
どろどろと押し寄せる足音は、もうとっくに拡張世界の面影を残していないのだ。
大型文房具店に足を踏み入れた。
入り口のシャッターは閉められており、非常用照明の緑色に包まれながら通用口へ滑り込む。
転がったオークの腕。
振り返ると暗い通路からやってくる大量のオークたち。
その状況にピンと浮かぶものがあり、僕は行動することにした。
「業炎の罰、LEVELⅢ、詠唱開始……」
扉を閉めるのは待って欲しいと隊員に手で合図をし、じっと待つ。
どういうことだと血走った目から見られたが、すぐに済むからと頭を下げる。
この魔術は1メートルの距離に発動制限されている。
炎と聖属性を持ち、オークのような悪属性持ちには滅法強い。さらには周囲へ衝撃を与える効果もある。
それに秒読みを組み合わせたらどうなるだろう。
要は殴った相手に爆弾を仕掛けるようなものだ。
必要MPは16。今はBPでもらった手袋があるので消費は13に抑えられる。今のMPは満タンの80あるので、それくらいなら試しても構わない。
押し合いへし合い、奴らは通路を突き進む。
鈍重さと大きな図体のせいで歩みは遅い。
ピン、と詠唱完了の合図を受けて、転がっているオークの腕を全力で蹴り飛ばした。
それは緑色の血を飛ばしながら真っ直ぐに飛翔し、ぐしゃりとオークの顔面を陥没させる。
さて、対象のHPを超えるダメージは衝撃に還元されるようだけど、この秒読みで「3秒」に設定したらどうなるのかな。
「あ、どうぞ閉じてください」
「はあ、今のは何だったんだ、オークの腕を蹴っ飛ばして……」
再構築者ってのは良く分からんな、という呆れ顔と共に扉は閉じられた。
その答えはすぐに現れる。
魔物たちの中央で、業炎の罰が起爆をし、真っ黒い炎と衝撃を生んだのだ。
それは閉ざされた空間、密集した状況も噛み合わさり、どずん、ずん!という衝撃を伝えてくる。一斉に割れる窓ガラス、そしてオークらの悲鳴に皆は目を剥いた。
建物の外から双眼鏡で観察していた隊員は、どんと吐き出された大量の黒煙に、C-4爆薬でも使用したのかと勘違いしたらしい。
「やった、上手いこといった。遠隔魔法が無くなったけど、こういう手もあるのか。良かったよ、実験が成功して」
「さっすが由紀ちゃん。このオーク殺し」
それは褒め言葉なの?
喜ぶべきかは悩みどころではあるが、笑顔で両手を向けられると悪い気はしない。
そのように姉とハイタッチをして喜んだけれど、残念ながら周囲からの評価は変わらなかった。
「はあ、やっぱり分からんな、再構築者ってのは」
やれやれという表情と共に、機動隊の彼は防弾ガラスのバイザーを閉じた。
幸いなことに大型文具店はシャッターが下りていたこともあり、魔物は存在していなかった。それでも物陰の多い場所であり、潜んでいる可能性もある。ライトを照らしながら集中し続ける移動は体力を使った。
止まっているエスカレーターを駆け上がり、目標の三階地点へ到達。キッチン用品などのフロアを通り、無事にライトのなかで両手をあげる数名の男性がいた。
からからの喉を何度か飲み込み、そして声を絞り出す。
「あ、ああ、ありがとう、ありがとうっ!」
「よく耐えてくれました。これから一階に戻り、窓を破って皆さんと脱出します。ついてきて下さい」
そう言葉少なに機動隊は伝え、すぐさま肩を抱きながら移動を開始。
向かうは一階の店舗であり、先行していた者が高い位置にある窓ガラスを蹴り開けていた。
「本部、本部、こちら救助に成功。南方の窓から脱出を行う。位置は大型文房具店。魔物の状況はどうですか」
「ザッ――こちら本部、南方に魔物の姿は見えない。至急行動を開始しろ。繰り返す、至急行動を開始しろ」
無線を通じて状況を知ると、近くにあった布地をガラス枠の縁に敷き、避難搬送が開始された。6名の隊、そして左右を2名の盾役が守り、敷地の外へと駆けてゆく。
割られた窓からは新鮮な空気が流れ込み、生き返った思いをする。
真夏の大型ショッピングモール、しかもオークの匂いで充満した場所だ。しばし皆で水分を補給し、休息をすることにした。
陳列棚に腰掛けている姉の隣へ、僕も腰掛ける。互いに汗と埃で顔は汚れており、ペットボトルの水でごしごしと洗う。それから汚れを気にしている姉へ話しかけた。
