27.突入任務①
警察を前に、唾を飛ばして激怒する者がいた。
「おい、俺たちが来るなり突入ってどういう事だよ! 美味いレべリングの最中だって聞いたから早起きして来たんだぞ! わざわざ千葉から!」
彼は盾役らしく、おおきな図体で剣と盾を持っている。能力補正もあるため力があり、数名をひきずって前に進んでいた。
「だから、任務の最中だと言っておるだろうが!」
「関係ねえ! さっさと俺らのレベル上げを手伝えよ! なんだ、遅れて来たからって差別すんのか。政府からの協力要請を無視すんのか、おオッ!?」
彼らの様子に、姉と一緒に思わず冷たい目を向けてしまう。
たぶんあの連中はテレビの情報を見て、安全そうだからとようやく腰を上げたのだ。そのくせ自分たちにも甘い汁を吸わせろと怒り狂っている。
「サイテー、自分たちのことしか考えてないわ。様子見をしている人が多かったから、最初あんなに人が少なかったのね」
「気持ちは分かるけど、あれはちょっとね……迷惑をかけたら拡張世界のプレーヤー全体が白い目で見られるって分からないのかな」
五十嵐さんも渋い顔をし、ふうと溜息を吐いた。
「せっかく状況を整えたのに、すぐ台無しにされちゃうなぁ。これでも結構がんばったんだけど」
彼らの怒声はさらに膨れ上がり、機動隊まで巻き込んでの騒動になりつつある。このまま放っておけば作戦開始が遅れかねない。
五十嵐さんはベンチから立ち上がり、ぱんぱんと尻を叩いた。
「彼らの任務は、中の人の救出だってことを分かってない。どちらにも利益があるように誘導しないと――行ってくるか」
そう言い残し、彼は騒ぎに向けて歩いていった。
双方のあいだに立って説得をし、結局は2部隊に分けての活動を行うことで片がついた。僕らの加わる救出隊、そしてこの場所へ魔物を引きつける部隊の2つに。
元々はプランとして検討されていたが、再構築者の人数が少ないため断念したらしい。
しかし突入をする僕らにとっては、どこか一抹の不安を感じさせる事件だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
神奈川の大型ショッピングモールにたどり着いて、3日目にして突入決行をすることになった。
内部からの救難連絡はまだ届いているらしいが、既にギリギリの状態らしい。
集まった人数は12名、そして機動隊員ら22名を足しての大所帯だ。
地面に置いた地図を皆で覗き込み、突入場所から進行ルートの最終確認を行っている。
「救難対象はセントラルから入って左手のサウスエリア、右手のノースエリアと思われる。C班D班の陽動を受け、我々は裏口から侵入。任務は内部の状況調査、救難者捜索の2点だ」
そう伝えながら機動隊は、己のヘルメット横にある小型カメラを指差してきた。これからの映像は全て報告されるようだ。
頭上からバタバタとヘリコプターの音が響いており、空は白い雲でおおわれていた。大きさからして恐らく軍用ヘリだろう。本来であれば居間でテレビを眺めていただろうに、まさか作戦の一員に加えられているなんて。
夏休みにこのような経験をするなど思いもしなかったな。などと思うが助けを求めている人が内部にいる。今はボヤいたりせず集中しなければ。
「常に状況判断を迫られる。前進と後退は全員で把握をしてから行動をする。くれぐれも勝手な判断はしないように」
そう指示をする機動隊もピリピリしていた。
無理も無い、これから未曾有の救出劇をしなければならない。内部がどうなっているかも分からず、どのような魔物が出るかも分からない。しかも再構築者のような素人を連れてだ。
じっとりとした汗を流す彼らに、こくりと皆で頷いた。
当たり前だけど、僕らは誰一人として集団行動の訓練を受けていない。
学校の火災訓練などとはまったくの別物、しかも実戦だ。妙な心細さを抱えつつ、静かにその時を待つ。
そして無線から号令が響いた。
『ザッ……、一二○○(イチニーマルマル)、行動開始』
すぐに遠方から、たん、たとん、という発砲音が響く。まるで花火のような音だが、それが銃によるものだと僕らは理解分している。
すぐに怒声を響かせて施設の窓から化け物らが現れた。
それを見て、死角のルートをしゃがみながら前進をする計34名。
こうして僕らの潜入任務は静かに始まった。
やはりと言うべきか、従業員の使用する通用口に魔物は見当たらなかった。裏側にあるこの入り口は狭く、彼らのようなオークは使用しづらいのだろう。
昼間とはいえ照明はほとんど壊れている。薄暗い通路を一列になって進み、先行をする機動隊から「止まれ」「進め」の手信号が送られる。
すぐに吹き抜けの広間にたどり着く。
その光景を見上げ、しばし皆で唖然とした。
数日前は明るい照明で輝き、親子連れで訪れるショッピングモールだったろう。三階建ての構造をしており、天井までの吹き抜けには開放感がある。
柔らかな音楽、そしてあちこちにある魅力的なお店。甘い菓子の匂いもしたに違いない。
「なんだ、これは……どうなっているんだ……」
そう機動隊が呻くほど、辺りの光景は様変わりしていた。
あちこち焼け焦げており、商品や衣服などが散乱している。オークという種族による文化なのか、壁という壁に血と思わしきものが塗られ、そして遺体まで吊るされている。
辺りには色というものが無くなっていた。
足元には大量の虫が這い、どこから流れているのか汚水が瓦礫の間に見える。
さらには、どすん、どすん、という足音と息づかい。腐ったような匂いに、皆で息を殺しながら物陰に潜む。
ちらりと機動隊から目を向けられ、僕らは頷いた。もちろん作戦はこのまま続行だ。怯えて行動不能になったりはしない。
安堵の表情を目元に浮かべた彼は、右側を指差してから前進を始めた。
しゃがみながら壁際を進んでいると、彼はぴたりと足を止める。
それからすぐに「ぐるる」という唸り声が聞こえてきた。
彼のすぐ目の前、死角である小型店舗のなか、薄暗い照明を受けるのっそりとした影。
どずん、とまずは大きな足が視界に入り、どずん、と見上げるような巨体が現れる。彼の手信号は「殺れ」を示していた。
しゅとと、しゅとと!と消音機からくぐもった射撃音が響き、落ちた薬きょうが床で金属音を立てる。伸ばされた腕をぐずぐずの穴だらけにしてゆくが、しかし動きの止まらぬ様子に隊員は表情を変えた。
(こいつ、外にいた奴と色が違う!)
ゆっくりと天井に向けられてゆく奴の武器。それは鉄製の鉈に近しく、今までのオークより上級な魔物だとようやく気がついた。しかし僕らも、弾の飛び交う状況には飛び込むことは出来ない。
顔面へ縦の弾痕を刻みながら、奴はそれを振り下ろす。あっけなく地面に突き刺さり、その途中にあった肉体は左右に分かれる事になった。
――オホッ! オホッホッホ!
緑色の体液を大量にこぼしながら、上級オークは笑う。そして「もっと欲しい」と言うように、オホホと笑いながら手を伸ばしてきた。これはゾッとするような光景だ。
後が無い状況に、思わず僕は叫ぶ。
「銃を止めてください! 僕らが出ます!」
「撃てーーッ! 後退、後退開始ッ!」
半円状に広がりながら、しゅとと、しゅとと、と極小のマズルフラッシュが暗い通路を染める。大量の弾痕を生みながらも、上級オークは振りかぶった鉈を投げて来た。
それはボボボッという飛来音を伝えたあと、機動隊員2名の胴を薙ぐ。
わああ!という悲鳴が一斉に響いた。
腰を抜かし、そのまま上に向けて撃ち続けていた彼は踏み潰された。三百キロ超という重量を前には、びくんと痙攣する事しかできない。
「お、おーーっ! 後退しろおオオッ!」
昼間、あれほど楽に駆逐していたというのに、上級オークが出るなり今度はまったく逆になりつつある。未曾有の状況により恐慌に陥った彼らは、天井から振り下ろされる拳に目を見開いた。
一瞬、半円状のエフェクトが宙を走る。
続いて、きぃん……という震えるような斬撃の音を残し、オークの肘から先があらぬ方向へと飛んでゆく。
わずかに静まった通路に、姉の綺麗な声が響いた。
「――刀術、一閃」
姉の武器、菊御雷による芸当だ。
それに気を取られたのは怪物だけでなく、隊員らも同様であり、一瞬だけ通路に静けさが戻った。
いまだ。今しかない。
僕はとっさに前へ出ることを選択し、タッと陽炎のように奴の側面へ躍り出た。
まずは腹部へ、どずんと膝を突き刺す。穴があいたよう筋肉はへこみ、しかしぐずぐずの穴だらけの腕が、こちらを掴もうと伸びてくる。
ああ怖い。暗いせいで血のしたたる肉が迫ってくるのはひどく怖い。
ぐしゃり、と互いの拳がぶつかり合い、原型を失うほどに破壊する。とっさの迎撃で腰が入っていなかったけど、かなりの破損に助けられた。
オげえええーーッ!
身の毛のよだつような悲鳴。
この時点で、レベル12だと断定する。かなりの怪力、HP、そして威圧感があるからだ。
血だらけの悲鳴をあげる怪物を前に、僕と姉は肩を並べた。
「なんだか頼もしいわ、由紀ちゃん。近距離にはもう慣れた?」
「ぜんぜん慣れないよ。でもこの距離でやれるようにならないと」
吐き気をゴクンと飲み干し、そして初めて姉の間合いに僕は入る。
踏み潰そうと足をあげたオーク。僕らは左右に分かれ、脅威の敏捷度18を生かして反対側の軸足へと走る。
ざくりと姉はアキレス腱を切り裂き、そして僕は膝の反対側を蹴り抜く。
あとはもう、だるまのように転がってくるオークへ止めをさすだけだ。
どん、と丸太のような首を菊御雷に切り裂かれ、ようやくにして上級オークを倒すことが出来た。
しかし達成感よりも先に、振り返ると絶望の顔をした隊員らが目に入る。
――後退か、続行か。
たぶん隊員らはそのことを考えているだろう。これから起こるのは、もう隠密任務ではなく、正面からの殴りあいだ。
やがて遠くからは獣じみた声が幾つも響き、しかし隊員は「進め」の手信号を見せる。いや、気が変わったのかすっくと立ち上がり「任務続行だ」と、己の声で伝えてきた。
「駄目だ、今までのやり方では通用しない。我々は君たちが全力で戦えるよう行動をする」
プロでも融通が利く人はいるとは。いや、だからこそプロか。
もうひとつ必要なことがあると思ったのか、彼は防弾ガラスのバイザーを開けると振り返った。
「おまえら、男を見せるぞ! 我ら県警機動隊が女子供に負けていいのか!?」
「おオオーーッ!」
闘志を見せて立ち上がる機動隊には、僕ら再構築者も目を見開いた。3人も殺されたというのに、この迫力。大人の底力というものを見たような思いだ。
それから先導する彼と一緒に駆け出した。