「やっぱり暑いね。でもこれで救難対象は、あと1箇所を残すのみか」
「どうするのかしらね、戻るのか続行か。見ている感じだと、あの人たちも迷っているみたい」
いまも無線でやり取りしているが、確かに迷っている感じがする。
できればすぐにでも救助を行いたいが、こちらにも被害が出ているので簡単には判断できないのだろう。
ぼんやり眺めていると、五十嵐さんと誠さんが寄ってきた。
ペットボトルの水を飲み、誠さんは「よっこいしょ」と隣に飛び乗る。美少女の彼はスカートの汚れなど気にしないようだ。
長い髪を邪魔そうに後ろで結わきながら、ぶっきらぼうな口調で話し始めた。
「回復し終わったぞー。やっぱレベルが上がると良いな、MPに余裕が出来て。あと遠距離から回復できる技も覚えといたわ」
どうやら彼は周囲の者たちを癒してきたらしい。
ここまで突破するために盾役を中心にダメージを多く受けている。幸いな事に追加の被害者は出なかったが、再構築者は死亡しても本当の死亡では無いと聞いている。
念のため再び尋ねてみると、五十嵐さんはこくりと頷いた。
「ああ、そう聞いている。だが被害は機動隊に出てしまったから、今回は流石に……」
そう苦しげな顔を見せ、グイと彼は水をあおった。そして、今はそれを悔やんでいる場合ではない、と言いたげな目つきに戻る。
「それよりも由紀くん、続行かいったん退却か、君ならどちらを選択したい?」
「え? うーん、そうですね……」
中学生の考えなんて参考にならないだろうけど、少し考えてみよう。
まずは状況の確認。
いまは内部潜入されていることに敵は気づき、殺気立っている。
それと気になるのは敵の数か。昨日はレベリングと掃討を兼ね、相当数を倒したというのに今までの様子を見るにかなりの数が残っている。
いや、それには違和感がある。
無限に沸いて出てきてるんじゃないかと思える数だが、確かに昨日は数を減らせているという実感があった。だから突入をしようと皆で決めたのだ。
すると、一定時間で数が戻っているのか?
あるいはチュートリアル中の再構築者のように、朝になると復活しているのかもしれない。
もしかしたら敵が仲間をじゃんじゃん産んでいるかもしれないけど、ある程度の時間が必要というのは変わらない。
皆にもその考えを伝えると、うんうんと一斉に頷くので何となく可愛らしい。
さて、状況は整理できたので退却をした場合、そうじゃない場合を考える。
分かりきっている事だけど、退却をしたら体力回復をし、体勢を整えて突入できる点がメリットだ。
上位の存在がいると分かった以上、より強固な体勢で突入できる。
一方の続行を選んだ場合、大きく敵の数を減らしている状態からのスタートだ。先ほど、通路で魔物をまとめて倒せたのは地味に大きい。
しかし、シャッターの外には多くの魔物が待ち構えているだろうし、突破なんてしたくない。
「シャッター……シャッターか。不思議だ、あいつらの怪力なら壊せそうなのに。普通の店舗がそこまで頑丈とは思えない」
「んー、言われてみりゃあそうだなあ。爆発したから、すっかり忘れちまってんじゃねーの?」
あいつらバカそーだしと誠さんは言葉を続け、姉は「あなたもね」と軽口を叩く。なんだよ、なによ!と喧嘩を始めそうなのを、五十嵐さんがすぐに止めてくれた。
「誠君の言う通り、確かに知性は低そうだ。それともしかしたらあの凶暴性は、人を見たときに生まれるかもしれないよ」
「あ、だから視界を塞がれると静かになるのですかね。そういえば僕らを見るまで奴らは静かだったし。うーん、試したい。どうにか安全にシャッターを開閉できれば試せるのに」
ぴこん、と浮かぶものがあった。
退却か続行かは、その状況次第で決めても良いかもしれない。
それを皆に伝えると、五十嵐さんの瞳も輝いた。
「いいね、それで行こう。じゃあ彼らと掛け合ってくるから」
そう言い残し、さっさと機動隊に向かってゆく彼だけど、まさかねえ、本当に実行するわけじゃないよねえ。などと思っていたら、しばらくしてこちらにOKサインを向けてきた。
何者なのだろう、あの人は。警察官じゃなくて凄腕の交渉人とかじゃないの?
どうやら中学生の考えた穴だらけのアイデアを、彼らプロ集団は実行するらしい。その状況には、思わずたらりと汗が流れ落ちた。




